第144話 強敵にこそ立ち向かう


 灼熱の槍の熱波から逃れるため咄嗟に作り出したワタクシの《ダークウォール》。


 それをいとも簡単に粉砕する灼熱の火に包まれた白銀の巨大棍棒。


 まったく、あんな巨大な塊を振り回して反動を欠片も感じさせないなんてどうかしてますわ。

 筋肉!?

 あの鎧の下は全身が筋肉でできていますの!?


 しかし、慌てている暇はありませんわ。

 これでワタクシとチェルシーさんの間を妨げるものはなくなってしまいました。

 《ディレイ》の魔法因子で予め用意していた《バーニングスピア》が、飛び込んでくるチェルシーさんと同時にワタクシを襲う。


 ……接近戦はあまり得意ではないのですけど仕方ありません。

 三本の《バーニングスピア》とチェルシーさんに対抗するべく新たな手を打ちましょう。


「行きますわよ! ……身体強化!」

 

 魔力による身体強化。

 

 身体に迸る魔力。


 闘気とは違い劇的な身体能力の向上こそ見込めないものの、ある程度の身体能力の強化と魔力を伴った攻撃への防御力を向上させる魔力による身体強化。


 迷わずの森での激戦を経て、さらにはクライ様の活躍を見てその必要性を認識し習得した技術。

 まだ安定とはほど遠いものですが、これで接近戦の不足を補いますわ。


(ディアーナ、ヤりますわよ)


(ええ、プリエルザ。貴女の弛まぬ努力をみなさんに見せて差し上げましょうね)


 普段からワタクシを一番近くで見守ってくれるディアーナ。

 愛に溢れた助言には何度となく助けられてきました。

 やはり窮地に陥っている時でも貴女の声を聞けば安心できますわ。


 さて、実力差は明白。


 ならばすべきことは一つですわ。


「ここは全力で逃走させていただきますわ! 【ダークボール・ディレイ3】、【ダークシールド・ディレイ2】」


 奇しくもチェルシーさんと同じ魔法因子。

 ですが、高めた身体能力で距離を取りながら彼女の進路を妨害する形で魔法を展開します。

 

「くっ……」


 ディアーナを盾にしてもその内包された熱が伝わってきます。

 まったくホント熱っついですわね、この槍。


「フンッ!」


 それでも、待機させた魔法を砕きながら迫ってくるチェルシーさん。

 《バーニングスピア》や《バーニングボール》を織り交ぜてワタクシの逃げる先を限定する。

 ……《ダークシールド》で視界を防いでいなかったらあっという間に距離を詰められていましたわね。


「穿て、【バーニングスピア・ダイブ4】」


 しかし、そんなに簡単には引かせてくれませんのね。

 斜め上から降り注ぐ灼熱魔法の槍。


 致命傷厳禁の模擬戦だということを忘れていませんこと?

 直撃すればチェルシーさんのいっていたように内部から焼き焦がされて、ワタクシの高貴な肉体がこんがり焼けてしまいますわ!


「【ライトウォール3】、これで……」


「……貫け【バーニングランス2】」


「!?」


 騎乗する騎士が扱う突撃槍を模した灼熱の魔法。

 火属性魔法の中級武器魔法がワタクシの重ね合わせるように展開した《ライトウォール》に突き刺さり瞬く間に砕いていく。


 なんてことですの。

 あんな太い槍が突き刺さったら身体を貫通してその場に縫い留められてしまいますわ。


 ……ですがこれはチャンスでもある。

 いまなら《ライトウォール》の破壊を注視しているはずですの。


「【ライトバレット】、真正面からは厳しいようですから、脇から責めさせていただきますわ!」


「む……」


 魔力支配域を操作し始点を変更したチェルシーさんの真横からの奇襲。

 これなら――――。


「……フンッ!」


「な、なんなんですの!? その反応速度は!? もしかしてワタクシの攻撃を先読みしているとでもおっしゃるのですか!」


 驚きに声が漏れる。


 どうなっていますの!?

 完全に視界の外からの不意を打った攻撃のはず。

 それを予め軌道がわかっていたかのように視線を向けることなくいとも容易く砕くチェルシーさん。


(プリエルザ、落ち着いて。彼女は強い。そんなことは彼女の天成器を見た時から分かりきったことだったでしょう? 取り乱していては魔法の制御にも影響があるわ)


(ですが!)


(焦っては駄目。防戦一方でも必ずチャンスは来るわ。だからいまは貴女の力を試し耐える時。一手一手彼女に何が通じるのか試すのよ。そして、機会を窺うの。反撃の機会を)


(……わかりましたわ)


 ディアーナのお陰で冷静になれましたわ。


 ですが、その後も逃げ回りながら魔法を放つも尽く巨大な棍棒によって砕かれてしまいます。

 視界を遮り、不意を打ち、予期せぬ方向からの奇襲を行いますがどれも失敗。

 

 形成魔法も障壁魔法も例外なく砕かれ、速度に優れた射撃魔法も容易に捉えられてしまう。


 でも、わかってきたこともありますの。

 騎士のような全身鎧の姿と暴力の塊のような棍棒から騙されそうになりますが、どうやら彼女は気配や魔力の察知に特別長けているということ。

 

 死角をついた真後ろからの魔法だろうと問答無用で防いでしまう察知力には最早呆れを通り越して笑ってしまいますわ。


「……そろそろ奇襲が無意味だと悟りましたか?」


「ええ、全身を覆う鎧でわかりませんけど、チェルシーさんは身体中に目でもついていますの? そうでないと説明がつきませんわ」


「いいえ、簡単なことです。私は元々勘が鋭かった。そして、よく勘違いされますが私のクラスは斥候系統。我が主様に対する危険をいち早く見極めるために選択したクラス。その恩恵で気配察知や魔力察知に優れているだけのことです」


「なるほど……」


 確かに格好から騎士系統のクラスだと誤認してしまいましたけど、最小限の動きでワタクシの魔法を尽く撃ち落としていたのはそういう絡繰ですの。

 

「さて、そろそろ様子見は終わりにしましょうか。我が主様が貴方方の力を見たいとおっしゃったので手心を加えましたが、逃げ回る姿だけを見せられたのでは主様も退屈してしまいます」


 やはり手加減してましたのね。

 中級障壁魔法すら身体強化と付与魔法で砕いてしまう相手がいつまでも逃げるワタクシを捕まえられないとはおかしいと感じていましたけど……。


 チェルシーさんは時間が経ち纏っていた灼熱の炎が消えた巨大棍棒をドスンと音を立てて地面につきたてると、とある魔法を展開しました。

 逃げ回るワタクシを追い詰めるための魔法を。


「【バーニングボール・センチネル】」


「っ!?」


 空中に設置された《バーニングボール》はその場に固定され動く気配がない。

 まさかあれは中級魔法因子の《センチネル》!?


「どうやらこの魔法因子をご存知のようですね。まあ、それほど珍しい魔法因子でもないですから学園でも習うでしょう。中級魔法因子、《センチネル》。魔法を空中に展開、配置し、近づく物体に反応して迎撃する魔法因子」


「それでこの訓練場の各所に魔法を配置してワタクシを追い詰める。そういうことですか……」


「御明察です。いかに訓練場といえど範囲はそれほど広くはない。要所にこの魔法因子で魔法を配置しておけば貴女の移動範囲はかなり制限できるでしょう。これまでのように逃げ続けることはできない」


「ですが《センチネル》は魔法自体の威力は低下するはずですわ! 初級魔法に加えたとしても大したダメージは負わせられない。そうですわよね!」


 《センチネル》のデメリットを苦し紛れに叫ぶワタクシの声に、再度地面へ、今度は力強く巨大棍棒を叩きつけるチェルシーさん。

 訓練場の整備された地面に亀裂が深く刻まれる。

 とても敵の偵察や周辺の調査を得意とする斥候系統のクラスとは思えませんわ。

 ……やはり鎧の下はムキムキなのでしょうか。


「僅かでも体勢を崩せればそれで構いません。後はこのエイブラムで打ち砕くのみ」


「……」


(怖いわ。あんなもので叩かれたらプリエルザがぺちゃんこになってしまうわ)


 頭に響くディアーナのワタクシを心配する声。

 その間もワタクシは必死に考えていましたわ。

 どうすればこの難局を乗り切れるのかを。


 セリノヴァールさんに力を見せるだけならこの勝負は負けても良いのかもしれません。


 ですが……ワタクシはまだ逃げ回る姿しか見せられていない。

 チェルシーさんという強敵を前にして逃げの一手しかできていない。


 クライ様は違いました。


 ワタクシの英雄。


 敵わない相手とわかっていても臆せずに立ち向かっていく人。


 その御方の前でワタクシは無様な姿しか見せられていない。

 逃げるのが無様な訳ではありません。

 挑む心を失くし、自らの力の無さを嘆かないことこそ無様。


 ワタクシはまだ挑戦する心を失っていない。

 力の無さを痛感しても勝負を諦めてはいない。


 たとえ勝利の可能性は低くともそれを模索し、実行するためにワタクシは日々修練を積んできましたのよ!


「負けませんわ! たとえこの身を貴女の魔法が焼き焦がそうともワタクシは歩みを止めません! 勝負を投げ出したりしません! 貴女に勝つ! ワタクシは決して諦めないと知って下さいまし!」

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