第158話 重要人物
ハルレシオさんの誕生を祝う広いパーティー会場の中で偶然にも出会ったセハリア先輩。
生徒会執行部に所属する先輩とは以前学園内で天成器のことについて絡まれていたところで出会い、学園に蔓延る闇について教えてもらった。
彼女もまたエクレアやプリエルザのように学園では見たこともない優雅なドレス姿で佇んでいた。
落ち着いた印象のあるセハリア先輩には少し不釣り合いにも見える真っ赤なドレス。
長い新緑の髪で隠れているけど背中側が大きく開いた大胆な服装。
俺の不躾な視線に気づいたのかセハリア先輩は恥ずかしそうに身動ぐ。
「……やっぱり変よね。ドレスなんて普段着ないから」
「い、いえ、その……赤い色のドレスはセハリア先輩のイメージになかったんですけど、よくお似合いです」
「ふふ、ありがとう。……でも皮肉よね。よりによって深紅のドレスなんて……自分で選ばなかったのが悪かったのかしら」
「?」
なんだろう。
ドレスの裾をふわりと摘んで見詰めながら落ち込んでいるようにも見えるセハリア先輩。
……なにか赤い色に特別な想い入れでもあるのだろうか。
「クライお兄ちゃんとエクレアお姉ちゃん! それにイクスムお姉ちゃんも! こんばんわ!」
疑問は別にして明るく挨拶してくれたのはセハリア先輩の天成器レクター。
まったく知り合いのいない空間では屈託のない挨拶にホッとする。
(レクターか……相変わらず子供だな。まあそこに救われるんだが)
「ところでクライ君たちはどうしてここに? 貴方たちもセリノヴァール先輩に誘われたの?」
「え、ええ、そんなところです」
本当のことを明かすわけにもいかない。
心苦しいけどここは誤魔化させてもらおう。
「セハリア先輩こそどうなんですか? ハルレシオさんは学園の四年生ですけど、二年生のセハリア先輩にも招待状を?」
「ええ、生徒会の関係でちょっとね。直接の関わりはないんだけど公爵家の領地に家族が住んでいる人がいてその人経由で貰ったの。……でも他の生徒会の皆はセリノヴァール先輩に萎縮してしまったのか来てくれなかったみたい。だから私一人」
「萎縮って……」
すると声を潜めるためかぐっと耳元に近づいてきたセハリア先輩が囁く。
「お祝いの席でいうことではないんだけど……セリノヴァール先輩って自分にも他人にも厳しいところがあるって有名だから、ね。一定の力を持っている人には寛容なんだけど……特に向上心のない人には厳しいからそこがちょっぴり敬遠されてしまうみたいなの」
セハリア先輩は言葉を濁しているけど、友達の資格を得るにも決闘じみた模擬戦をする必要のある人だ。
わからないでもない。
「模擬戦の時はそれがさらに顕著になるみたいで力だけじゃなく言葉でも責められるって見学していた生徒たちの間では有名になっているの。一部のファンの間ではその冷酷で無慈悲な姿がたまらないと話題になっているようだけど……」
『私にはちょっと理解できない趣向だわ』と締めくくるセハリア先輩。
ニールとの模擬戦ではあまり感じなかったけど、ハルレシオさんが周りからそんな風に見られているとは。
(慕われ方も様々だな。だが、嫌われてないだけましか)
「あの先輩の周りの人集りが気になるかしら?」
俺がハルレシオさんの周りから中々離れない人達を眺めていると、それに気づいたセハリア先輩が尋ねてくる。
「ええ、ここにきたときに挨拶しようと思ったんですけど、近づけなくて」
「……あそこでセリノヴァール先輩に挨拶しているのはみんな公爵家の領地に隣接した貴族の人たちやその子供たちね。こう言っては悪いけど先輩のご機嫌を損ねないように必死になっている人もいるはずだわ」
『勿論純粋にセリノヴァール先輩を慕っている人もいるでしょうけど』と追加で説明してくれるセハリア先輩。
俺はてっきりそれだけハルレシオさんが慕われている証拠と思っていたけどそうでもないのか……。
「公爵家の力は大きいわ。それこそ先輩は後継者と目される唯一の嫡男。本人の能力も王都の騎士団に誘われるほど。少しでも顔を覚えて貰って取り入りたいと考えているものもいるでしょうね」
「その……貴族の社会も大変なんですね」
「ええ、領地で不正でも働けば当然カルマは上昇するけど、それでも自分の覚えをよくしたい。貴族とは滅私の奉公が求められるものだけど全員がそうといかないのが難しいところね。……でも冷酷なところのあるセリノヴァール先輩相手には煙たがれてるみたいだけど」
よく見れば確かに一部の人とは頻繁に会話するハルレシオさんだけど、たまに目つきを鋭くして近づいてくる人を観察しているときもある。
(ふむ、おだてられているように見えて実は見極めているのか。折角の祝いの席だというのに忙しいな)
ミストレアがハルレシオさんの目に見えない苦労を労っていたそのとき会場の入口がにわかに沸き立つ。
「あ、あの方は!?」
「な、なんでここに……」
騒がしい話し声とはまた違うどよめき。
なんだろう、皆なにかに驚いてる?
(騒がしいな。一体なんの事態だ? ニールかプリエルザがまたなにかやったのか?)
ざわざわと会場に伝播する動揺。
入口のどよめきに集中する視線と人。
ミストレアの心配は杞憂だった。
どよめきの原因は一人の女性。
着飾った人々の合間からゆっくりと歩いて現れたのは銀色の髪の眩しい女性。
身につけているのは学園の制服。
彼女が歩く度その先の人々が避け道が静寂が訪れる。
まるで彼女の周りだけ空白になったかのよう。
誰だ?
「えっ? ア……アークライト先輩!? なぜここに?」
セハリア先輩が目に見えてわかるほど狼狽しているけど……皆目検討もつかない。
俺が疑問符を浮かべて銀髪の女性を眺めているとセハリア先輩が彼女について教えてくれる。
それは予想だにしない人物。
「クライ君は知っているかしら。いえ、以前少しだけ話をしたわね。……彼女こそ学園の三英傑の一人。ヴィヘラシャード・アークライト。学園の三年生にして三属性の魔法を操る学園屈指の実力者。普段は決して外出なんてしないはずなのにどうしてここに……」
「え?」
三英傑……確か銃の天成器をもつジルライオ・コーニエルと同じ。
誰もが彼女に注目していた。
騒がしかった会場がしんと静かになり、話し声も食器を動かす音さえもしない。
皆身動ぐことさえ忘れたように彼女の歩みを眺めている。
……勿論俺も。
立ち止まったのは今日の主役であるハルレシオさんの前。
あれだけ離れなかった取り巻きたちが堰を切ったように散っていく。
はじめからその場にいなかったかのように、そそくさと。
声をかけたのはハルレシオさんからだった。
彼は常と変わらぬ冷静な表情で突然現れた彼女の来訪を喜ぶ。
「ヴィヘラシャード君までわざわざ来てくれたのかい。君がこういった催しに興味があるとは知らなかったけど、嬉しいよ」
「ん、お父様がどうしてもっていうから」
返事は簡素だった。
とてもお祝いにきたとは感じさせない面倒だといわんばかりの表情。
「はい、これ」
「これは?」
ヴィヘラシャードさんが手渡したのは抱えるほどの木箱。
「誕生日のお祝いの品のワイン。飲める年齢になったら開けてだって」
「おお、ありがとう」
「別にいい。わたしが選んだ訳じゃないから」
「……それでもだよ。普段魔法以外に興味を示さない君がきてくれるなんて思わなかった。ありがとう」
気怠げに佇むヴィヘラシャードさんに本心からとわかるお礼をするハルレシオさん。
「……じゃ、わたしは帰るから。あー疲れた」
素っ気ない態度の彼女に誰も注意しない、いや注意できない。
そのまま人の波を掻き分け去っていく彼女。
同時にざわざわとした喧騒も徐々に戻ってくる。
(なんだったんだあの銀髪女)
「アークライト先輩は魔法以外にまったく興味のない人なの。この場に現れたこと自体非常に珍しいことだわ。……そもそも彼女は滅多に外に出ることはない。学園の授業も受けるのは最低限だけ。普段は学園の研究室に籠もりっきりだわ。それでも先生方から、生徒たちから一目置かれている」
「それはまたなんで……」
「彼女が卓越した魔法操作技術を持つからよ。水、土、風の三属性の上位魔法を操る学園きっての才媛。将来は宮廷魔導士に抜擢されるのではないかと目されるほどの人物。まさかご家族の意思とはいえ、学園の外を出歩いている場面に遭遇するなんて……」
いまだ衝撃に囚われたままのセハリア先輩。
確かになにか言い知れぬ迫力をもった人だった。
俺たちが余韻に浸っている間も事態は立て続けに起きる。
ヴィヘラシャードさんの去っていったはずの会場の入口から再びのどよめき。
「ハルレシオぉ! 久しぶりじゃな! 元気にしとったかぁ!」
(今度はなんだ!)
「……お祖父様」
会場中に響く周囲の喧騒を無視した豪快な声。
華々しい会場には似つかわしくない戦うための服装。
白髪混じりの短い髪に年齢から考えたら十分に鍛え上げられているだろう身体。
手の甲には二重に円が刻まれた天成器の刻印。
この人がハルレシオさんのお祖父さん。
ハグスウェイト・セリノヴァール。
俺たちがエリクシルを手に入れるための最も重要な人物。
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