第129話 消さない傷
「あー、怖いですね。でもワタシを始末しようなんて一筋縄じゃいかないですよー」
「我が天成器シャルドリードはあんなことをいったが、私としてはキミにはあまり興味がないんだ。なにも殺す必要はないが……そうだな、腕の一本くらいでいいだろう」
敵意の応酬。
笑顔を絶やさないフージッタさんと飄々としながらも冷酷な黒フードの間で見えない攻防が繰り広げられる。
「じゃあ今度はこっちから、ねっ!」
低い姿勢を保ち片手斧の天成器ラキスさんを携えながら突進するフージッタさん。
それを見て円環杖で地面をコツンと叩きながら嗤う黒フード。
「クククッ、そこは危ないぞ。【グレイシャーニードル5】」
「っ!?」
「フージッタさんっ!!」
氷塊の棘が走るフージッタさんを迎撃せんと地面から斜めに生成される。
魔力支配域の操作だった。
黒フードは会話している間に地面に沿って伸ばした支配域でフージッタさんの進路を妨害するように氷塊の棘を展開していた。
「さあ、これもおもてなしの一環だ。……潰れろ、【グレイシャーボール・ホーミング5】」
(不味い。フージッタが狙われている。しかも、あの魔法因子を加えられると多少の攻撃では軌道を逸らすのが難しいぞ!)
振り返ったフージッタさんとチラリと目が合った。
彼女は、この程度心配するなと無言のままに語りかけてくる。
なら……。
「【マナバレット5】!」
「【グレイシャーシールド】……やはり鬱陶しい魔法だ」
せめて黒フードの注意だけでも引きつける。
「さーて行くよ、ラキス。【変形:投影角刃鞭】……【闘技:焔渦の舞鞭】」
地面に伏せ、極めて低い姿勢をとるフージッタさん。
僅かな溜めのあとに放たれるのは鞭の闘技。
周囲すべてを薙ぎ払うようにその五m近い刃の鞭に火の属性闘気を纏わせ振るう。
顕現するのは炎の竜巻。
二度、三度とフージッタさんが鞭を振り回す度に、彼女を中心として下から上へと巻き上がり勢いを増す竜巻。
行動を阻害する氷塊棘も追尾してくる氷塊球も一緒くたに弾き、砕く。
「ほう……闘気の属性変換は難しい技術なんだがな。そんな闘技まで持っているとは」
炎の竜巻は視界を遮る。
中心で鞭を振るっていたフージッタさんの姿を覆い隠していた。
「【マナバレット5】!」
「ハァ……もっと他に攻撃のバリエーションはないのか? 流石に何度も同じ魔法では飽きてくる。【グレイシャーシールド・ホーミング3】」
「っ!?」
「ククッ、なんだ見たことがなかったのか? 質量のある氷河魔法でやるのは少しコツがいるんだが、障壁魔法も魔法因子を加えれば飛ぶんだよ。一つ勉強になったな」
空中に展開された三つの氷塊盾がその人一人分程度の面積を保ったままこちらに迫ってくる。
(魔法で作り出した盾が飛ぶ!? そんなのありか!!)
(だが、速度は遅い。空気の抵抗があるからか? これなら――――)
追ってくる氷塊盾を闘気で強化した身体能力で躱しつつ、同じく闘気強化した練成矢で射抜く。
よし、闘気強化した矢なら氷塊の盾にも突き刺さる。
一矢で破壊しきることはできないが、何回か繰り返せば……。
「《ホーミング》の魔法因子は魔法に籠められた魔力が尽きるまで対象を追う。逃げ続けられればその魔法も消えるぞ。さあ、頑張り給え」
(あの黒フード……高みの見物のつもりか!)
(実際余裕を全身から滲ませている。あれは……俺たちがどう対処して反撃してきたとしても、どうとでもなると考えているんだろう。抗うために足掻く姿を上から目線で観察、いや鑑賞しているんだ)
回避を繰り返しその度に追尾してくる氷塊盾を次々と射抜き砕いていく。
その間も粘つくような視線を向けてくる黒フード。
「――――」
「ああ、バレてるぞ。【グレイシャーシールド・イムーバブル3】」
「つぅ〜、その氷の盾硬すぎー」
背後から気配をかけて奇襲を仕掛けたフージッタさんが横方向に並べて展開された氷塊盾に阻まれる。
至近距離から杖の一振りと共に放たれる氷塊の刃。
「そらっ、【グレイシャーカッター2】」
「くぅぅ……」
余裕は見せても隙がない。
黒フード本人がいっていたようにさっきまでは手加減していたのが嫌でもわかってしまう。
……いまですら天成器の変形もエクストラスキルも使っていない。
だが、それでも……。
「さあ! もっとオマエたちの力を見せてみろ! でなければここでオマエたちの未来は潰えることになる! 私の氷河が阻む道を攻略してみせろォ!!」
狂喜の雄叫び。
足掻く様を嘲笑する闇夜の住人。
フージッタさんを見る。
彼女は大きく頷いた。
その瞳は俺に合わせると物語っている。
そうだ。
まだアイツにエクレアを怖がらせたお返しをしていない。
(ここで逃げ帰るのも選択肢の一つだが……あの黒フード、魔獣の痛みがなんとかいってた割にまだ本気じゃない。私たちをか弱く未熟な弱者だと根本から思い込んでる)
ミストレアによる黒フードの分析通り、そこがヤツの弱点だ。
俺たちは確かにアイツより弱いだろう。
だが、弱者が強者に一矢報いれないと決まっている訳ではない。
「フージッタさん!」
「うん!」
呼吸を合わせた連携は王都までの旅路で学んでいる。
「【マナバレット5】、ふっ……」
「【変形:投影角刃鞭】」
純魔魔法と練成矢を連続して放ちながら、徐々に徐々に半円を描くように近づく。
黒フードの放つ氷河魔法による対処を、俺の後ろに控えたフージッタさんに任せ、二人で一気に距離を詰める。
「【グレイシャーニードル・ホーミング4】」
佇む黒フードの前方から伸びる四本の氷塊棘。
紙一重で躱す。
「ダメっ!」
(駄目だ! 追ってくるぞ!)
フージッタさんの注意とミストレアの念話に咄嗟に身体を動かす。
そうだ、この棘も魔法因子によって追尾してくる。
ただ突撃魔法はどれも魔法の始点から伸びる射程の短い魔法だ。
ここから距離さえとれれば……。
「くっ……あぁっ……」
左右から迫る氷塊棘をなんとかミスリルの盾でいなし、前に進む。
黒フードの元へと。
「クク、ハハッ、オマエたちお待ちかねの不動の壁だ! さあ、どう抜ける、【グレイシャーウォール・イムーバブル4】!!」
先程より遥かに枚数が多い。
四枚を繋げるように展開された氷塊の壁は、縦横約六mの巨大な面積を誇る一つの壁となり、俺たちと黒フードを隔てる。
しかし、再びここまできた。
この壁の前まで。
ミストレアの杭でも破壊できなかったこの堅固な氷塊壁を乗り越えなければ黒フードまでは届かない。
「【闘技:孤月励斧】!!」
フージッタさんが前にでる。
縦に切り裂く斧の闘技。
表面に僅かな溝が刻まれるだけで氷塊壁は両断できない。
「無駄だ! 生半可な攻撃では壊せないと言っただろう!」
黒フードが吠える。
だが……フージッタさんの闘技は囮だ。
俺は上空にいた。
六m前後の壁を自らの身体強化とフージッタさんの後押しを受け飛び越えた。
放物線を描き黒フードへと落ちていく。
「破壊できないと悟って私の障壁を飛び越えたか! 安直な発想だ!」
安直だが、読みは当たっていた。
黒フードは避けない。
落下地点から遠ざかれば簡単に俺を迎撃できるはずなのに、それをしない。
自分が傷つくところなど想像できないから。
右手にミスリルの盾、左手に手甲形態に変形したミストレアを携え、自由落下に身を任せる。
そして――――。
「【マナバレット7】!!」
「例え数を増やしても、もう見慣れたぞ! 【グレイシャーシリンダー4】!!」
月白の弾丸を円環杖で軽く砕き、魔法を放つ黒フード。
ここで反撃の魔法を使ってくることまでは読めていた。
問題はヤツがどの魔法を使うのかだった。
氷塊円柱か……しかも四発同時。
空中で無防備に見える俺を四方向から捉える軌道で放ってくる。
黒フードがニタリと嘲笑う姿が想像できる。
俺にこの光景を見せたかったのだろう。
エクレアに放った魔法は手加減していたんだと証明するように。
だが……俺にもまだ切り札はある。
「……盾を自ら手放すだと?」
怪訝な声をあげる黒フードに構っている時間はない。
俺はマジックバックからある道具を取りだす。
それは迷わずの森で行われた課外授業の際にサラウさんから受け取ったもの。
ある人に出会ってからずっと扱い方を練習してきた。
実戦に耐えられる頑丈なものを手に入れるのにバオニスト商会を頼った。
しかし、カオティックガルムとの戦いでも、アイカたちと一緒だったコボルトたちとの戦いでも使えなかったもの。
つい最近、この道具に似たものを扱う卓越した使い手を垣間見た。
右手に握った特別製のワイヤーを投げる。
先端にはニクラさんがそうであったように投げナイフが括り付けてある。
そう、ワイヤーだ。
冒険者ギルドで渡された鞘に納まった灰色の短剣。
ラナさんと天成器アステールさんの記憶を見た失色の器。
そこから《リーディング》を使用して新たに得たスキルこそ、操糸術レベル65。
狙う先は純魔魔法を砕くために黒フードの振り回していた円環杖。
「むぅ」
氷塊円柱が俺に殺到する前に杖に絡まった金属製のワイヤーを力一杯引く。
後方で氷塊円柱同士がぶつかり合う音がする。
ワイヤーを手元に戻しつつ加速した俺は勢いそのままに黒フードに突貫する。
「行けっ! クライ!!」
「グ、【グレイシャーシールド】」
初めて動揺したな。
「「発射ッ!!!」」
砕ける氷塊の盾。
「ぐっ……」「く……」
両者の距離が離れる。
あと少し……届かなかった。
あとほんの刹那だったのにミストレアの闘気強化を施した杭が届く前に黒フードは……逃げた。
そのせいであとほんの僅かな距離が詰められなかった。
「ハァ、ハァ………………ハア?」
だが、一矢は報いた。
黒フードの被るフードが縦に裂け、右頬に一筋の赤い血が流れた。
思わず頬に触れたであろう右手が濡れていることに驚いて、裂けたフードから顕になった金の瞳を大きく見開いている。
「私が、傷つけられた……? いや、そんなことはどうでもいい。私は……逃げたのか。なぜ退いた。なぜあんな大罪人相手に私は……私は……」
(あの程度の傷、回復のポーションなら簡単に治るものなんだが、思ったより取り乱してるな)
(ははっ、どうやらクライから無意識に逃げ出したのがよっぽど堪えたらしいな。自分に対する自信でも揺らいだか?)
「私が……私が……。……そうだ。目撃者は消さないと。いや……元凶を消すべきだ」
「我が導師……冷静に」
「ヤツだ。ヤツが全て悪い! “孤高の英雄”クライ・ペンテシア! ヤツだ! 魔獣を殺す大罪人! ヤツを殺せ! 殺せ! 殺せ!!」
どうやら怒りを買ったらしい。
最早自らの天成器の声すらも届かない黒フードは凶気を纏いつつあった。
「禁じられていようと構わない。オマエはここで殺す! シャルドリード! 【大風鱗――――」
黒フードがこれまでよりもさらに強大な殺意を迸らせたそのとき、突然森を分け入って現れた人物から声がかかる。
「そこまでですっ!!」
相対する黒フードと同じ闇夜を思わせるフードで顔を隠した小柄な人物。
その声は思いの外若く、しかも女性の声だった。
「クッ……貴様か」
「“氷血塊”、貴方はなぜ監視対象と戦闘を? 連絡がないと思ったらこんなところで命令を無視しているとは思いませんでしたよ」
格好がすっかり一緒だ。
仲間か?
(む、クライ、生命感知に反応がある。あのチビ黒フードだけじゃないな。あと二人近くにいる)
ここで新手か、流石に撤退も視野に入れないと。
「はぁ……気は済みましたか? なら、帰りますよ」
「なんだと!?」
「監視対象と接触するだけでも命令違反なのに、あまつさえ戦闘までするとは……正直ドン引きですが、すでに終わったことなら仕方ありません。今日はもう帰りますよ」
「だが、私は! 私はだな!」
「はいはい、帰ってゆっくり話は聞きますよ。私以外が」
(なんだアイツやる気がないな)
(だが、あしらい方は慣れていそうだ。黒フードと仲間なのは疑いようがない)
新たに現れた小柄な黒フードの女性はひらひらと手を振るとこちらを見ようともせず帰ろうと踵を返す。
「ああ、そうそう“孤高の英雄”さん。この度はおめでとうございます」
完全に帰る雰囲気だったのに突然に彼女は振り返った。
「先日の聖獣殺しに加えて今回の魔獣虐殺。順調に罪を重ねられているご様子。……どうです? 罪もない魔獣を殺すのは楽しいですか? ただ本能のままに生きる彼ら、彼女らの身体も尊厳も貪るのは楽しくて止められませんか?」
「……」
「ふふ、冗談です。貴方は冒険者ですからね。そうしないと生きていけないのは知っていますよ。いまのはそう、尋ねてみたかっただけです。大罪人と呼ばれる貴方に。……では、この辺りで失礼しますね。そちらで気配を消して機会を伺っている狐獣人の女性ももう警戒を解いてもらって構いませんよ。後は本当に帰るだけなので」
「う〜ん、バレてるか〜」
黒フードの作りだした氷塊の壁に隠れていたフージッタさんが苦笑しながら現れる。
一体どこから戦闘を見ていたのか?
気にはなるがここで彼女を呼び止めて戦闘になっても、まだあちらに援軍があるかもしれないと考えると不利なのはこちらだ。
黙って見送るのが賢明だろう。
すると、いままでブツブツと独り言をいうだけで静かだった黒フードがこちらを殺意と共に睨みつける。
「覚えておけ。“孤高の英雄”、オマエは私がこの手で必ず罪を償わせてやる。聖獣殺しも魔獣殺しも、そして、私への罪も……この頬の傷は残しておく。覚えておけ! 必ずオマエは私が殺してやる!!」
「うるさいぞ! 私のクライが怖くて逃げ出した奴が!」
「な!?」
「ミ、ミストレア……」
「私がいる限りクライは殺させやしない! それにな! いまはお前の方が強いだろう! 全力でかかってこられたら敵わないのもわかっている! だがな、お前たちはわかっていない! 私のクライはお前たちの予想なんか簡単に飛び越え強くなる! お前たちの追いつけない速度で遥かなる高みへ! 覚えておくのはお前の方だ! 首を洗って待っていろ!!」
「う……く……」
フードの奥で顔を真っ赤にしているであろう黒フードは、怒りのあまり声がでないようだ。
……突然なにをいいだすかと思ったけど、あの恥辱に塗れた様子を見ればエクレアを怖がらせた溜飲も少し下がる。
それほど哀れな姿だった。
「ふふふ、ふふっ。“孤高の英雄”さんだけを監視対象にしてましたけど、この状況で啖呵を切るとは、貴女も随分とまた面白い。お名前を伺っても?」
「名を聞くなら先に名乗れ! といいたいところだが、今回は私が先に名乗ってやろう! 私の名はミストレア! クライ・ペンテシアの天成器であり契約者! この名をよく覚えていくといい」
「ええ、ミストレア、ありがとうございます。私も名乗りたいところですが……そうですね、仲間からは“瑠璃眼”と呼ばれています。いまはそれで勘弁していただきたい。では本当にここで失礼します。……また、逢いましょう」
なおも黙ったままの黒フードを強引に引き摺りながら去っていく“瑠璃眼”。
俺たちはそれを見送ることしかできなかった。
俺を大罪人と呼ぶ彼らは一体何者なのか。
新たな謎を残しつつも、神の試練からはじまった戦いはここに終わりを迎えた。
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