第156話 その資格がある


(気に入らなかったから、か)


 聞いただけでは個人の感情に左右されたようなその発言。

 しかし、ハルレシオさんは真意を説明してくれるのかゆっくりとその先を語りだす。


「エルフの女王の治めるリィーンガード森林王国。大陸の極北に位置するこの国は現在どの国とも表立って交易を行っていない」


 学園の授業でも習ったことだけど、森林王国は大陸では北側に位置し、帝国と教国に隣接した地域に存在する。


 国土は狭く王国の三分の一にも満たない小さな国。

 しかし、中央には直径数kmにも及ぶ世界樹を囲うように首都が広がる。

 周辺は濃い魔力が立ち込める地域が多く強力な魔物が生息する地域もあるとか。


「私の父が治めるセリノヴァール公爵家の領土は、森林王国とは隣接してはいないものの、王国の中では最も地理的に近い位置にある。直接面した二国にはさすがに及ばないが……当然秘密裏に交渉を続けてきた。小規模ながら個人での物品の取引も行っている」


 『物々交換に近いものだけどね』とハルレシオさんは話してくれるけど、それでも本来交易を拒む森林王国と交渉できるパイプがあるだけで凄いことなのはなんとなく理解できる。


「クライ君。ここには君の母上、ペンテシア伯爵も少なからず関わっている。かの女傑がエルフの女王にいたく気に入られているために私たちの取引も以前よりずっと緩和されたんだ。現当主である父も君の母上の手腕を認めている。彼女は王国に無くてはならない人物だとね」


「母さんが……」


 長期休暇の間、ずっと母さんは王城に呼ばれたままだ。

 今回は教国からの使者が訪れてきていたそうだけど、以前も使者をもてなすために王城に呼ばれていた。


 ……母さんは多くの人に信頼されてるんだな。


(ははっ、さすがはクライの母上だ!)


「気難しい父なんだがペンテシア伯爵に対する高い評価には正直驚いたよ。あの父が武力以外のことでその力を素直に認めるなんてね」


 苦笑するハルレシオさんは少しだけ羨ましそう見えた。

 すぐに表情からは消え失せていたけど。


「帝国からは毎度のことのように来賓として望まれ、頑ななところもある教国も彼女には態度を軟化させる。そしてなにより――――王国中からいや、他国からも求婚の声は鳴り止まない」


「…………」


「彼女の美貌がそうさせるのか、はたまた巧みな話術がそう駆り立てるのか。フフッ、クライ君と同じように魅力的な人物なのだろうね」


 ……からかうのはやめてほしい。

 というかハルレシオさんも冗談をいったりするんだな。


「いや〜、その話も非っ常に興味あるんだがな。また今度にして続きを頼むぜ」


 ニヤリと笑いながらハルレシオさんに続きを促すニール。

 どうやら調子は戻ってきたようだ。


 それにしてもあのふざけた顔。

 ……なぜだか少し腹の立つ顔をしている。


 ニールの言葉を受けて『話が逸れて悪かったね』と軽く謝りながらも真剣な表情に戻るハルレシオさん。


「それもあって、ある意味セイフリム王国の代表として森林王国との交渉を一手に引き受けさせて貰っていたんだが……それなのに、よりによって……森林王国が貴重なエリクシルを引き渡したのは一つの商会だった。勿論血縁ということもあるだろう。取引相手として親族は信頼できる相手だということも理解はできる。しかし……セリノヴァール公爵家としてのプライドがある」


 メイメイさんのお祖父さんの営んでいる商会か、確か……サンクトス商会。


(あの矢鱈と五月蠅くて目立ちたがり屋のハーフエルフの女のところか)


「長年友好を温めてきた我々としては横から成果を掻っ攫われた形になる。――――面白くはない」


「まあな。王国を代表して慎重に事を運んでいるところを無視して搔き乱してきたわけだ。商人としては正しいんだろうが……国としては少し迷惑だろうな」


「……わかってくれるかい? 彼らサンクトス商会としても小規模な森林王国との取引をもっと拡充したいという想いがあって、今回の無断での森林王国との単独交渉を仕出かしたのだろうけど……一言声をかけて欲しかったものだよ」


 溜め息を吐くかのように落胆するハルレシオさん。


「森林王国側もそうだ。民間にエリクシルを渡すのは別にいいんだ。森林王国にも独自の思惑があるのは理解できるからね。ただ、長年友好的な関係を保ってきた我々には相談して欲しかったのが本音だ」


「それがどうエリクシルを落札した理由となりますの? 肝心の理由の説明がありませんでしたけど……」


「プリエルザ君、そんなに急かさないでくれ」


 痺れを切らしたプリエルザの質問に意を決したハルレシオさんが答える。


「そんなサンクトス商会と森林王国の我々を無視するかのような不義理に激怒した人物がいる」


「?」


「現当主リクセント・セリノヴァールの父。引退した前当主、ハグスウェイト・セリノヴァール。古くは“不沈艦"とも称された不倒不屈の戦士。現役時代にはその当時活性化していた瘴気獣と一昼夜に渡って戦い続けたとも噂される歴戦の人物。――――私のお祖父様さ」


「お祖父様ぁ?」


「私がエリクシルを落札した理由はお祖父様の指示があったからだ。なんとしてもエリクシルを手に入れるようにと。だからこそ金貨二十五万枚もの大金を私の一存で運用できた。他の貴族たちも現場にはいたが、落札に動いた者は何人もいなかっただろう? あれはセリノヴァール家ですでに根回しを済ませていた結果なんだ」


「そうだったのか……」


「……道理で金貨二十五万枚程度で落札できたって訳か。本来ならもっと青天井で価格が釣り上がってもおかしくなかった。口裏合わせは済んでたってことかよ」


 嘆くニール。

 落札されたショックを受ける中そんなことを考えていたのか。


「ついては君たちにはお祖父様に会って欲しい」


「なんだと?」


「さっきも説明した通りエリクシルの落札に私の意思は介在していなかった。お祖父様がエリクシルの今後の運用を考えることになる。つまり君たちがエリクシルを手にしたいなら交渉すべき相手はお祖父様ということになる」


「でも、お前の爺さん? なら領地にいるはずだろ。どうやって会うんだよ。紹介状でも書いてくれるのか?」


 真の交渉相手がハルレシオさんのお祖父さんと知って僅かに動揺を見せるニール。

 対してはじめからそれを知っていたはずのハルレシオさんは冷静だった。

 これからの俺たちの取るべき行動を教えてくれる。


「丁度長期休暇の間、私の誕生日を祝う催しがある。……そこにお祖父様も来てくださる予定になっている」


「っ!?」


「君たちのすべきこと。それはお祖父様に気に入られることだ。先程も話した通り、お祖父様は多少気分に左右されるところがある。気に入らなければ決して許しもしないし、頑ななに受け入れようとしない。しかし、豪放磊落な方でもある。気に入られれば何処までも支え力になってくれる。……君たちならきっと問題ないはずだ。勿論模擬戦で力を見せて貰った以上私も全面的に協力すると約束しよう」


(決闘に近い模擬戦の次は面識もない爺さんに気に入られろか……中々突拍子もないことをいうな)


 しかし、これで目標が明確になった。

 エリクシルを手に入れるための道筋がはっきりしたように思う。

 それはニールも同じだったようで、彼も先程の落ち込んでいた様子がウソのように覇気を取り戻しつつあった。


「気分屋の爺さんの説得か……難しいがやるしかねぇな」


「ワタクシたちの魅力にかかればハルレシオさんのお祖父様でもイチコロですわ! 今度こそエリクシルを手に入れましょう!!」


 気合いを入れ直すニールとプリエルザの二人。

 というかプリエルザは模擬戦が終わっても付き合ってくれるのか。

 ……後でニールと相談して本格的にお礼も考えておかないとな。


 俺がプリエルザの献身的な協力に対する対価に頭を悩ませていると、ニールがふとなにかに気づいた様子でハルレシオさんに質問する。


「そういえば模擬戦って何のためにやったんだ? 爺さんに紹介してくれるだけなら話し合いでも十分だったろ? 決闘じみた戦いまでする必要なかったんじゃ……」


 それは当然の疑問だった。


「そうですわ! ワタクシはチェルシーさんと戦えてとても勉強になりましたから、寧ろ戦えて嬉しかったくらいですけど、どうしてあのようなことを?」


 交渉相手がハルレシオさんのお祖父さんならあんなに苛烈な模擬戦を戦った意味はなんだったのか。

 ニールもプリエルザもそして俺も気になる部分。


 イクスムさんも気になるのか無言でありながら聞き耳を立てているのがわかる。


「そ、それはですね」


 すると、なぜか歯切れの悪いチェルシーさん。

 目線は大きく逸れ明らかに動揺しているのが透けて見える。

 なんなんだ?


「簡単さ。お祖父様から誕生日に友達を紹介するように言われていてね」


「…………は?」


 驚き固まるニールの気持ちがよくわかる。

 え?

 いまなんていったんだ?


「私に友というべき者がいないのではないかとお祖父様はいたく心配されていてね。今度の誕生日に紹介することになっていたんだ。だが……残念ながらなぜか私に友と呼べるような人物は一人しかいなかったからね。君たちの力を試すことにしたんだ」


 一人の部分でヴィクターさんに視線が集中するが、彼は顔をブンブンと横に振るばかりで頼りにならなかった。


「その点君たちは模擬戦を通じて力を示してくれた。私の友としての資格が十分にある。お祖父様には五人は友達を紹介してくれと言われていてね。……実は少々困っていたんだ」


「おい。じゃあなにか? オレたちと模擬戦をしたのは友達作りの一環だってのか?」


「結果的にはそうなるね」


 ウンウンと頷いて答えるハルレシオさん。


「こ、この野郎……」


(そもそも五人って。ここには戦ってないイクスムを入れてやっと五人しかいないんだぞ。なに考えてるんだ、コイツ)


「で、でもですね。ハグスウェイト様は力ある者を好む傾向にありますので、あの模擬戦も決して無駄だった訳ではないんです」


 チェルシーさんが主のために弁明しているけど……苦しい言い訳だ。

 

「そうさ。私からも君たちの力の程はお祖父様に必ず報告しよう。きっと説得する材料の一つにはなるはずだ。ほら、模擬戦をやっておいて良かっただろう?」


 これが友たる資格を得た結果なのか妙に気安いハルレシオさん。

 

「……お前に友達が少ない理由が少しわかった気がするよ」


 苦虫を噛み潰したような表情をするニールに、ここにいる一同の気持ちは一致していた。

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