第179話 苦境

コロナの後遺症で咳が止まらないです。更新遅れてすみません。






「クライ! 逃げて!」


 囚われたアニスの叫ぶ声が遠くに聞こえる。


 ロディアスのもつ円環杖の天成器から放たれた緑風の鮫。

 空中を力強く泳ぐように前進するあれは――――エクストラスキル!?


「ぐっ……ぅぅ……」


「クククッ。そうか、避けるなとはいったが、受け止めるなとはいっていないからな」


「うぅ……」


(大丈夫か、クライ!? なんだいまの鮫は! 盾に触れた瞬間破裂したぞ!)


 衝撃に弾き飛ばされた俺は片膝をつく。

 なんだいまのは……緑風の鮫をミスリルの盾で受け止めた瞬間――――弾けた。


 違和感に頬を拭う。


 鋭い痛みと赤い……血。

 弾けた衝撃で飛び散った牙と鱗で傷ついたのか。

 咄嗟に盾を構えたのに守り切れていなかった。


「うーん、ならどこまで耐えられるか試してやろう。【大風鱗鮫:空彈】」


(またか!)


 弾き飛ばされ距離が更に離れた分今度はしっかりと観察できた。

 やはり天成器のエクストラスキルで作り出されたのだろう風で象られた鮫。


 全長は二mほど、半透明な緑の体色。

 頭部の先端は鋭角に尖り、口内を覗けば無数の列をなす歯が並ぶ。


 形成魔法に近い中々の速度で迫るまるで大気が凝縮したような風の塊。

 それは空気を切り開くようにして空を泳ぐ。


 学園で学ぶまでは知らなかった海に住むという生物を模しただろうエクストラスキル。


 回避に集中すれば躱せない訳ではないが、アニスを人質にとられた状況では迂闊な行動はできない。

 しかも、接触が原因か触れた途端に膨張し破裂、耳に響く高音と共に周囲一帯に風圧からくる衝撃と鮫独特の鋭く無数に生え揃った歯や鱗を撒き散らす。


(接触で自ら自爆する鮫。つくづく面倒なヤツだ)


(盾で防いでなお衝撃が芯に響く。それに、こうも至近距離で破裂されたら飛散するすべての歯や鱗までは受け止めるのは難しい。……真正面からではそう何発も防げない)


「考え事をする余裕があるのか? 【大風鱗鮫:這金鎚】」


 ロディアスが次の手として打ってきたのはエクストラスキルを利用したまた別の技。

 地面スレスレを忍び寄るように泳ぐ頭部の形状の異なる鮫。


 平らでありながら横一直線に広がった異形の頭部。

 左右にユラユラと胴体をくねらせながら押し寄せる様はある種の不気味さを醸しだしていた。


「ぐっ……っぅ……」


 接触と同時に再度の破裂。


 先程とは違い今度は機動力を奪う目的だったか……なんとか盾で防いだけど飛び散る鋭利な鱗までは防げなかった。

 学園の制服を裂き、太腿を傷つけ血が滴る。


「なんで!? なんでこんな酷いことを!」


 目に涙を浮かべたアニスの叫びが風の渦巻く第一障壁に響く。


「……“黒陽”、お嬢さんには少し黙っていて貰え」


「いや〜、アニスちゃんごめんね。キミには少〜し静かにしていて貰えると助かるんだ」


「ん、んうぅ」


 ロディアスの一瞥にもう一人の黒フードの男、“黒陽”がアニスの背後に回るととりだした布を噛ませ言葉を封じる。


(アニス……)


(派手に血は出ているが幸い傷は深くないようだな。まだ動けるよな、クライ)


 必死に抵抗しようとするアニスも心配だが、この状況……どうする?

 敵は二人。

 対してこちらは防御が精一杯で人質をとられ回避すらできない。


「次だ。【グレイシャーボール3】」


 さらに緑風の鮫に混じって放たれる氷河魔法。

 ……相変わらず重く硬い。

 氷魔法より密度の濃い魔法は盾で受け流してもなお頑強さを感じさせる。


(アイツ、私のクライを痛ぶってニヤニヤと笑いやがって)


 ミストレアの念話に視線を上げれば、薄気味悪い笑みを浮かべるロディアス。

 以前の邂逅のこともあるが圧倒的に有利なこの状況に感情が隠しきれていない。


 ひたすらに耐えるだけの時間。

 幾度となく攻撃を受け止めた盾を構えた腕は重く、破裂によって飛び散った歯と鱗による裂傷は着々と増え続けている。


 八方塞がり。


 そんな後ろ向きな言葉が脳裏に浮かぶ。

 しかし、必ず機会は訪れる。

 反撃の機会は、必ず。


「ククッ、今度のこれを防ぎきるのは容易ではないぞ。さあ“孤高の英雄”その小さな小さなミスリルの盾でどう対処する? シャルドリード! 【大風鱗鮫:榴鋼発破】!!」


「なに!?」「……っ!?」


 円環杖の天成器を高く掲げるロディアス。


 またもエクストラスキルによって現れたのは緑風の鮫。

 しかし、先程までと大きさがまるで違う。


 ロディアスの宣言と共に展開されたのは約三m近くと倍以上に巨大な緑風の大鮫。

 そのうえ全身の鱗の一つ一つが巨大化し、短剣の刃を纏っているかの如く連なっている。


 だが、予想に反して空中を泳いで迫ってくるような動きはなかった。

 ただひたすらにその場で膨張し続けることを除いて。


「おいおい、いつまで膨らむつもりだ。あんなものが破裂したらさっきまでの比じゃないぞ!」


 焦りの含まれたミストレアの警告が飛ぶ。


 時間の経過と共に胴体を中心に刻一刻と膨張していく緑風の大鮫。

 全長一m程度の鮫でも防ぐのは簡単ではなかったのに、さらに巨大。

 歪であり不格好にもみえるそれは、明らかに破裂によって周囲一帯を破壊するための技。


「我が天成器シャルドリードのエクストラスキル、《大風鱗鮫》。数多に習得した技の中でもこれは爆風と全周囲に鋭利で殺傷力の高い刃鱗を撒き散らす、破壊力を重視した取って置きだ」


「クライ、こうなったら少しでもあの大鮫から距離をとるんだ! 幸いアイツはあそこから移動する気配はない。爆風の及ぶ範囲からでさえすれば――――」


「ああ、そうそう、さっきも警告したが再度通告しよう。……お嬢さんを案ずるなら――――逃げるな」


「あの野郎っ……!」


 怒りを顕にするミストレアをクツクツと笑い受け流すロディアス。

 問答の間も徐々に膨らみ続ける大鮫。

 はじめは三m程度だったのが五m近くまでに大きさを増している。


 あれが破裂すればどれだけの破壊が周囲にもたらされるのか……想像したくもないな。


「えー、これオレとアニスちゃんも巻き込まれるヤツっすか?」


「ん? ああ、すまんな」


「いや謝るくらいならやらないで欲しいんすけど! はぁ……アニスちゃんごめんね。ちょっと移動しようか」


「んー! んーー!!」


(アニスはあの“黒陽”とかいう奴が連れだしてくれたか。敵同士だがいまはありがたい)


 アニスを横抱きにした“黒陽”が戦場から離れる。


「さあ、もうすぐ破裂するぞ!! 見せてくれ、クライ・ペンテシア! オマエが傷つき心折れる瞬間を!! オマエのその何もかもを見透かすような憎らしい瞳が苦痛に喘ぐ姿を!!」


「クライ!!」


 膨張を続けていた緑風の大鮫に亀裂の走る不快な音。


 直後、魔物の咆哮とは異なるキンとつんざく圧倒的な高音と激しい爆風が周囲一帯に巻き起こる。


 飛び交う鋸歯と刃鱗。


 構える盾すら弾き飛ばさんとする凄まじい破壊の奔流。


 それは自らの周囲すべてを傷つける殺意。

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