10. ドライブデート
3日目の朝は、店長が車でゲストハウスまで送ってくれた。折角予約したにも関わらず、まともにゲストハウスで過ごしていない。この日はAくんとの約束があったので、店長おすすめのコーヒーを飲みながらAくんが迎えに来てくれるのを待った。
その日のAくんの服装は、ボディラインが分かるものじゃなくて少し悲しかった。初めて会った時の、あのかっこよさは忘れられない。でも、そんなこと以上に、1番会いたかった人に会えて嬉しかった。今日が終わらないで欲しいと、Aくんの車をノックした時から思った。今日が終われば、私は明日島を出なければならない。今日が終われば、彼との関係は終わってしまうだろうとなんとなく分かっていた。私の心の中で、カウントダウンが始まった。
この日は彼に、綺麗な海が見える場所に連れていってもらうことになっていた。もし、彼と出会わなかったら、今頃1人で、本数の少ないバスを乗り継ぎながら島を回っていたと思うと、本当に人生って何が起きるか分からないなと思った。彼と一緒にいる幸せを噛み締めながら、改めて彼との出会いは運命だと思った。
彼は、車の運転にかなり慣れている様子であった。ハンドルを手の平で回すタイプの人だった。私は、その姿を見て、自分の中でずっと忘れることのないある人のことを思い出した。
予定していた場所に行く前に、彼のおすすめの場所に連れて行ってくれた。そこは、島を一望できて少し標高が高い、展望台のようなところだった。快晴に恵まれた青い空と、その境目に広がるエメラルドと青が混じったような海。そして茂った緑が至る所にあり、生命力を感じさせる。本当に綺麗な景色だった。ただ屋根と椅子があるような場所だったが、私が「まだいたい」と言ってしばらくの間そこから海を見つめていた。時間を何も気にしなくて良い旅ほど良いものはない。思う存分、海と大地を眺めた。そして、その時間を弾むようにつなぐ彼との会話ひとつひとつが目の前の景色を一層鮮やかにしていった。
その後、予定していた場所に連れて行ってくれた。白い砂浜と、透明に輝く海、そして砂浜のすぐ後ろに緑が生い茂っている。東南アジアのリゾート地を思わせるこの景色は、私の中で、Aくんと一緒にいる幸せと同時に、忘れることのないある人との記憶を呼び起こしていた。
砂浜を奥の方まで歩いて、誰もいない場所で二人きりで海を前に座った。肌に触れる気温と風の心地よさと、目の前の景色、そして隣にいる彼。何時間でもここにいたいと思った。自然の中で、2人でただ話をしながら座って過ごすその時間に私は何よりも幸せを感じていた。不意に彼の方から、これまで自分がしてきた恋についての話を始めた。まさに今、私はあなたに恋に落ちているのになんて思いながら、彼の過去の恋愛の話を聞くのは楽しかった。言われてみれば、私たちは2日前に出会ったのだからお互いのことをほとんど何も知らないのだ。
今日が終われば、きっともう彼には会えない。私はきっともう、相当彼に心惹かれてしまっているのに、彼の気持ちは読めない。私のことを好きなのだろうか。なぜ、ドライブしてくれたり一緒に時間を過ごしてくれるのだろうか。そんなことを考えながら、誰もいないこの白い砂浜で、彼に触れたいと思った。しかし、なんだかもろいものが崩れてしまう気がして、出来なかった。
私は、彼に「好き」という気持ちすら伝えられなかった。その言葉が生む約束にも似た責任感を、今の私は背負うことが出来ないと思った。私は、今は私だけの人生を歩んでいたい。好きだけれど、たったその一言すら口に出せず、もう一生会えないかもしれない運命の人を前に、やり場のない気持ちを抱えたまま、その心内とは裏腹にすっきりと青く透き通る海を眺めていた。
その後、別の海が見える場所やご飯屋さんに連れて行ってくれた。島を知り尽くしてるからこその、迷いを見せない終始完璧なドライブデート。そして、旅の最後の夜は彼の家で過ごした。
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