第37話 モテモテですね
彼らは、大きなカマキリの群れに囲まれ、翻弄されていた。
このカマキリは鎌が大きくて鋭い上に、体は硬い甲殻で覆われている。
しかしそれよりも大きな特異点がある。それは、このカマキリの群れはほぼメスばかりで、ヒトでもほかの魔物でも男を住処に持ち帰り、幻覚作用のある体液を注入して交尾をしたのちに食い殺すという事だ。
海外では既に被害者が出ており、たまに死んだら鎌を残すらしいが、男の探索者にとっては恐怖の的だ。
俺達もこのエリアに来た時、このカマキリに遭った。話は聞いていたので、魔術を使って遠くから攻撃して倒したのだ。
彼らは青い顔でどうにか耐えているが、方々に傷を作っている。
「こいつかあ。硬いんだよなあ、体表が」
「関節と首が弱点なんだけど、あの人たちモテモテみたいよお」
「きっと武器でもプレゼントしてもらえるんじゃないの?」
言っていると、ハルが慌てて俺達を急かす。
「助けないの?腹の立つ相手だけど、見殺しはアレじゃない?」
それで俺達は、彼らに声が届くところまで近寄った。
「あの、助けはいりますか」
先に声をかけないと、助けた後から「獲物を横取りした」などと言われる事があるのだ。明らかに殺されそうになっていてもだ。
主任が声に気付いて
「助かる──犬飼!?」
と顔をひきつらせた。
それにイオはのんびりと言った。
「モテモテですね、メスカマキリに。鎌をたまに落とすらしいですから、どうします?メスにプレゼントしてもらえるんじゃないですかあ?」
ほかのメンバー達は引き攣った顔を主任と俺達とカマキリに忙しく向け、カマキリと攻防を繰り返している。
「た、頼む」
主任は絞り出すような声を出し、俺達はそれで、介入する事にした。
振りかぶって来た鎌をかいくぐり、足の関節を斬って、倒れたところで首を落とす。
首を落とした時に体液が飛ぶが、構ってはいられない。とにかく、カマキリを倒して回った。
やっとハルが
「もう辺りにはいないよ」
と言い、俺達はやっと肩の力を抜いた。
そしてわざわざ言った。
「おかしいな。鎌が見当たらないよ」
「あんなにモテてたのにい?おかしいわねえ。そこの人達の考えが正しいなら、ここには鎌がごろごろ落ちてるはずだけどお」
イオは無言のまま彼らを見ており、彼らは居心地悪そうに互いに顔を見合わせていた。
「俺達が介入したせいですかね。
よし。もう一度メスカマキリをここに引っ張って来よう」
言うと、彼らは顔色を変えた。
「いや、いらない。と言うか、そんな都合よく鎌も落とさない」
「助けてもらって感謝する。ありがとう」
メンバー達は腰を浮かせて、慌てて口々にそう言った。
カマキリの怖さは、強さだけではないのだ。
「犬飼、その、悪かったな」
そっと1人が謝り、それに若いやつらが追従して頭を下げる。
しかし主任は、口をへの字にしたまま顔を背けた。
イオは嘆息して小さく首を振った。
「ここは、実力のないやつは死ぬところです。男も女も関係ない。男ってことをアドバンテージにできるような温い所じゃないんですよ。外の世界と違ってね」
俺が魔石を拾いながら言うと、彼らは、ある者は目を伏せ、ある者は主任を窺うように見、主任は文句を言いたそうにこちらを見た。
「まあ、外の世界でも、今時そういうのはご法度の筈なんですけどね。
セクハラにパワハラ。ここじゃ通用しませんから。この任務、あなたには向いてないかもしれませんね」
「お前──」
主任がこちらに掴みかかるのに全員が慌てたが、メンバーの1人が主任の肩を掴んで引き戻した。
「離せ!!」
「主任!」
「こいつは、そうだ、脅迫の現行犯だ!」
「とてもそうは思えません。主任、いいかげんにもうやめましょうよ。犬飼に実力があった、それだけです」
主任は顔を真っ赤にし、
「どうなってもいいんだな、お前?飛ばしてやるぞ」
と言うが、ほかのメンバー達が言った。
「俺達が証言します。今の発言も、主任と署長のこれまでのパワハラを。署長に握り潰されないように監察室へ」
それで主任の顔色がスッと白くなり、体から力が抜けた。
それで俺達は、そこを離れる事にした。
「じゃあ、私達は行きますんで」
普通は助けたら礼に魔石などをもらうのだが、後で窃盗だとかイチャモンを付けられてはかなわない。俺達は全てのドロップ品を置いて、そこを離れた。
後日、風の噂で、主任と署長が降格の上異動になったと聞いた。それと、主任がメスカマキリに襲われてもらした、という話も所内では有名になっていたらしい。
それを聞いて、俺達は乾杯をした。
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