第176話 クラス対抗戦 対戦相手と選出
大変遅くなり申し訳ございません。
リリアンクラスについて渋い顔のエリオンはこう語った。
「あー、アイツらね。女帝の元で統率された個々の能力も高水準のフィルディナンドクラスとは違って、実力は俺たちと同等かそれより下かもな。なにせリリアンクラスで一番有名なのがあの豪胆なヘタレ野郎だからな。女に異様に好かれてるし」
エリオン曰くリリアンクラスの中心となっているのは良くも悪くも一人の少年らしい。
豪胆で臆病?
意味的には反すると思うがどうやら普段は気が弱く押しにも弱いおどおどとした及び腰の少年だが、こういった大事な場面、学園行事や緊急事態のときには類まれなリーダーシップを発揮することがあるらしい。
迷わずの森での騒動でも数多くの瘴気獣が襲いくる緊急事態の中で、バラバラに散っていたクラスメイトたちを次々救出し、拠点にて生徒たちを指揮して襲いかかってくる瘴気獣たちを迎撃したそうだ。
その他にも学園の上級生に絡まれて困っている女生徒を助けたり、魔物に襲われて危険に陥った女性を間一髪で救ったりと
、普段自分の意見を発言することすら躊躇する様子なのに、いざというときには奮起し大いに活躍するらしい。
そのせいなのかは不明だが、彼の周りには常に三、四人の女子生徒が付き纏っていて決して一人にはならないなんて噂もあるという。
彼女らは傍目から見ても好意的な様子で彼の側に控えており、ときに彼を巡ってクラス中を巻き込んだ騒動を起こしたり、予想外の混乱を招いたりするらしい。
リリアンクラスの男子生徒は彼と彼女らの仲睦まじくも騒々しいやり取りを血の涙を流しながら見守っているそうだ。
……いくらなんでも血の涙はいい過ぎだと思うけど。
エリオンは『ギャップが魅力的なのか? まったくもって分からねぇ』と不思議そうな顔をしつつ続ける。
「目立った実力者はいないな。唯一ハーレム野郎のオズだけは土壇場で実力以上の力を発揮するらしいから未知数だが……他の奴らは悪くいえば特に強くも弱くもない」
「……随分辛辣なんだな。その……オズって少年にはハーレム? が周りにいるんだろう。彼女たちの実力はどうなんだ?」
「あの娘らねぇ〜。美人から美少女まで勢揃いなんだが、なんであんなちんちくりんがいいのかはさっぱりだぜ。中心人物であるオズはきっと学年中の嫉妬を掻っ攫ってるだろうな。と、まあいまはそれは置いておくとして実力か……」
考え込むエリオン。
先程までのどこか茶化すようや雰囲気は消え去り真剣にかわる。
「そもそも学園の授業そっちのけで一人の生徒の追っかけみたいなことしてる連中が強い訳ないんだよなぁ。他の生徒が勉学や訓練に励んでいる間に、本気で強くなろうと取り組んでるなんて様子も聞いたこともないし。そりゃあプライベートなことまでは分からないけど、少なくとも学園では半分以上巫山戯てる奴ばっかりだ」
「それはまあ……なんというか……」
(一人の男を追い回すばかりに周りが見えていないのか。恋は盲目といったところだな。クライに限ってないと思うが……気をつけてくれよ)
吐き捨てるように語るエリオンに呆れた様子で心配してくるミストレア。
冷静さを失うと前に進めなくなるということかな……俺も気をつけよう。
「だけどまあ迷わずの森の一件で少しは彼女らにも意識の変化があったようだな。全員で協力して強くなろうとする意志はあるようだ。勉強会を開いたりちょっと頼りないけどリリアン先生に戦い方を教わったりと多少は動いているみたいだぜ。……ま、そもそも、好意を寄せられてるオズ自身が迫ってくる彼女らに何もいえないのが問題だと俺は思うけどな。もうちょっとこう何かあるだろ? 『訓練の時間は集中しないと怪我するよ』とか『授業はきちんと聞いて進行を妨げないようにしよう』とかさ。そういう提案とか注意ができない時点でな〜」
大きく溜め息を吐いて憂いた表情をみせるエリオンは傍目から見ても辟易していた。
(ハーレム少年が相当気に食わないみたいだな。こんなに不機嫌になるとは)
理由は不明だけど、だんだんと語気を強めてエリオンはこう締めくくった。
「という訳でリリアンクラスには目立った実力者はいない。意識に変化があっただろうことは予想できるけど、本気で取り組まない短期間の学びなんて所詮付け焼き刃だしな。……アイツらは甘いんだ。……あの瘴気獣を束ねていたカオティックガルムを俺たちは見た。レリウスせんせーも指導役の冒険者ですら敵わない相手。……アイツらに負けるつもりはねぇよ」
対戦相手の一つであるリリアンクラスについて思いを馳せる中、意を決した表情のアシュリー先生が口を開く。
「集団戦は五対五のフラッグ戦。しかし、五人バラバラに戦っているようでは連携してくる相手に勝つことはできません。五人の中でもリーダー、指揮を取る者を定め、一丸となって取り組む必要があるでしょう」
以前の話し合いでは誰がリーダーとなるのかで紛糾し、決めきれなかった部分。
ウルフリックのいっていたように特にプリエルザが掻き乱していた部分でもあるが、一方で皆誰がリーダーとなるかで悩み、意見を表明できないでもいた。
指揮を取るのは難しい。
同じクラスメイトとはいえ他人を信じて的確な指示をだし、目まぐるしく変化する状況に合わせて臨機応変に対応する柔軟性が求められる。
集団をまとめ上げる統率力。
個人の力量ひいては相対する相手の実力を見極める理解力。
勝利のために実行に移せる決断力。
そのうえで自分の指揮に責任をもつ必要もある。
敗北するリスクを考えると足が竦む。
自分だけでなく共に戦う仲間まで苦渋を味あわせてしまう恐怖は筆舌に尽くしがたい。
それゆえか皆が消極的になってしまった前回。
しかし、アシュリー先生はすでに考えが固まっているようだった。
動じることなく集中する生徒たちの視線を受け止める。
「皆さんの意見は以前の話し合いで聞かせていただきました。このままでは前回のように決めきれないままでしょう。故に私から推薦という形で皆さんに提案したいと考えています。集団戦のリーダーは――――」
「ワ、ワタクシですか!? ワタクシですのね!! 流石アシュリー先生! 見る目がありますわ!!」
「プリエルザ、少し黙って下さい」
「……はい」
「……」
(ブレないな、プリエルザは)
「集団戦は計三回。つまりリーダーの候補者は三人です。一人目は……ベネデット・ アンクロクライス」
「は、はい」
椅子から起立し勢いよく返事をするベネデット。
責任の重さを感じてか緊張がありありと浮かんでいる。
しかし、クラスの皆からは反対の声はあがらない。
皆、彼がクラス委員長として個性の強いクラスメイトたちを一つに纏めあげようと奮闘していたのを知っている。
「ありがとうございます! か、必ず皆を勝利へと導いてみせます!」
「気負う必要はありません。普段のように接することを心掛ければ良いでしょう」
「はい!」
誰のためでもない皆のために動く彼に、表面上は不平をいう一部のクラスメイトも内面では認めているところがあるのは確実だった。
「二人目の候補者はセロ・ジークリング」
「え? 僕……ですか?」
完全に予想外だったのか目を丸くして驚くセロ。
アシュリー先生はそんな彼を諭すように続ける。
「……私が教師として赴任してきた時、セロ君、貴方は変わりつつある間際だった。兄から伝え聞いた貴方は自分に自信の持てない気弱な少年。でも今の貴方は自分の弱さを呑み込んで少しでも前に進もうと足掻いている。貴方の自己評価が低いことは承知しています。ですが、貴方が自分に自信の持てなかった間に学んだこともきちんと貴方の血肉となっている。どうです? 学んだ力を今こそ発揮してみてはいかがですか?」
「っ……」
(アシュリー先生はよくセロのことを見ていてくれたんだな)
「は、はい……そのありがとうございます」
恥ずかしそうに顔を赤く染め了承するセロ。
頷くアシュリー先生の怜悧な瞳は優しげな色を写していた。
「三人目は……」
委員長とセロ。
ここまではある意味順当といってもいい選出だった。
誰もが納得する采配。
しかしアシュリー先生が次にあげた候補はクラス中の予想を裏切る人物だった。
「マルヴィラ・トレイミー。貴女です」
「え……え! わたし!?」
(マルヴィラか……これは中々)
一見戦う指揮をとるには似合わないようにも思える選出。
だけど……よくよく考えてみれば相応しい選出かもしれない。
最近のマルヴィラは戦う力を求めて努力を重ねていた。
あの迷わずの森での一件からの訓練の日々をアシュリー先生は見抜いていた。
教室内のざわめきを無視してアシュリー先生の瞳が慌てふためくマルヴィラを射抜く。
「マルヴィラ。貴女の社交性の高さは私だけではなく、クラスの皆が認めるところでしょう」
アシュリー先生の言葉には納得しかない。
消極的な面のあったセロにも、時々機嫌の悪いウルフリックにも、暴走するプリエルザにも、日々テンションの乱高下するミケランジェにも、物静かなフィーネにも、マルヴィラは自然体のまま接していた。
あくまで自然にそれでいて相手を不快にさせない。
すっと懐に入ってしまうような気安さと安心感。
彼女は目立たずとも間違いなくアシュリークラスの潤滑油のような存在だった。
だからこそアシュリー先生は彼女を選んだ。
クラス対抗戦という大舞台で戦う力を一心に求め磨いてきた彼女を。
「でも……わたし……リーダーに選ばれるなんて大役……」
「マルヴィラ。貴女は自分で思っているよりもこのクラスで重要な存在なのです。貴女自身に自覚はなくとも、貴女にはこのクラスを動かす力がある。誰かを支え、補い、励まし、側に寄り添う力が貴女にはあるのです。そして、一生懸命な貴女のために力になりたいと、そう、思わせてくれる」
「アシュリー先生……」
「戦う力を求めて厳しい訓練してきた貴女ならクラス対抗戦でも十分に渡り合えるはずです。なにより、貴女は一緒に戦うクラスメイトたちを一番に理解している」
アシュリー先生の真摯な言葉にクラスメイト全員がただ静かに聞き入っていた。
マルヴィラのだす答えを待っていた。
戦う意思を示す言葉を。
「はい。アシュリー先生。わたし……頑張ります。みんなも……いいかな?」
「勿論にゃ! マルヴィラがリーダーなら必ず勝てるにゃ!」
「……ワタクシが選ばれなかったのは残念ですが、マルヴィラさんがリーダーを務めるというのならワタクシは応援しますわ!」
「マルヴィラさん。一緒に訓練の成果を見せましょう」
教室中から沸き起こるマルヴィラを認める祝福の声。
アシュリー先生の提案に全員が納得し、ここに集団戦のリーダーは選出された。
残る個人戦の代表もすんなりと決まり、あとは対抗戦の開催までに連携を深め、個人の技量を鍛えるまで。
それぞれが戦意の溢れた表情を浮かべ、活躍のときを待っていた。
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