8. 初めての夜

「まだ飲む?」

そう聞かれて、内心嬉しかった。Aくんも私と一緒にいたいと思ってくれているのもしれない。私が、居酒屋よりバーの方が好きだと話していたので、バーに連れていってくれることになった。


 そこは、クラブのような音楽と照明で、偶然にシーシャがあるバーだった。私の好きな雰囲気だ。私は、スプモーニとシーシャを頼み、シーシャを吸っている私の動画をAくんは撮った。彼は時々タバコを吸っていた。



 まさかノープランのひとり旅1日目で、私の好みの音楽と照明に包まれながらお酒を飲み、一緒にいたいと思える男性と時間を過ごしているなんて予期していなかった。私はすごく楽しくて幸せを感じた。彼は私のことをどう思っているのだろう。彼にとっては、今夜だけのただの軽い遊びに過ぎないのかもしれない。それと同時に、私は彼と一夜過ごすことに興味を持ったし、ひとりでゲストハウスで過ごすのは嫌になってしまっていた。むしろもう私は、彼と過ごしたかった。明日も、明後日も。私の旅が終わる、その瞬間。時間の許すまで。彼に対する気持ちが加速して、そんなことを考えていると、彼は、


「明日は何してるの?ドライブする?」


と、思いがけず私に訊ねた。即座にもちろん暇だよと言いたかったが、明日は夜ご飯を食べた居酒屋の人たちと離島に行く予定が出来ていた。ひとり旅なのに、ダブルブッキングしそうになるなんて。


「明日は、さっき行った居酒屋の人に誘われて離島に行く予定がある。」


しぶしぶそう答えると、私は今日島に来たばかりなのに、もう予定を作っていることに彼は驚いていた。


「明後日は?」


今度は私が聞いた。島にいる間に、どうしてもAくんと過ごす時間が欲しかったからだ。彼は、明後日は午前中仕事に行かなければいけないかもしれないから、分かったら連絡すると言ってくれた。私のノープランひとり旅3日目にできた、Aくんとの淡い約束。私は絶対に彼と過ごしたいなと思った。


 気がつくと、もう0時を回っていた。そろそろバーを出るころだなと考えながら、その時には私はもう完全にゲストハウスに帰るつもりがなかった。何故かわからないけど、私は彼に、はまっていた。まだ出会って3時間しか経っていないのに、素でいることができて居心地が良くて楽しくて、ずっと一緒にいたい。うっすらと、確実に、彼のことが好きになっていた。


「ワイン飲むか?」


彼にそう聞かれて、断る理由はひとつも無かった。バーを後にして、近くのコンビニまで歩いて赤ワインを買ってくれた。彼も赤ワインを飲む人らしい。

どこで飲むんだろう、彼の家だろうか、なんて考えていた。10月の南の島は、夜が更けても外で十分過ごせるほど心地よい風が流れていた。


「橋がライトアップされてたら綺麗だから、そこで飲もうと思ったけど、されてないから家で飲む?」


彼の言葉に頷いた後で、この夜はもう戻ることのないゲストハウスのことを一瞬、思い出した。


 タクシーを呼んで、彼の家に向かう。深い夜に包まれた南の島を駆ける車の中で、こんなにもときめいている自分がいることに驚いた。ゲストハウスに着いた頃は、早くご飯を食べて帰って寝ようなんて思っていたことは忘れていた。数時間前に出会ったばかりの彼と、共に過ごした夜と迎えた朝は、この上なく幸せなものだった。

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