12. 旅の終わり
最終日の朝。私はAくんの家にいた。彼は今日は仕事があるからゆっくり出来ない。あぁ、これで私のひと時の恋は終わりなのだと悟った。Aくんが私への気持ちを伝えてくれることを期待したが、それは無かった。同時に、私も自分の気持ちを伝えることは出来なかった。帰りたくなさと、もどかしさを胸に、家を出なければいけない時間を迎えた。
「ありがとう」
彼がこちらを向いて、手を広げながらそう発した。私はその胸にゆっくりと飛び込んだ。そして、彼が離そうとしても、少しだけしがみついた。
「ほんとに楽しかったよ。ありがとう」
私もそう伝えた。彼も楽しかったと言ってくれた。
彼の本当の気持ちは分からず、そして私の本当の気持ちも最後まで伝えることはなかった。彼はゲストハウスに向かう私を見送って、仕事に向かった。私にとって彼との出会いと思い出は終始「非日常」だったけれど、彼にとって私の存在は、「日常」の一部だったのだと思った。
初めてのノープランひとり旅は、私に不思議な余韻をもたらした。まるでワンダーランドから現実に戻されているような、島で起きた出来事全てが夢だったように思えた。特にAくんとの出会いは、幻のようだった。一瞬で恋に落ちて、2人で一緒に旅行に来たようなデートをして。たった3日間の、ほんの一瞬の恋だった。それでも私にとっては、一生忘れられない恋になった。彼の中には、私との時間はどんな形でしまわれているのだろうか。
これからも私は、ひとり旅をする。
また、恋に落ちることがあるかもしれない。きっと予期しないことの連続で、だからこそまた、新たな旅に出る。次の目的地はまだ決まっていない。それでもまた、青く透き通る海に、私は訪れるのだろう。
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