第145話 窮地にあって
「いいでしょう。私も全力を持って貴女に答えます。それが真剣勝負を共にする相手への礼儀ですから」
ワタクシの啖呵にあくまで冷静に答えるチェルシーさん。
ですが彼女の言葉には共に勝敗を決めるべく戦うワタクシへ向き合おうとする真摯な響きが含まれていましたわ。
彼女は訓練場の各所に《センチネル》で魔法を配置し、ワタクシの移動を制限するとおっしゃっていました。
もう先程のように逃げ続けることは難しいでしょう。
いずれ追い詰められ対処しようがなくなり、チェルシーさんの巨大棍棒を叩きつけられるのはわかりきったことです。
ならば……こちらから攻めるまでのこと。
「このプリエルザ逃げも隠れもしませんわ! ここからが本当の勝負ですの! 【ダークシリンダー3】!」
「っ、【闘技:激打塔楼】」
面を一度に攻撃する三発の《ダークシリンダー》に巨大棍棒を地面に叩きつける闘技で対応するチェルシーさん。
叩きつけた地面から闘気が噴き出し、魔法の進行を妨げる。
それどころか下から噴き上げる闘気で見事に軌道が逸らされてしまいました。
案の定闘技も問題なく使えるとは……やはり実力差は如何ともし難いですわね。
「纏え【バーニングエンチャント】」
「【ライトバレット・ホーミング3】」
「フンっ!」
相変わらず速度の早い魔法も通じませんのね。
魔法因子によって追尾していく魔法だろうと灼熱を宿した棍棒の一振りで造作もなく粉砕されてしまいます。
……ワタクシだからいいものの、そろそろ自分の魔法に自信が無くなりますわよ。
「まだまだですわ! 【ライトバレット3】!」
「穿て【バーニングスピア3】!」
「っ!? 【ダークシールド4】!」
牽制の灼熱魔法を闇魔法で視界を遮りつつ防ぎます。
ですが、闇魔法の盾は欠け、ワタクシの身体ギリギリのところを《バーニングスピア》が熱波と共に通り過ぎていきます。
……正確に槍の形を象った魔法だけあって貫通力は高いですわね。
(プリエルザ! 大丈夫なの!? いまのは身体に――――)
(ディアーナ、心配は要りませんわ。少し掠っただけですの。魔法の選択を間違えました。いまのは光魔法で防ぐべき場面でしたわね)
「くぅ……」
ワタクシの高貴なる玉のお肌に刻まれた灼熱魔法の通った跡。
幸いかすり傷程度で槍は突き刺さってはいませんけど、傷口は焼け火傷跡がじんじんと痛みますわ。
「【バーニングボール・センチネル】」
ワタクシが痛みに顔をしかめている間も着実に訓練場に配置されていくチェルシーさんの灼熱魔法。
空中に浮かぶ火球。
アレに迂闊に近づけば迎撃されるのは明白です。
しかし……簡単に魔法で破壊もさせてくれそうにありませんわね。
余計な手出しをすればその隙を狙ってチェルシーさんは飛び込んでくるでしょう。
「【バーニングボール・ダイブ4】」
空中から降り注ぐ熱波を湛えた灼熱の火球。
戦いはますます激しさを伴って荒れていきます。
公爵家の整備された訓練場に吹き荒れる光と闇、そして灼熱。
攻防は外から見れば一進一退の様相を呈していました。
ワタクシが形振り構わず放つ魔法で牽制し、チェルシーさんが《センチネル》で訓練場を区切りつつ迫ってくる。
ですが追いつかれてこそいないだけで、内実追い詰められているのはワタクシの方です。
放つ魔法の尽くが粉砕され、チェルシーさんにはいまだ余裕すらある。
ワタクシが何度か灼熱魔法によって火傷を負わされているのに対して、全身鎧に見を包むだけあってチェルシーさんにはほとんどダメージは見受けられない。
(そろそろ魔力も心許なくなりますわね)
(でも彼女には油断はないようよ)
またしてもワタクシの放った魔法を振り下ろした巨大棍棒で砕いたチェルシーさんは、追撃を警戒し一切の隙すら見せない。
……それにしても暑いですわね。
滴る汗が視界と思考力を奪う。
「ッ……!?」
「だあっ!!」
不味いですわ……一瞬意識が飛びました!
気迫と共に飛びかかってきたチェルシーさんの振り上げた棍棒が光を遮り巨影を作る。
近い!
「プリエルザ!」
悲鳴にも似たディアーナの叫び。
「【ダークボール】!」
咄嗟に放てたのはたった一発の初級魔法。
ですが運だけは良かったようです。
振り上げた巨大棍棒を掻い潜りチェルシーさんの胴体にワタクシの魔法が迫る。
「【バーニングエンチャント】、だりゃあっ!」
「嘘っ!?」
嘘ですわよね!
魔法を、殴った!?
「きゃっ!」
ついでと言わんばかりの棍棒の打撃でワタクシは吹き飛ばされ訓練場の地面に叩きつけられる。
ディアーナで防いだはずなのにこの威力。
痛ったいですわね!
「……たとえ付与魔法を施したとしても魔法を殴るなんて非常識ですわよ」
「? そうでしょうか?」
やっとの思いで立ち上がり、痛みを堪えつつ問い質せば返ってきたのはキョトンとした表情。
いまのチェルシーさんの行動。
付与魔法を天成器ではなく鎧を纏った左手に付与し殴りつけた。
あまりにも力技ですわ!
まったく……本格的に鎧の下がどうなっているのか気になってきました。
……あんな使い方をするなんて全身が筋肉でできていてもおかしくありませんことよ。
「……どうです? そろそろ降参してはどうですか?」
「なんですってぇ!」
突然の提案はワタクシの予想もしていなかったこと。
「その止めどなく滴る汗。この訓練場に満ちる熱気に意識を保つのもやっとではないですか?」
「それは……!?」
「《センチネル》で訓練場に配置した灼熱魔法はなにも貴女の移動を制限するだけではありません。空中に設置した灼熱の火球は周りの空気すら高温で温め熱波を放つ。……火傷も相まって貴女が気づいていたかはわかりませんが、この訓練場は徐々にその熱を高めていた」
なるほど、それでいつの間にか意識を失いかけるほど消耗してしまっていたと。
この訓練場が四方を壁に囲まれているのも影響していたとチェルシーさんは説明してくれます。
たとえ広い訓練場だとしても熱気が籠もる条件が整っていたと、そう語る彼女。
ワタクシは迫ってくるチェルシーさんに注目ばかりしていましたけど、知らず知らずの内に追い詰められていたのですね。
ですが……。
「降参? 折角のご提案ですがお断りさせていただきますわ! ワタクシは最後まで全力で戦いを全うします! 決して諦めないのがワタクシの覚悟! 舐めないでいただきたいですわ!!」
肌を焼く火傷の跡がじんじんと熱をもって痛む。
魔力は残り少なく、息は切れ焼き焦がされ熱の籠もった身体は体力もない。
それでも勝てる見込みの薄い相手に向かって戦いの続行の意思を示す。
人はそれを強がりというのかもしれませんわ。
ですが!
ここで虚勢を張らずしていつワタクシの覚悟を示すというのです!
「……何処かでわかっていました。誇り高い貴女は決して負けを認めることはない、と」
「ええ! 最後まで戦いましょう! 全力全開がワタクシですわ!!」
ここにワタクシは宣言します。
この模擬戦がどのような結果を迎えようともワタクシは最後まで決して手を抜かない。
最後の最後まで諦めない。
それがヴィンヤード家の家訓であり矜持。
ワタクシの背負うべき想い。
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