第157話 祝いの席
模擬戦の日から数日後の夜。
ハルレシオさんの誕生日を祝い彼のお祖父さんに気に入られるために、俺たちは再びセリノヴァール公爵家の屋敷を訪れるべく馬車に揺られていた。
しかし、前回訪れたときとは異なる点がいくつかある。
「その……この格好落ち着かないんですけど……大丈夫ですか?」
尋ねるのは馬車に同乗しているイクスムさん。
今日は屋敷の外にも関わらずエクレアの従者としての格好。
すなわちメイド服と呼んでいた白黒のフリルのついた仕事着を着用していた。
「ええ、問題ありません。初めははどうなるものやらと思っておりましたが、よくお似合いですよ」
「そうですか……あんまり実感が沸かないんですけど……」
自らの格好を顧みれば自分でも似合わないだろうとわかるきっちりとした正装に身を包んでいる。
ハルレシオさんは学園の制服で構わないといってくれたけど、イクスムさんいわく公爵家の催しともなればそれなりに格式高い格好をしなければ入場すらできないとのこと。
初めて袖を通す正装。
濃紺の上着を羽織り、中には白無地のシャツ、首元には蝶ネクタイまでついているタキシードと呼ばれる格好。
(か、堅苦しいし動きづらい)
(だが、似合ってるぞ。これなら誰からも文句はつかない。母上にも見せてあげれば喜んだだろうにまだ帰ってこれないとはな)
思えば誰かの誕生日を祝う場に出席するなんてアニスやその家族のカイルさんたち、教会の神父様やシスタークローネたちくらいしか思いだせない。
……こう考えると俺って親しい人少なかったんだな。
謎に落ち込みながらも馬車は進む。
「…………兄さん、私は?」
不意に控えめに問いかけてきたエクレアの格好は藍色の髪に合わせるように青を基調とした綺羅びやかなドレス。
黒縁のメガネはそのままに頭には精緻な装飾を施された銀のティアラ。
「……綺麗だよ。よく似合ってる」
「……ん」
感情をあまり表にださないエクレアにしては珍しく素直に嬉しそうに微笑んでいる。
ふと視線を向ければ激しく首を縦に振るイクスムさん。
どうやら対応は正解だったらしい。
といっても事前に褒めちぎるように念を押されていたから俺の功績という訳ではない。
……似合っているのは本心だけど。
この場にエクレアがいるのは彼女もハルレシオさんの誕生日パーティーに招待されたからだった。
模擬戦のあとハルレシオさんは誕生日パーティーには是非親しい人を呼んで欲しいと頼まれていた。
しかしかといってニールの事情を知らない相手を呼ぶのは憚れる。
したがってセロやマルヴィラたちは残念ながらこの場にはいない。
(パーティーか……どんなものだろうな。お手並み拝見だ)
ワクワクと期待に胸を弾ませるミストレアとは反対に俺は段々と緊張してきていた。
果たしてどれほど盛大なパーティーなのか。
ここが正念場だとわかっていながらもいまから心配になる。
ハルレシオさんのお祖父さんのお眼鏡に俺たちはかなうだろうか。
馬車に揺られること数十分。
ようやく辿り着いたセリノヴァール家の屋敷前。
ときを同じくして隣り合わせに到着したのはプリエルザたちの乗った馬車だった。
備えつけの扉が乱暴に開かれ見知った顔の人物が降りてくる。
頭頂部から生える二対の黒い狼の耳はピンと逆立ち、腰付近から伸びる尻尾は緩やかに揺れる不機嫌そうなその人物。
「クソっ、この窮屈な格好。息苦しいったらないな。ハルレシオの爺さんのご機嫌取りだってのはわかるが、ホントにこんなの必要かぁ?」
「いえ、ニール様よくお似合いです!」
「ゼクシオ……しかしなぁ」
現れたのは正装に身を包んだニールとその影の護衛ゼクシオさん。
髪色に合わせた黒いジャケットを身につけ、指にはいくつか光る金装飾。
全身黒尽くめの格好でありながらニールの細くしなやかな体型もあってスマートに着こなしている。
(ほぉ〜、馬子にも衣装というやつか。中々似合ってるじゃないか)
一方ニールのあとから遅れるように馬車から降りてきたゼクシオさんは、母さんの従者であるハイネルさんの着るような執事服。
高い身長でニールと並び立つ姿は主従の良好な関係を一枚の絵に描いたように様になっていた。
(うんうん、こっちも悪くない。普段口五月蠅い割には従者の格好がぴったりじゃないか。いつもの騎士のような服装よりこっちの方がいいだろ)
どうやらニールは首元の蝶ネクタイが余程嫌なのか襟首を掴むと『これいらねぇだろ』とゼクシオさんに向かって投げ捨てる。
乱暴だなぁ。
「ニールさん! 折角このワタクシがコーディネィト! させていただいたのに何がご不満なんですの! 皇子さ――――、むぅぅ」
でてくるなりゼクシオさんが物凄い早業でプリエルザの口を封じる。
あ、危ない。
こんなところでニールの正体がバレそうになるなんて予想もしてなかった。
「むっ、むーー」
「失礼しました。しかし、不用意な発言は控えていただきたい」
「何をしているんですか! プリ様から手を離してください!」
「おっと、これは失礼」
プリエルザの背後に回っていたゼクシオさんを引き剥がすのは学園の授業でも何回か見たことのある兎獣人の女性。
確かラパシュさんといったかな。
プリエルザの従者だったはず。
「ラパシュ、ゼクシオ様にも何かご事情があったはず。こんなところで声を荒らげてはみっともないですよ。少し頭を冷やしなさい」
注意するもう一人の女性に『はぁ〜い』と不服そうに謝るラパシュさん。
彼女も確かプリエルザの従者だったはず、学舎でプリエルザのあとをついて歩いていたのを目撃したことがある。
(改めて見るまで気づかなかったがこの女……エルフか)
落ち着いた雰囲気を纏ったエルフの特徴である長い耳をしたメイド服の女性。
年齢はケイゼ先生よりも上に見える。
「それはそうとゼクシオ様? プリエルザ様への先程の行動の真意。――――少しこちらでお聞きしてもよろしいですか?」
口調は丁寧でも有無をいわせぬ気配。
「は、はい!」
(ゼクシオも災難だな。いつもの暴走と違って今回は未然に防いだ形だったのに……惜しいヤツをなくした)
ミストレアがふざけている間も馬車の裏手に連行されていくゼクシオさん。
解放されたプリエルザが多少口添えしてくれていたけど、ニールの正体をそのまま伝えるのを躊躇していたせいかゼクシオさんは引き摺られていってしまった。
……去り際の助けを求める眼差しが忘れられない。
一騒動あったものの無事に合流をすませ、使用人の方の案内で足を踏み入れた誕生日パーティーの会場。
ようやく辿り着いたそこには多数の人々が詰めかけていた。
誰もが正装に身を包み朗らかな表情で語り合う。
豪華絢爛な装飾の施された会場は夜の闇を払うほど光に満ちた別世界。
純白のテーブルクロスの上には所狭しと料理と飲み物の注がれたグラスが置かれ、会場の人々はそれを手にこの祝いの席を楽しんでいた。
「立食形式のパーティーでしたのね」
隣に並び立つプリエルザは会場の煌めきに負けないくらい着飾っていた。
陽光と見紛うばかりに輝く金の髪はいつも以上に巻きつけられロールしている。
赤いドレスは意思の強い瞳の色に合わせたもの。
さらに胸にあしらわれた一輪の薔薇の装飾は、その見事な大輪でもって見る者の注目を集める。
(派手好きなプリエルザに相応しい自己主張の激しいドレスだ。しかし、会場の雰囲気にまったく飲まれていないのはさすがだな)
こういった場に慣れているのかプリエルザはまったく動じる様子がない。
二人の従者も同様で軽く目を伏せ気配を消しながらも主の晴れ舞台を見守っている。
それはエクレアも同じ。
当然のように側に控えるイクスムさんを従え堂々と佇んでいる。
……毎回感じることだが、やはりエクレアたちとは住む世界が違うとこういうときに実感してしまう。
「お、あのローストビーフ旨そうだな。貰いに行こうぜ」
気後れする俺と違ってニールはある意味普段通りだった。
誰一人知り合いのいない空間で気兼ねなく過ごせるのは凄いな。
「ニ、ニール様」
「なんだ、ゼクシオ。遠慮するなよ。大事な交渉の前の腹ごしらえだ。お前も食え」
若干憔悴した様子のゼクシオさんに止められつつも早速テーブルの料理に手をつけるニール。
本当に遠慮がないな。
「ニールさん! こういった祝いの場ではまず主役となる方にご挨拶するものですのよ! 料理をいただくのも結構ですけどまた後にしてくださいまし!」
「でもハルレシオの周り、取り巻きがスゴイぜ」
プリエルザの注意もどこ吹く風といった様子で手に取ったお皿の料理を頬張るニール。
……確かにハルレシオさんの周りは人集りが壁になるほどの勢いでできている。
「むぅ……そうですわね……ニールさんのおっしゃる通りですけど……」
それにしてもこの会場、学園の学生らしき人たちも数多くいる。
そしてその家族と思わしき人たちも。
ハルレシオさんは友達なんていないといっていたけど、これだけの人がお祝いのために集まるのだから慕われているのは間違いないと思うんだけどな。
ハルレシオさんの周囲の人集りは一向になくならなかった。
次々と訪れる来客は彼と少しでも話したいのか中々離れなていかない。
プリエルザはなんとしても挨拶をしにいこうと躍起になっていたけど、どうやらヴィンヤード家に関わる貴族の人に捕まったのか話が弾んでいる。
ニールはニールで料理に舌鼓を打つ間に仲良くなったのか知らない学生らしき人とどこかにいってしまった。
残されたのは俺とエクレア、イクスムさんだけ。
知らない人ばかりの空間は少し居心地が悪い。
人の群れから脱出した俺たちは比較的静かな会場の壁際へと移動していた。
途中使用人の人からもらったグラスを傾けつつ手持ち無沙汰に立ちすくんでいるとふとある人が視線に入った。
彼女は俺たちと同じように所在なさげに溜め息を吐いている。
「……セハリア先輩?」
「あれ? クライ君も招待状を頂いたんですか?」
そこにいたのは生徒会に所属する学園の二年生セハリア先輩。
知り合いはいないと思っていたけど、良かった一人は顔見知りの人がいた。
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