第180話 決して屈しない
「あ、あぁ……」
「……ぐぅ……うぅ……」
「クククッ、ハハハハ! どうだ! これが私とシャルドリードの力だ! 魔獣たちを虐げる罪人たちを裁く力! 前回の少しばかりの苦戦など同志たちに止められていなければ本来は起こり得ないことだったのだ! さあ、我が力の前にひれ伏せ! 私がオマエの罪を裁いてやろう!」
辺りに響くロディアスの嘲笑混じりの叫び。
爆風の広がるあの瞬間、できる限りの闘気でミスリルの盾に強化し、最大限の身体強化でもって受け止めた。
しかし、それでもなおすべてを防ぐことは叶わなかった。
「ああ、クライ! そんな……」
動揺し取り乱すミストレアに返事もできない。
全身に迸る燃えるような痛み。
身体中を爆風に乗った緑風の大鮫の鋭利な鋸歯と刃鱗に切り刻まれていた。
「どうした、“孤高の英雄”! 地面に寝転んで随分と満身創痍な姿じゃないか。私にこの醜い傷をつけた我らが敵が、滑稽な姿に落ちたものだ。ハハハッ、もう立ち上がる気力もないかっ!!」
ミスリルの盾は……遠いな。
どうやらあの爆風でかなりの距離を弾き飛ばされたらしい。
数m先にポツンと転がる盾の表面には無数の深い傷跡が浮かび上がっている。
視線を移せば地面は大きく抉れ、辺り一帯に鋭いものが突き刺さった痕跡が残る。
元はきちんと整備され剛健さを保っていた第一障壁の直上が、見るも無惨か形へと破壊されている。
あの攻撃の飛び抜けた激しさを物語るように。
だけど……それでも、俺は……。
「……止めろ」
膝をつきながらも立ち上がろうとする俺にロディアスの厳しい視線が刺さる。
「その憎らしい視線を止めろといっているんだ!!」
両手に力を込める。
うん、痛みこそ酷いがまだ動く。
滴る血、開く傷口。
切り裂かれた制服の至るところが赤く滲んでいる。
足元の血溜まりがゆっくりだが確実に広がっていく。
それでもなお、俺は力を振り絞り立ち上がる。
「……これで、終わりか?」
「っ!?」
「んーん、んー! んー!!」
“黒陽“に連れだされていたアニスが再び抱き抱えられた状態で戻ってくる。
『星座の獣』の一人“黒陽”。
アイツもまたかなりの実力者だ。
あの凄まじい爆風で飛んできた無数の刃鱗を、距離は十分に離れているとはいえ蹴りだけで弾き落とし、自分とアニスを守った。
抱えていたアニスを丁寧に地面に下ろすと、軽い足取りで異様な雰囲気のロディアスへと近づいていく。
「いまのヤバくないすか。結構離れてたのにこっちにまで飛んできて、めっちゃダルかったんですけど」
「…………」
「あれ、ロディアスさん?」
戯ける“黒陽”の問いかけにも答えないロディアスは、まるで視線だけでこちらを射殺すかのような目で睨む。
(クライ……その、大丈夫なのか。まだ、動けるか?)
(ああ……何度か攻撃を受け止めていたお陰だな。押されていた分少しだけだけど爆心地から離れた位置にいた。それになんとか急所だけは守ったから、血は流れているけどすぐにどうにかなる訳じゃない)
実際もう少し破裂地点に近ければ危なかっただろう。
いまできる最大の闘気強化を施していてもミスリルの盾は相当削られていた。
多少の抵抗では押し切られて致命傷を負っていたはずだ。
(すまない、取り乱して。クライが傷ついて私……)
(いいんだ。いつも俺はミストレアに助けられてる)
(だが!)
(“氷血塊”のロディアス。牙獣平原ではフージッタさんの助力のお陰でなんとかなったけど……強い。エクストラスキルの緑風の鮫は威力と範囲に優れているし、そのうえ以前は杭も通用しなかった強固な氷河魔法もある。厳しい相手だ)
(……)
(だから……ミストレアが居てくれないと困る)
(私が?)
(ああ、いつもミストレアが側にいてくれるから、励ましてくれるから俺は戦える。一人では敵わないかもしれない相手でも二人だから立ち向かえる。だから、謝らないでくれ。いつものように俺ならできると励ましてくれ。それだけで、俺は立ち上がる勇気をもらえる)
(クライ……)
(それにアニスをまだ取り戻していない。ここで、こんなところで屈する訳にはいかないんだ)
(そう、だな。私たちに落ち込んでいる暇などなかったな。……アニスを攫ったばかりかあんな大粒の涙を流させやがって……アイツらを許してはおけない)
(ミストレア、力を貸してくれ)
これ以上言葉はいらない。
血の滲む四肢に力を入れる。
決して屈しないという意思を乗せて、眼前に立ちはだかるロディアスを睨みつける。
「まだだ、まだ終わらないぞ。私のこの傷の屈辱は一片たりともオマエに返せていない! 【グレイシャーシリン――――」
ほんの刹那のとき。
この限られた人物だけが知りうる戦場に乱入してくるものがある。
「――――【アーストマホーク・クイック】」
「何!?」
空中を回転しながら飛ぶ土でできた小型の斧。
初級魔法因子、《クイック》によって威力の代わりに速度を高めた奇襲の一撃。
狙いは戦場の端。
アニスの背後に控える“黒陽”と呼ばれる男性。
「おっと、危ないっすね」
いとも容易く回避されるが土魔法は囮だ。
本命は素早く懐に飛び込んでの斬撃。
「……【エンチャントウォーター】」
淡く青く光る刀剣の天成器。
水魔法の魔力を宿した緩く背面に反りのある刀が、回避行動をとった“黒陽”を追う。
「っとと」
だがそれも姿勢を低くすることで軽々と躱された。
「お返しっすよ」
返礼とばかりの顔面を狙った上段蹴り。
「【ウォーターシールド・ハニカム】」
黒く伸びる足を受け止めたのは俺も知らない魔法因子。
通常の《シールド》よりも遥かに小さい三十cm程度の水の盾。
“黒陽”の蹴撃を空中に展開した六角形の水盾がピンポイントで受け止める。
「【ウォーターカッター2】」
畳みかけるような至近距離での魔法展開。
堪らず一歩後ろに後退する“黒陽”。
――――いまだ。
「【マナバレット】」
「危なっ!?」
この機会をずっと待っていた。
意識外からの攻撃にこちらに注意が向いた一瞬。
乱入者がアニスを乱暴に脇に抱えて離脱する。
追撃はない。
学園の制服を身に纏った彼は
俺の隣へと着地した。
これでもう人質はいない。
「まさかお仲間が隠れていたとは……気配消すの上手いすね」
「天に突き出る角、オマエ……魔人か。誰だ! 我々の邪魔をする不届き者は!」
「……」
ロディアスの気迫にも一切動じない彼こそ、エリオンから伝えられたフェルディナンドクラスの飛び抜けた実力者の一人。
両のこめかみから伸びる天を衝く角。
腰に縛り付けた剣帯を介して天成器を佩刀した少年。
オーニット・マクアレンがそこに立っていた。
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