第130話 私は彼方を見ていた


「……動かないで。私はいま貴方の背後を取ってる。不審な動きをすればいつでも貴方を撃つ」


「……」

  

 背の高い鬱蒼とした植物の向こうで行われる激しい戦いを、食い入るように眺めていた人物が、ゆっくりと両手を上げ振り向く。


 冒険者もよく羽織る丈の長いローブ、腰にはマジックバックと思わしき鞄、格好自体は普通の冒険者と変わりない。

 何の変哲もない……いえ、印象に残らないためにあえて特長を消したような格好。


 天成器は……起動させていないようだ。

 手には握られていない。

 魔法を使う素振りもいまのところはなさそう。


(油断はするなよ)


(うん、わかってる)


 ここは牙獣平原に点在する森の中、咄嗟にこんなところまで来てしまったけど、本当はここまで深入りするつもりではなかった。


 でも……あの光景を見たら身体が自然と動いてしまっていた。

 私にもなにかできることはないかと。

 以前の私なら考えられない動き。

 他人を心から信頼できない私からしたらあり得ない行動。

 

 それにしても思う。

 なぜこんな事態になってしまったのか。


 事の始まりは神の試練。


 通常よりも遥かに報酬のいい冒険者ギルドの依頼を受け、スライムの大量発生が起こる場所へと到達したことからだった。






 コボルトたちの住む牙獣平原を見渡せる高台の一つ。

 そこに設営された陣地でガヤガヤと集結した冒険者たちが騒いでいる。


 普段ならあまり実入りがいいとは言えないスライム討伐。

 冒険者ギルドはこの依頼の参加に特別な報酬がでることを提案し、さらにはスライム一体に対して倍の報酬を払うと約束した。


 ここに集まった冒険者たちはそれぞれが理由あって依頼に参加している。


 ただ単純に石版に記された神の試練や騎士団の活躍を見学したい者。


 王都近郊の強力な魔物を避け、討伐難度の低いスライム相手に比較的安全に戦闘経験を積みたい者。

 

 スライムの核は魔導具や属性を宿した矢、弾丸の素材にもなる。

 複数の種類が現れると噂されるここで、属性のついたスライムの素材を集めたい者もいるだろう。


 目的は個人ごとに様々であり、他にももっと様々な理由があると思う。

 中にはスライムの大量発生で王都の住民が傷つくことがないようにと、使命感を持ってここにいる冒険者もいるかもしれない。


 だけど私は違う。

 そんな高尚な想いではない。


 私の理由は単純だ。


 多額の報酬に目が眩み、お金を得るためだけにここに来た。


「スライム収穫祭か〜、楽しみだな」


「ああ、ここでレベルを上げて早くオレたちも王都近郊以外に冒険に行きてぇな。人類がまだ到達してない領域もたくさんあるみたいだし」


「そろそろ御使いも第二陣が降臨するんじゃないかっていわれてるし、ここで差をつけとかないと」


 この場には同じ冒険者でも御使いの人たちもいる。


 御使い。

 天界から地上へと降りた人々。

 その姿は伝承にある天使と違い背に純白の翼は生えていない。


 姿形は私たちと変わらないけど、なぜか冒険者になりたがる者が多く、また降臨直後はトラブルを引き起こす者も一定数いたようだ。

 どうやら御使い特有のエクストラスキルは審理の瞳と同じく人を不快にするようでそれもあって誤解が生じることが多かったようだ。


 噂では……天界には瘴気獣や魔物は出現せず、命の危機に脅かされることはほとんどないという。


 ……なぜ地上にわざわざ降臨したのだろう。

 ずっと天界にいれば瘴気獣や魔物の脅威に晒されることもなく、安全に過ごせていたはずなのに。


 私にはわからない。


 わざわざ自分たちから不幸になるためにここに来るなんて。






「あー、皆よく集まってくれた。私はエディレーン。冒険者ギルド王国本部の副ギルドマスターだ」


 冒険者ギルド王国本部の副ギルドマスターと呼ばれる人物が、集まった冒険者たちの注目を一身に浴びながら謝意を述べている。

 

 桃色の髪の気怠げな女性。

 私は一度も会ったことはなかったけど王国の冒険者ギルドを束ねるギルドマスターからこの場の全権を委任されたらしい彼女は、相当信頼の厚い人物なのだろう。


 冒険者ギルドでは今回のスライム大量発生に際して、依頼を受ける制限を設けた。

 それはCランク以下の冒険者であること。

 

 そのため、この場にはAランクやBランクの実力のある冒険者はいなかった。

 王都に滞在している中では特にその強さとリーダーの天成器の扱う特異なエクストラスキルで有名な〈闇炉行路〉もここには参加していない。


 だが、それも仕方ないことだとは思う。

 

 王国からは第二騎士団と第三騎士団の参戦も早々に判明していたし、相手は大量といってもスライム。

 素材入手のためには倒しづらいとはいえ討伐難度は低い。


 冒険者として日の浅い御使いたちも依頼が発表される前から冒険者ギルドに参加希望を問い合わせる者が多かったと聞いているし、冒険者ギルドがBランク以上の冒険者たちは必要ないのではと考えるのも頷ける部分はある。


 私も……この時点ではあんなことになるなんて予想もしていなかった。

 





 正午丁度に起こるというスライムの大量発生。

 

「っ…………え、なに、これ……」


 空を光が埋め尽くしたと思った瞬間。

 草原の広がっていたはずの牙獣平原が蠢くスライムの大群に覆い隠されている。


 まるで津波のように広がっていくスライム。

 遠目からでも大量どころではない数がひしめいているのが嫌でも理解できてしまう。


 それを見て思う。


 王都の住民の中には見学のためにここを訪れたいと願った者たちも大勢いたと言うけど、それを許可しなかった王国と冒険者ギルドの判断は正解だったと……。






「「「【ファイアブラスト】」」」


 騎士団の息のあった魔法同時攻撃。

 魔法の使えない身からするとその威力と迫力には驚きを隠せない。

 

「【ガストディザスター】」


 スライムの大群の中心部で炸裂する最上級魔法。

 使い手は魔法使い系統のクラスでないと使用できないとも言われる最上級魔法を扱えるなんて……。


 ひしめき合っていたスライムの大半を切り刻む正に災害といっていい規模の魔法に、思わず恐怖心を抱いてしまったのは私だけではないと願いたい。


「行くぞぉ! お前ら! 突撃ぃっ!!!」


「おおおぉぉぉーーー!!!」


「【闘技:戦塵疾走】ぉ!!」


 騎士団の団長と思わしき筋骨隆々な女性の放つ着弾と同時に闘気が爆ぜる闘技。

 

「ほら、喰らえ! 【闘技:地裂開闢】!!」


 その後の闘技の連発にも驚かされたが、上位闘技が飛び出して思わず目が点になった。

 きっと端から見れば私は間抜けな顔をしていただろう。


 私も闘技を扱う身としてわかる。

 上位闘技、しかも闘気の属性変換まで織り交ぜた技。

 単なる修練だけでは決して到達できない領域のはずだ。


 自分とのあまりの実力差になぜか乾いた笑いがでた。

 規格外、まさにその言葉が相応しい女性だった。






「さあ、冒険者諸君! 君たちの出番だ!!」


 副ギルドマスターが冒険者たちに呼びかける。

 たが、その言葉は予想もできないものだった。


 逃げ出してもいい……本気でいっているのだろうか。


 本気、なんだろう。

 彼女と目と目が合い、ふと心に過ぎった。


 私には仲間はいない。

 ずっと一人、いえ、私の天成器と二人で戦ってきた。


 思えばずっとお金のために戦ってきた。

 家が貧乏だったから稼ぐために仕方なしに冒険者になった。

 誰かを助けるため?

 仲間の命を守るため?


 そんな立派な考えじゃない。

 私にはお金が必要だから、生きていくために戦っている。


 でも、不思議とエディレーンさんの言葉は耳に入った。

 あれは……自分の経験を喋っていた。

 彼女は大切な誰かを、仲間を失ったことがあるんだろうか……。






 戦場で彼ら、彼女らを見掛けたのは偶然だった。


 スライムと戦っている最中、ふと視線を向ければスライムの上位個体と争う知り合いの姿。


 まさか、この場所にいるとは思っても見なかった。


 それを横目で見ながら私は……気配を消し隠れていた。


 なぜそんなことをしたのか。


 自分でもわからない。

 ただ、姿を見られるのが恥ずかしかった。

 彼らは仲間同士助け合い、補い合い、高め合っていた。

 迷わずの森での瘴気獣との戦いのように。


 そんな彼らにお金のためだけに戦っている私を見られるのが無性に恥ずかしかった。

 以前はそんなこと思わなかったのに……。


「エクレアッ――――!!!」


 エクレア・ペンテシア。


 学園の同じクラスの一人。

 入学前から複合魔法因子を扱う年下の才媛。

 彼女に何処からともなく魔法が放たれた。

 空中を征く氷の塊。


 その氷の円柱は殺意に濡れていた。

 相手を傷つけようとする意思に塗れていた。


 私は動けなかった。


 距離が遠い。

 時間がない。

 私では止められない。

 きっと誰かが助ける。

 彼女は強い。

 私は彼女の……知り合いなだけ。


 脳裏に言い訳ばかりが浮かんでは消える。

 それでも、氷の円柱に向けて銃口を構える。

 っ、間に合わない。


「【マナバレット5】っ!!」


 クライ・ペンテシア。


 魔法を……彼は魔法を放った。

 彼は魔力を認識できないとセロ・ジークリングには聞いていた。

 それなのに……。

 

 氷の円柱は白色の弾丸に軌道をズラされ幸いなことにエクレアには命中しなかった。


 ほっと息を吐く。


「……良かった……」


 その場で力が抜けたのかエクレアがよろけたところを仲間の一人が支える。


 その後、魔法を放った襲撃者を追って森の中に走っていった彼を私は追っていた。


 それは自らの不甲斐なさからくる贖罪のためなのか、クラスメイトを傷つけられそうになった怒りからなのかはわからない。


 身体が勝手に動いていた。


 




「ミケランジェ……だったよね。その銃を降ろして欲しいな。ほらボクたちは迷わずの森でも一緒に戦った仲じゃないか」


 銃口の先で白髪の男が柔和な笑みを浮かべている。


 迷わずの森で突然現れたルインと呼ばれた人物が、戯けた仕草を取りながら私の前で両手を上げていた。

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