第134話 二人きりと見知った冒険者

いつも遅くて申し分ありません。






「てやああああっ!!」


 模擬戦用の木剣を上段に大きく振りかぶったラウルイリナ。

 闘気による身体強化を施し高速で迫ってくる。

 

「――――はっ」

 

 右手に握った特別製のワイヤー。

 先端は模擬戦のために鋭さのない小型の鉄球に変えてある。


 右手首を捻り投げるように振るうと連動しワイヤーが波打ち宙を舞う。

 ラウルイリナの振り上げていた木剣の剣身に絡まり、動きを制限した。


「くっ、この程度……たあっ!!」


 気迫と共に彼女は木剣を振り抜く。

 その体捌きに合わせてワイヤーを操る。

 

「っ!? 解けない」


 《リーディング》によって新たに得たスキル、操糸術レベル65。

 アレクシアさんの盾術と同じく脳裏に描いた軌跡をなぞるように自然と身体が動いてくれる。


 以前はできなかった滑らかなワイヤーの動き。

 奇妙な感覚だ。

 前まではぎこちなく思うように操れなかったワイヤーが、ラナさんのスキルのお陰でまるで手の延長線上のように自由に動かせる。


(模擬戦に関係ないけど、ラナとラウルイリナって名前が似てるよな)


 ……ミストレアの戯言に構っていられない。


 鬱陶しさに焦れたのか、絡まったワイヤーをそのままにラウルイリナが身体強化を維持したまま突っ込んでくる。


 力の向きを変える。


 右手でワイヤーを引き寄せ寧ろラウルイリナを加速させる。

 

「ん……」

 

 僅かにたたらを踏んだところを今度は上下に揺さぶるように。

 しかし、体勢を崩しかけたラウルイリナだが彼女も対応が素早かった。


「なら……力比べといこう」


 闘気を腕に集中し、さらに身体強化の出力を上げる。

 逆にこちらをワイヤーもろとも釣り上げるように引っ張った。


 綱引きには応じられない。


 俺は木剣に絡まったワイヤーを緩め、手元に戻す。

 それを好機と見て一息で地面を蹴り接近してくるラウルイリナ。


 下から這うような姿勢。

 身体で隠された木剣はその切っ先を見せない。


「――――はっ」


 ワイヤーを自らの身を守るように自身の周りを回転させるように振り回す。


「てやああああ!」


 ラウルイリナはワイヤーで繭のように防御する俺に下から掬い上げるような斬撃を繰りだす。


 だが――――それを狙っていた。


 ワイヤーの先、取り付けられた直径三cmの鉄球をやっと姿を現した木剣の側面にぶつける。

 ラナさんのスキルがあるからこそできる精密で繊細な動き。


「なに!?」

 

 木剣の軌道がズレ、それでも修整しようと藻掻くラウルイリナの背後に回り死角をつく。


「――――これで、どうだっ!」


 再度捻りを加えてワイヤーを投げる。

 ラウルイリナを取り囲み輪を形成したところを勢いよく引き絞った。


 胴体を両手ごと縛り付ける。


 これでもう動けない。


「ふぅ…………降参だ。解いてくれ」


 悔しそうな表情でラウルイリナが模擬戦の終了を告げた。

 





「操糸術、か。呼んで字の如く糸を操るスキル。細く長いワイヤーにも適応されるとは……スキルは奥が深いな」


 強靭さから見て魔物素材だろうけど過去の記憶の中ではラナさんは黄金色の糸を操っていた。

 しかし、それとは異なる金属製のワイヤーだが、スキルの対象なのか問題なく動かせている。


「ああ、偶々だけどバオニスト商会に頼んで良かった。どうやら腕利きの職人さんに製作してもらえたみたいだ。硬さを保ちつつも動かしやすいし、握りやすい太さもある」


「先端が状況に応じてナイフと鉄球で取り替えられるのが便利だな。それにある程度の強固さがあるから普通の金属製の武器なら断ち切られる心配もなさそうだ。天成器でも多少は耐えられるだろう」


 サラウさんが気を遣ってくれたのかこのワイヤーは先端が容易に取り替えられるように細工してあった。

 渡された交換用のパーツはナイフ、短剣の刃のみの部分と直径三cmの鉄球の二つだけだが、今後の用途に合わせて新たにパーツを作ってもらえばさらなる発展の余地もある。

 

 強度も細い割には申し分ない。

 ラウルイリナのマジックバックに入っていたマーダーマンティスの赤剣でも簡単には傷つきそうもなかった。

 ただ……。


「……問題はまだワイヤーに闘気を纏わせられないこと、か……」


「こればかりは修練あるのみだな。それだけ長い物となると私でも闘気を纏わせて強化するのは難しい。だが、それさえできれば運用の幅も飛躍的に増えるだろう」


 ラウルイリナの言う通り闘気強化さえできれば、長いリーチに加えて天成器でも容易に切り裂けないかなり強い武器になり得る。

 

「しかし……あれで本当に以前までは扱うのにも苦労していたとはとても思えないな。……《リーディング》とはある意味恐ろしいスキルだな」


 苦笑しながら語るラウルイリナになんて返せばいいか言葉に詰まる。


 操糸術レベル65。

 アレクシアさんの盾術レベル82やオーベルシュタインさんの無属性魔法レベル92よりレベル自体は低いけど、それでも俺には相応しくないとではと思うほどの高レベルのスキル。


 ラナさんの経験の結果がこのスキルに集約されているお陰なのだろうけど、スキル取得前と後では天と地ほど差が存在した。


 操作力の飛躍的な向上もさることながら、ワイヤーの良し悪しすらもなんとなくわかる。

 きっとそれはスキルの対象内なのか外なのかを判定しているのだろうけど、このワイヤーがいかにバオニスト商会、ひいてはサラウさんが力を入れて製作してくれたかまでもがわかってしまう。


 まったくの素人が熟練の玄人に一瞬の内に変貌してしまう。


 《リーディング》の規格外の効果は人の努力を嘲笑うかのような危うさを秘めていた。


(しかし、この謎のDスキルもクライの一部ではある。慢心せずに使っていくしかないな)


(ああ、今回取得した操糸術のスキルもあくまでラナさんの努力の結晶だという意識をもたないと、すべて自分の力だと錯覚してしまいそうになる。……気をつけないとな)


「それにしても、初めて見たが大きい御屋敷だな。貴族街でもこれ程の敷地を持つ豪勢な屋敷はなかったぞ。……私の実家より大きいんじゃないか?」


 模擬戦終わりの休憩中に訓練場から母さんの屋敷をまじまじと見詰めるラウルイリナ。


 ……やっぱり大きいよな。

 周囲にも同じように王城に勤める貴族たちの屋敷が並んでいるけど、その中でもここはとびきり広い。

 貴族街の端に位置しながらも丸々一角を切りとったかのような大きさ。


 これも母さんが王国で外務大臣として精一杯務めている成果なんだな。


 心から尊敬の念が湧くと同時、母さんはいつになったら帰ってこれるのか少し心配になる。

 まさか、王城に泊まり込みになるとは……。

 長期休暇も半分ほど過ぎたのだけど……帰ってこれるよな。


 俺が馬車で強制連行された母さんに思いを馳せているとラウルイリナが緊張した面持ちで話しかけてくる。


「その……それでだな」


「?」


「良かったら……一緒に城下町を見て回らないか? も、模擬戦ばかりでは流石に飽きるだろ? た、たまには気晴らしも必要だ」


 少しそっぽを向いた奇妙な体勢の彼女は少し焦っているようにも見えて。


「ふふ、良かったらラウルイリナの誘いを受けてあげて。彼女ったら御屋敷に招待される今日という日を楽しみにしていたんだから」


「オフィーリア! 何を言うんだ!」


「でも昨日は楽しみ過ぎて禄に眠れなかったじゃない」


「そ、それは!? 〜〜〜〜っ」


 普段はあまり自分から話しかけてこないオフィーリアの指摘にラウルイリナが顔を真っ赤にして反論する。

 いや、反論できてないな。

 口をパクパクとさせているだけで言葉がまったくでていない。


(ラウルイリナと二人っきりか……たまにはいいんじゃないか)


 気軽そうに念話で伝えてくるミストレア。


 そう、普段ならいつも一緒にいるといっても過言ではないエクレアとイクスムさんは、最なにかと不機嫌なアーリアと話し合いの場を設けるといってこの場にはいなかった。


 また、ニールもラウルイリナと同様に屋敷に誘ったのだけど用事があると断られてしまった。

 手伝えることはないかと聞いたけど、必要になったら声をかけるといってはぐらかされてしまった。


 確かに今日はラウルイリナと二人っきりだな。


「やっぱり……駄目……だろうか?」


 顔を伏せ不安そうなラウルイリナ。

 その意気消沈した様子に俺は……。


「……今日はこの後の予定もないし……王都の城下町は詳しくないんだけど……」


「それでもいい! 一緒にいるだけでいいんだ!」


 ラウルイリナは伏せていた顔を勢いよくあげると急に身体ごと近づいてくる。

 なぜだろう、もう模擬戦が終わってしばらく経っているのに顔が火照っているような気がする。


「俺で良かったら……一緒にいこうか」


「あ、ああ、その…………はい、よろしくお願いします」


 畏まって了承するラウルイリナに思わず笑ってしまった。





 目的もなく城下町を二人で見て回るだけだったけど楽しい一時だった。


 しかし……王都のそこかしこで皆、神の試練の噂ばかり話している。

 それだけ神の試練が注目を集めていたのだろうけど、スライムの大量発生は予想に反して大規模なものだった。


 冒険者と騎士団の活躍があって今回はなんとか被害はでることなく防げたけど、もし次があるならと不安なのかもしれない。


 あるいはその逆か。


 どうやら御使いの間でスライム収穫祭と呼ばれる今回の出来事はレベル上げもできて報酬もいいという認識がされているようだとアイカが苦笑しながら教えてくれた。


 不安と期待の入り交じる神の試練。

 まだまだ噂は尽きることはなさそうだ。


 すると、王都の城下町を歩く俺たち二人に突然声がかかる。


「おっ! ラウルイリナじゃん! どうしたんだ、こんなところで!」


 声の主に振り返ったラウルイリナがその顔を見て驚く。


「っ!? デレク……か」


 近寄ってきた声の主はどうやら冒険者のようだった。

 初級冒険者のよく着る革鎧を身につけた男性が立っている。

 年齢はラウルイリナより少し年上くらいか?


「よー、ラウルイリナ、こんなところで何してんだ?」


「私は……」


「いやー、こんな街中で出会うと奇遇だな! この間ぶりか! 元気だったか?」


(デレク? ラウルイリナの知り合いか? 妙に馴れ馴れしい男だな)


 突然現れた冒険者の男性に困っている?


 思わずラウルイリナを庇うようにデレクと呼ばれた男性と彼女との間に立つ。


「ん? アンタ……」


「デレクーーーー!! あんた突然走り出して何なのよもーー!」


「デレク! 街中では突然全力で走り出さないでくれと何度も言っただろう!」


 息を切らせて近寄って来たのは男女二人組。

 デレクをボカスカ殴るように身を乗り出して説教している女性とそれを諦め顔で見ている男性。


 二人がこちらに気づく。

 正確には俺の後ろに隠れていたラウルイリナに。


「あ……! ラウルイリナ……」


「その……」


 二人共ラウルイリナを見た途端一瞬だが気まずそうな顔を浮かべた。

 なんだ?


「……ラウルイリナ……彼らは?」


「その……クライ。彼らはDランク冒険者のパーティー〈黄金の風〉だ。私が王都にきて最初にお世話になった冒険者パーティー。……私が自らの身勝手さから蔑ろにしてしまった人たちだ」

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