第131話 銃口の先
「怖いじゃないか、そんな険しい顔をして。なぜこんなことをするんだい?」
私の天成器ジセルの銃口の先でルインと呼ばれた顔見知りの男、男? が訳がわからないといった表情を浮かべている。
それにしても、相変わらず外見からはいまいち性別がわからない。
男の人っぽい服装の割に顔立ちは女の人。
声も中性的で普通の男の人よりは透き通るように高い。
ううん、いまは性別なんて関係ない。
「なぜ? 貴方は以前出会った時から怪しかった。あんな瘴気獣同士が争い合う混沌とした状況で怪我一つ、埃一つない格好で出会う? そんなことあるはずがない」
「……」
「そもそも、あの後情報通のクラスメイトに調べてもらったら、貴方は他のクラスの指導員としてなんて呼ばれていなかった。迷わずの森は課外授業の間、関係者以外は立ち入りを禁じられていた。貴方は……何者なの?」
彼が瘴気獣に襲われる私たちを助けてくれたのは事実。
だけど、目の前の彼は偶然私たちと出会ったと言っていた。
学園の生徒の指導員として呼ばれたものの、偶々出会っただけだと。
皆も途中までは怪しんでいたけど、あの極限の状況では疑うよりも彼の力を借りる方を優先した。
後日お願いしたエリオンの調べではルインと言う名の冒険者の指導員は他のクラスでも課外授業には参加していなかった。
なら彼は何の目的であそこにいた?
複数の瘴気獣の闊歩する迷わずの森で何をしていた?
「……君って意外と疑り深いんだね。言動を見ているとクラスのムードメーカーで常に巫山戯ているイメージなのに……あの時も最後までボクを疑っていた。他の皆、クライは信じてくれたのにさ」
爽やかに笑う様が余計胡散臭い。
「そうだ、今日はファンサービスはしてくれないのかい。あの特徴的な語尾をつけていないじゃないか」
「貴方にサービスは必要ない。特に隠し事をしている人にはね」
「う〜ん、手厳しいね。まあ、ボクが隠し事をしているのは事実なんだけど」
私は……皆とは違う。
人を疑って生きてきた。
そうせざる得なかった。
ミケランジェ・カイル、それが私の名前。
カイル男爵家の第二婦人の娘。
第二婦人といえば聞こえはいいが母は実際は妾だった。
元々孤児だった母はある貴族のお屋敷で小間使いとして働いていたという。
母が父に出会ったのは父が王国から貴族の位を戴いた後。
働いていたお屋敷から新興の貴族である父の屋敷を手伝ってくれないかと頼まれたことからだった。
王国の爵位の一つである男爵とは一代限りの貴族のことを指す。
冒険者として強大な瘴気獣を倒した父は王国から男爵の位を授かり、領地こそ持たないが貴族に名を連ねた。
そんな父に母は手伝いに行く度に惹かれていったのだと亡くなる前の母は嬉しそうに語っていた。
母は私の存在を隠した。
それは父に迷惑をかけまいとする想い。
……正直母がなぜ父のことを恨まなかったのかわからない。
婚約者がいる身でありながら母に手を出した父。
去っていく母に手を差し伸べなかった父。
父の前から逃げるように去った母は職を失い、母一人、子一人の生活は苦しかった。
貧乏なのは……別にいい。
お金が無くとも親子二人の生活は楽しかった。
父親のいないことに疑問こそ覚えたものの、それでも私のために必死で働く母を嫌いになることなど決してなかった。
父は母が亡くなった後に現れた。
私が貧しさから冒険者として命賭けでお金を稼いでいるその時に。
「ミケランジェ……やっと見つけた」
遅い、遅すぎる。
この時の私は父が生きているなど知らなかった。
母はあまりにも突然に亡くなったため、父が男爵とはいえ貴族だなんて知らされていなかった。
だとしても、なぜ母が生きている時に見つけてくれなかったのか。
貧しさから身を削るように働いていた母。
苦労をかけてごめんねと謝る母。
何も力になれない私はずっと歯痒い思いをしてきた。
生きているならなぜ会いに来なかったんだ!
母は……待っていた、いえ、私は待っていたのに!
いつか母を助けてくれる誰かが現れてくれることを待っていたのに!
あの頃の私は子供だった。
待っていれば誰かが助けてくれると信じていた心がまだ残っていた。
現実ではそんな人現れるはずないのに。
私は力の限り父を罵倒したと思う。
正直その時のことはあまり覚えていない。
「すまない……すまなかった」
謝る父に連れられた先は広大な敷地をもつお屋敷だった。
いえ、子供だからこそ大きく見えたのかもしれない。
とにかく私には現実感のない何処か別世界にも感じる場所だった。
「ミケランジェ……今日からここがお前の家だ。なにかしたいことがあったら……と、父さんに……何でも言ってくれ」
父は私の家だといった。
だが違う。
そこにはすでに住んでいる者がいる。
父の第一婦人と私より年下のその息子。
私は屋敷を出た。
といっても行く宛も住むところもない。
そのため屋敷の敷地内にあった物置小屋を生活の拠点とした。
父は私に負い目があるのか、物置小屋を使わせて欲しいと言ったら苦い顔をしつつも了承してくれた。
私は冒険者をやめなかった。
父からは毎月まとまったお金を渡される。
だけど私はそのお金に手をつけたくなかった。
父を心から信頼できなかった。
自らの手で冒険者としてお金を稼ぐ。
しかし、母が亡くなり一人で生きていたせいか私は他人を信頼することができなくなっていた。
信頼できるのはただ一人、私の天成器ジセルだけ。
幸いなことにジセルは銃の天成器、一人でも戦闘で困ることはほとんどなかった。
そんな折だ、学園について知ったのは。
王国最大規模の学びの園。
卒業生は騎士にも宮廷魔導士にも冒険者にもなれる将来を約束された場所。
戦闘だけでなく学問も教養も学ぶことのでき、遠方からの学生も無償で住むことのできる寮を備えたセイフリム王国の優秀な者たちの集う場。
私は父にこの学園に通うと宣言した。
父を頼ったのは物置小屋の一件以来だったからか、見たこともないほど張り切っていた。
といっても父には学園の情報を調べてもらっただけで後は何もしてもらっていない。
それでも、父は嬉しそうだった。
私は学園に合格した。
屋敷を去ることになった日を私はまだ覚えている。
滅多に顔を合わせることのない第一婦人と私の弟が現れ、なにか言っていた気がする。
父はいつでも帰ってきていいんだと言った。
でも私はこの屋敷に二度と帰るつもりはなかった。
……怪しい相手の前だというのに考え事に集中してしまっていた。
気を取り直して質問を投げかけようとした時。
ルインの食い入るように眺めていた方向から大きな声と物音が聞こえる。
「【マナアロー5】、【マナアロー5】、【マナアロー5】!!」
「ほら、見てご覧よ。まるで月の光が束ねられ降り注ぐような幻想的な魔法。クライ、彼は本当に素晴らしい……」
ルインがこちらを無視して感じ入るようにクライの戦いを眺めている。
信じられないほどの数の魔法を連続して彼は放っている。
魔法……以前までは使えなかったはずの魔法。
それを駆使して狐獣人と協力しながらエクレアを襲撃したであろう相手と激戦を繰り広げている。
「ああっ……、何たることだ。あの氷河魔法の壁。ボクの氷魔法と似てはいるが相当な強度なんだな。必殺の威力があるミストレアの杭が一切通じないなんて……」
氷壁に阻まれてしまったクライの攻撃を残念そうに眺めるルイン。
だが、その苦戦する様子すら彼は楽しんでいるようだった。
「ん? どうやら彼らも一旦何か話をするようだね。動きが止まった」
黒いフードを纏った顔の見えない人物は何やら激昂しているようだった。
大罪人?
何のこと?
「ボクが何者かと問うたね」
「……ええ」
こちらに向き直ったルインは爽やかな笑顔を浮かべている。
一点の曇りも陰りも見せない笑顔。
「迷わずの森で出会ったことといい。私がここに来る前からクライを見ていたことといい。貴方は一体何者なの。彼の知り合いだとして何でエクレアを襲った襲撃者の近くに貴方はいたの?」
エクレアが襲われた場面で少なくとも私は彼を、ルインを見ていない。
襲撃者を追っている間も気配すらなかった。
それでいて襲撃者の向かった森の中で私より先にこの場所に到達していた。
戦場全体が覗けるこの場所に。
彼は……襲撃者の仲間なの?
「ボクは……そうだね、強いて言うなら彼のファンだよ。クライ・ペンテシアの……そう、熱狂的なファン」
ルインはあっけらかんと自らのことを彼のファンだという。
……ファン?
「ボクは彼が好きなんだよ。彼の活躍が好きなんだ。何時も、何時だって彼は面白い。予想を飛び越える。オーク集落壊滅依頼の時然り、盗賊団との争い然り、カオティックガルムとの決戦然り、いまこの場での謎の襲撃者との戦い然り。どの戦いも、いや日常さえも見ていて飽きない。彼の周りはいつも波乱に満ちている」
(ヤバイ奴だな。完全に目が恋する乙女だぞ。……男かもしれないけど)
ジセルが念話で何をいうかと思ったらかなり呆れて……いえ、かなり不気味に思っているようだ。
……私も同じ意見。
嘘は言っていなそうなのに素直にはその言葉を信用できない。
ナニコイツ。
「あっと、戦いを再開するようだ。せっかく強敵が現れたんだからしっかりクライの活躍を見ておかないと。まあ、勝つのはクライとミストレアだろうけど……あんな小物が相手ではねぇ」
ルインはクライの勝利を疑っていそうになかった。
私から見てもあの襲撃者はかなりの強者、それを相手に真っ向から戦うクライと狐獣人の女の人。
なぜ。
なぜ貴方はそんなにも……戦えるの?
さっきミストレアの杭が氷壁に歯が立たなかったのを私も見ていた。
普通ならそこで諦めてしまうはず。
彼は、クライは一歩も臆することがなかった。
――――あの時のように。
実を言うと……私は……カオティックガルムの瘴気獣との死闘を見ていた。
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