第178話 星座の獣
大変遅くなり申し訳ありません。
家族がコロナに感染してしまい、自宅療養中に私まで感染してしまいました。
オミクロンの感染力は高いといわれていたのでなるべく注意はしていたのですが、かなり隔離生活をして貰っていたのに感染するとは……。
まだ体調は万全ではありませんがなるべく更新できたらと思います。
長い間お待たせしてしまって申し訳ありません。
今後ともどうかよろしくお願いします。
「久しぶりだな、クライ・ ペンテシアァ!! そのすました顔を見ると思い出すぞ。オマエにつけられたこの傷の痛みをなァァ!!」
目の前にはいつか見た黒フード。
片手で捲ったフードの下には首元から頬まで縦一直線につけられた痛々しい傷跡。
(あの傷跡、クライのワイヤーに括り付けたナイフがつけた傷か……。いつぞやの捨て台詞通りポーションも使わなかったようだな。傷跡がくっきりと残っている)
「……約束通り一人できたぞ」
「クライ! ごめんなさい。わたし……」
いまにも泣きだしそうに見上げるアニス。
両手両足は縛られているのか身じろぎする程度しかできないようだ。
……酷いな。
(アニス……怖かったろうに。あれでは自分で立ち上がることすらできない。――――必ず助けてやるからな)
ここは王都第一障壁の直上。
普段は警備のための守備隊が常時配属されていている場所。
王都に襲いかかる脅威を監視し、広範囲を一望できる高き壁の一角。
……守備隊の人たちの姿はない。
アイツらがなにかしたのか。
「本当に一人で来るとはな。なんだ“孤高の英雄”。助けてくれるお仲間はいないのか? 牙獣平原では中々の人数がいたじゃないか。森の中まで私を追ってきた時の狐獣人はどうした。寂しい奴だな」
「助けてくれる仲間だと! あんな手紙を出してきてどの口がいうんだ! それに、お前だって大して変わらないだろ! たった二人とは、前回私のクライにコテンパンにやられたのを忘れたのか!!」
「なにィ? 相変わらず生意気な天成器だ! 躾がなっていないぞ、躾が!」
この場には俺を含めて四人の人物がいた。
二十mほど先。
冷たい石畳に放り出された縛られ、瞳に大きな涙を湛えたアニス。
神の試練で唐突にエクレアを襲ってきた黒フードの男。
氷魔法とは密度の異なる高硬度な氷河魔法を扱う“氷血塊”と呼ばれた魔獣信奉者の男。
あと、もう一人。
第一障壁の出っ張りに腰掛け
気怠げな様子でアニスの背後に控える人物。
肩幅や背丈から推察しても恐らくは男性。
少し細めの体型だろうか、しかし格好は黒フードと似たような全身を包む漆黒のローブ。
その顔は不確かな闇が広がり伺い知れない。
何者だ?
この場にいるのだから魔獣信奉者の一員だろうことはわかるが。
「しかし、不用意に近づいて来ないところを見ると手紙はしっかりと読んで貰えたようだな」
しばしミストレアと言い争いを繰り広げていた黒フードが得意げな様子で話しかけてくる。
フードの闇に隠れ表情が読めなくともわかる。
明らかに上機嫌だった。
「……あれはお前が?」
朝方屋敷に届けられた一枚の手紙。
そこにはアニスを預かった旨と一人でこの場所にこいとの指示が書いてあった。
「ああ、そうだ。親切にも我々からオマエ一人だけを招待してやったんだ。……誰にも知らせてはいないだろうな?」
「……」
黒フードの問いに無言で頷いて肯定する。
手紙には一人でくること以外にも要求が記されていた。
この件について誰にも知らせず、相談もするな。
理不尽で身勝手な要求。
だがアニスの安全を考えれば甘んじて受け入れる他ない。
だから、いまここにいることは誰も知らない。
エクレアにも母さんにもイクスムさんにも知らせていない。
皆突然いなくなった俺を不審がっているだろう。
エクレアにはなんでも相談するはずがまたも裏切っている。
クラスの皆にも申し訳ないことをした。
特にマルヴィラは今日のクラス対抗戦に随分と張り切っていたのに……。
「オマエを脅せるなら別に誰でも良かったんだがね。ここ数日屋敷を監視させていたが存外に警備が厳しい。これは難しいかと半分諦めていたんだが、そこの赤毛のお嬢さんがたまたま屋敷の外に出てきてくれたお陰で助かったよ。何日も張り込むのは骨が折れるし――――なにより飽きる」
「……」
「そもそも人質などこんな回りくどいことをするのは私の趣味じゃないんだが……多少は同志の忠告も聞いてやらないとな」
弁の乗った黒フードの視線がアニスの後ろに控えるもう一人に向く。
同志……か。
「それにしても、オマエが本当にこの場所に足を運んでくれるかだけは賭けだったんだがな。……魔獣たちだけでなく聖獣も躊躇なく殺す大罪人のオマエのことだ。てっきり使用人一人など容易く見捨てるものだと思っていたが……良かったよ、無駄な苦労をしなくて」
「お前っ……!!」
(落ち着け、ミストレア。……いま騒いでもアニスは救えない)
(だがっ! クッ……悪かった。……冷静に、だな)
激昂するミストレアを諌める。
そうだ。
ここで下手に刺激してもどうにもならない。
いまは人数で不利な分、機を窺わないと……。
それでも、自分でも痛いほど強く拳を握りしめていた。
「さて、このうっとおしい正体隠しの魔導具ももういらないだろう」
不可思議な闇が内側を隠しているフード。
それと一体化したローブを勢いよく剥ぎとる黒フード。
不自然に内側が視えづらいとは思っていたけど、あれも魔導具の一つだったのか。
「改めて名乗ろう。私こそオマエたちが魔獣信奉者と呼ぶ者たちを統べる組織『星座の獣』に属する者」
「星座の……獣……?」
「そうだ。我々こそ長きに渡り迫害を受けてきた魔獣の神を崇拝する者たち。オマエたちのような魔獣を虐げ、聖獣を排除する罪人たちに救いを与える者であり、神の意志に背く者たちに罪の重さを教える者」
聖獣か……確か彼らの主張では瘴気獣は神から賜った聖なる獣だったはず。
「我が名はロディアム。『星座の獣』第六席次ロディアス・スケーティム。すでに知っているだろうが同志たちからは“氷血塊”とも呼ばれている。曰く何もかも氷河魔法の氷塊によって押し潰し血溜まりにしてしまうからだそうだ。私としては罪人に与える救済としては生温いと思うのだが……周りから見れば違うらしい」
クツクツと嘲るように笑う男性。
年齢は三十代ぐらいか、レリウス先生より少し年上に見える。
鉄色を帯びた暗く深い青の髪。
奥底に狂気の垣間見える目。
漆黒のローブに隠されていたのは冒険者というよりどこか研究者を思わせる白衣のような格好。
……そして、首元からは縦一直線に伸びた俺のつけた傷跡が痛々しく刻まれている。
あれが黒フード……いや、ロディアス・スケーティム。
エクレアを襲撃し森の中で争うこととなった相手。
(『星座の獣』だと!? “瑠璃眼”とかいう女が現れていた時点で他に仲間はいると覚悟していたが……やはり組織だった者たちだったか)
ミストレアの動揺が念話ごしに伝わってくる。
かくいう俺も少なからずロディアムの行動に動揺していた。
彼は正体を隠さなかった。
それどころか自分から名乗りを上げ、本来隠しておいておかしくない自分たちの組織についても語りだした。
その様子からはまったくといっていいほど正体が露見することを問題視していないことが伺える。
今回のアニスを誘拐した行為。
また、以前のエクレアを襲撃した行為。
どちらも他者を悪意をもって傷つける行為に該当する紛れもない犯罪だ。
しかし、目の前のロディアスは罪の重さによって上昇するカルマすらも気にも止めていない。
同じ犯罪を犯した者でもグレゴールさんたちは少なからず窃盗に罪悪感をもっていた。
罪の重さを自覚しつつもそれでも犯罪に走ってしまった悲しい背景があった。
魔獣を崇拝する者の集団である『星座の獣』に属すると語るロディアス・スケーティム。
この男は違う。
前回邂逅したときは無我夢中で戦っていてわからなかった。
……この男にはなんの罪悪感もない。
罪を罪と感じず、自分の行うことが間違いなく正しいと信じている。
こんな、こんな人がいるのか……?
カルマの上昇すら意に介さず、喜々として犯罪に該当する行為を行う。
それでいて自らの正体すら隠す気がない。
……魔獣の神への信仰はそれほどのものなのか?
いままで出会ったことのない考えに動揺していると、ふと若い男性の声が飛ぶ。
それはロディアスの仲間であり、魔獣信奉者の一人と思われるこの場にいるもう一人の揶揄するような言葉。
「……ちょっと喋り過ぎじゃないっすか? 本来表に出しちゃいけない俺らのことをこんなに話しちゃって。また第一席次に怒られますよ」
「…………」
「前回だって無用な接触は禁止だっていわれてたのにロディアスさんったら勝手に戦って、しかも負けて帰ってくるんすから。連れ戻しにいった第三席次も呆れてましたよ」
「……五月蝿い」
「大体アニスちゃんをここまで連れてきたのだってオレが一から十まで全部やったんすよ。ここのところめっきり寒い中、朝から晩までめっちゃ監視してオレ凍えて死ぬかと思ったのに、ロディアスさんったら何にも手伝ってくれないんすもん。あ、両手足は縛っちゃいましたけど、ちゃんと柔らかい布を使ったんで痕も残らないと思うんで安心して下さい。勿論、手足を縛ること以外では指一本触れてないっすよ」
(なんだ、コイツ。ロディアスとは全然違うタイプだな)
「……余計な口は出すな」
「いやでも、第一席次からは時間稼ぎだけすれば十分だから刺激するなっていわれてたじゃないすか」
「ああ、五月蝿い! そんな細かいことを気にしてるからオマエは私より席次が劣っているんだ!」
「ええ、六と七で一しか違わないじゃないすか……ダルゥ」
(コイツら……コントでもやってるつもりか!)
六と七。
ということはもう一人の黒フードは第七席次ということか。
「はぁ……まあ、いい“黒陽”オマエはそこでそのお嬢さんを監視していろ」
「はぁ……ダルいっすけど、はい」
「私は少しこの大罪人と遊んでやろう」
「また指示を無視して……オレは知らないっすよ。ああ、ダル」
空気が変わる。
(気をつけろ、クライ。この男が『遊んでやる』なんて殊勝なことを考えているはずがない!)
「ああ、そうだ“孤高の英雄”。前回の小手調べと今回は違うぞ。牙獣平原では一切本気は出さなかったからなァ。シャルドリード」
ロディアスの手元に現れる先端に円環のついた杖。
横に一振りするとニヤついたまま白銀の天成器を傾ける。
「お嬢さんのことを思うなら――――避けるなよ。【大風鱗鮫:空彈】」
杖の先端から迸る緑風の塊。
まさに噛み砕こうと迫る耳をつんざく音奏でる風の鮫に俺は……。
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