第146話 全力全開


 宣言と共に改めて決意を固めたワタクシに巨大棍棒を構えるチェルシーさん。


 打撃と共に破壊を齎すもの。

 幾度となくワタクシの魔法を砕いた彼女の信頼する天成器。


 相当な重量があるはずのそれを軽々と水平に。


(プリエルザ、警戒して。彼女は――――)


 ディアーナの警告は正しいですわ。

 立ち込める空気が……違いますもの。


「エイブラム、【変形:廻転大棘棍棒】」


 無骨で巨大な棍棒の形状のまま、三節に溝で区切られた各部に生える太く力強い棘。

 更に凶悪さを増した天成器は叩きつけられなくともその威力を容易く想像できてしまいます。


 ……あんなもので叩かれたらディアーナで防いだとしても一発で意識を失いますわね。

 流石に耐えきれる自信がありませんわ。


 つまり決着は一瞬、ならば――――。


「【ダークバレット・ディレイ5】」


「……む」


 本当に勘が鋭いですわね。

 ワタクシがやろうとしていることが自らの不利に繋がることだと予期して即座に行動してくるなんて。


 チェルシーさんは接近しつつもワタクシの行動を少しでも妨害するために得意の灼熱魔法を展開します。

 

「我が前に立ち塞がる者を穿て! 【バーニングスピア・ダイブ3】、【バーニングランス】!」


 灼熱を宿した槍と騎槍。

 ですが、ワタクシがこれから行うことを思えばここからは動けない。


「ワタクシを守りなさい! 【ライトウォール3】、【ダークウォール3】」


 ワタクシの周囲を守る光と闇。

 《ライトウォール》を外側に《ダークウォール》を内側に層に重ねた魔法の二重障壁。

 

 これなら少しは時間を稼げるはず。


 ですが、障壁を音を立てて灼熱魔法が削っていきます。

 さらには凶悪な棘を生やした棍棒を容赦なく何度となく叩きつけるチェルシーさん。


(プリエルザ、準備を急がないと……時間はないわ)


 ワタクシのすることをいち早く理解してくれたディアーナ。

 彼女の心配する通りですわね。

 悠長に眺めていてはこの模擬戦はすぐに終わってしまう。


「【ダークバレット・ディレイ5】」


 これは布石。

 空中に展開し待機させた《ダークバレット》はワタクシの周囲で出番の時を待っています。


「だあああっ!!!」


 訓練場に響く轟音、崩れる魔法の障壁。

 砕かれた光と闇が空間に溶けるように消えていく。

 姿を現す常と変わらず冷静なままのチェルシーさん。


「【ダークバレット・ディレイ5】」


 これで魔力は限界ですわ。

 残りはあと一発分だけ。


「“臨廻転”」


 恐らくは第三階梯の能力。

 溝によって上中下と分かれた三節の打撃部分が高速で回転する。

 訓練場に籠もる熱気を収束するような大気のうねりと甲高い駆動音。


(真正面から打ち破ろうというの!? これからプリエルザが行うことを予期しているはずなのに!)


 ……ワタクシの安全に普段から心配りをしてくれるディアーナには少しわかりにくいかもしれませんわね。

 ですが、人には自らが不利な状況だと理解していても立ち向かわなくてはいけない時がありますのよ。

 

「チェルシーさん! 参りますわよ!」


「……来なさい。私は、主様の前で決して倒れはしない!」


 さあ、出番ですわよ。

 《ディレイ》の魔法因子で射出時間を調整した十五発の《ダークバレット》。

 それは! この時、この一発に全てを注ぐため!


 どうせ察知されるならそれを超える範囲と威力を叩き込むまでですわ!


「空間全てを薙ぎ払うワタクシの魔法たち。これで貴女を攻略してみせますわよ! これがワタクシの全力・全開!! 【ダークシリンダー・バリスタ】!!」


 何も《バリスタ》の魔法因子は上級魔法に加えるだけではありませんことよ!


 闇魔法の円柱を《バリスタ》の魔法因子で太い矢へと形成し直した必倒の一撃。

 

 そして、タイミングを合わせた魔法の一斉掃射。

 十五発の《ダークバレット》で回避する場所を奪い、ついで放つこの魔法を確実に命中させますわ。


 待ち構えるチェルシーさんに殺到するワタクシの魔法たち。

 闇魔法の弾丸に埋め尽くされる空間。

 元より避けるつもりもないのでしょうが……弾丸を振り回した棘棍棒で砕き続ける、そんな彼女に我が闇魔法の太矢が――――。


「私は! その矜持ごと! 打ち砕く! 【闘技:凰砕塵壊】!!」


 飛翔する太矢に打ち下ろされる闘技。

 内包された《ダークシリンダー》が接触と同時に炸裂します。


 豪快な破砕音。


「これで……」

 

 互いの強烈な威力に訓練場に舞う土埃。

 ワタクシの攻撃が通じたならチェルシーさんは吹き飛ばされ倒れているはず。

 

 しかし……。


「これで、終わりです」


 首元に突きつけられた白銀の巨大棘棍棒。

 太く力強い棘の先端がワタクシの肌を貫き鮮血を流させる。


 それでも、最後まで振り抜かなかったのは彼女の慈悲の表れでしょう。


 土埃から現れた彼女は傷つき息こそ乱しているものの、目の前で威風堂々と立っていました。


 雨あられのように撃ち放った闇魔法の弾丸も、乾坤一擲の《バリスタ》の一撃も、どれもが砕かれ通じなかった。


「……ワタクシの完敗ですわ」


 自らの敗北を受け入れる言葉。

 ですが……ワタクシは晴れやかな気分でした。


 すべてを出し切り敗北した。

 たとえ敗れたとしても自らの矜持を忘れなかった。


 それだけでワタクシの誇りは失われていないのですから……。


 でも……やっぱり悔しいですわね。

 ワタクシを打ち負かすほどの相手にこそ勝利、したかった。

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