第128話 魔獣殺しの大罪
「大罪、人? なにをいっている……」
(コイツ何を考えてる? 単なる言葉による揺さぶりか? それともクライに架空の罪でも着せるつもりか?)
意味がわからなかった。
黒フードが突然激昂し俺を糾弾する。
神から賜りし瘴気獣?
大量虐殺?
神の試練の妨害?
いずれも意味のわからない疑問しか湧かない内容ばかり。
「わからないか? 自らの罪の重さがァッ!!」
もっと冷静に立ち回る奴といった印象だった黒フードが、感情を荒らげて言葉を紡ぐ。
だが、寧ろその直情的な態度からはウソをいっていないように感じた。
明らかにそれが実際に起こったことだと確信している素振り。
いや――――まさか、そう信じ込んでいるのか?
「瘴気獣は神から齎された我らを導く聖獣だ。それを人の手で殺そうなどと、なんと罪深い行為。そして、オマエは先の迷わずの森で瘴気獣を大量虐殺した大罪人。故にこそ己の罪の重さを自覚しろ!」
「何をいっている。迷わずの森では複数の瘴気獣が無差別に暴れ回り、同じ瘴気獣同士ですら争っていたんだぞ。そして、私たちがどうこうするでもなく向こうから襲ってきたんだ。反撃して何が悪い。それに、あの場には数多くの瘴気獣こそいたが私たちは別に大量には倒していないぞ」
度重なる意味不明な主張についに我慢できなくなったミストレアが、念話ではなく言葉にだして黒フードに反論する。
「だが、オマエたちは我らが聖獣を殺しただろう? 地上に混乱と破壊を齎すはずの四足獣を。聖獣の統率者足る獣を。だからこそ“孤高の英雄”などと大仰な異名で持て囃されている。そんな資格など無いにも関わらず!」
「それは……」
「イヤイヤ、何いってるんだろうねー。瘴気獣が聖獣ぅ? 向こうが無辜の人々を無差別に襲ってくるから悪いんでしょ。アイツらが何にもしないんならワタシたちも別に手を出さないのにさ」
「何を言う! オマエたちが彼らを攻撃するから、仕方なく反撃しているだけだ!」
相容れない主張。
黒フードは頑なに自分の意見を崩さない。
あくまで俺たちが悪いと主張し続ける。
ここまで考えが異なるとは……。
フージッタさんも黒フードの無茶苦茶な言葉に呆れ辟易している。
「え〜、じゃあ大人しくこっちが倒されろって言うの?」
「そうだ。聖獣相手に抵抗するなど愚の骨頂。彼らの手で殺されるならソイツの天命がそこで尽きただけのことだ! いや寧ろ、ソイツは運がいいんだろうな。神の使いである聖獣に手ずから殺される。選ばれたといってもいい」
言葉がでない。
襲ってくる瘴気獣相手に黒フードは一切の抵抗は許されないと断言する。
彼らを傷つけることも倒すことも断じて否だと。
(こんな奴がいるのか? 瘴気獣の被害がいままでどれだけあったと思ってる。大陸各地のどこでだって目撃されない場所はないといわれているんだぞ)
ミストレアが念話で憤る。
だが、その声音には理解できない者に対する困惑の色が浮かんでいた。
俺もそうだ。
こんな考えの人物にはいままで出会ったことがない。
最初はどこか飄々として小馬鹿にしてくるような相手だったはずの黒フード。
それがいまや自ら主張を声高に叫び、こちらの意見には耳を傾ける様子は微塵もない。
自身の考えに一切の疑いがないのが断言する口調に表れていた。
「今回もそうだ! 神の試練により降臨した魔獣たちを有無を言わさず殺害する暴挙。神が直々に石版にまで記して下さった魔獣たちの降臨だぞ。なぜそれを台無しにする!」
「いや〜、あのスライムの大波は防がないとどれだけ被害が出たかわからないでしょ」
「ああ、騎士団やオマエたち冒険者のせいで大量の魔獣たちが死んでいった。……止められていなければ私が自らオマエたちを殺したいくらいだ。それぐらい醜悪で不愉快な光景だったよ」
……止められていなければ?
いや、いまはそれどころじゃない。
「……それでエクレアに奇襲を仕掛けてきたのか?」
「ん? ああ、あの小娘か? 本当は“孤高の英雄”などと呼ばれて喜んでいるオマエの方が良かったんだが……つい、隙だらけだったのでね。魔が差してしまったよ」
「コイツッ」
「…………」
「クククッ、そんな恨みがましい目で見るな。無事だったんだろう? もっともあれが仮に直撃したとしてもあの小娘はすぐには死ななかっただろう。かなり手加減したからな。だが……オマエたちの慌てる姿を見るのは楽しかったよ」
黒フードから垣間見える口元は悪意に歪んでいる。
嗤っていた。
エクレアの傷つく姿を、俺たちが悲しむ姿を想像して愉悦に浸っていた。
「う〜ん、こういうのが狂ってるって言うのかなー」
「心外だな。オマエたちが可笑しいんだ。神からの寵愛を蔑ろにするオマエたちが! 騎士団も許せるものではないが、特に冒険者と呼ばれる者たち。魔獣の命を奪い、皮を剥ぎ、胸を切り裂き魔石を掠め取る。素材と称してその体躯をバラバラに解体し、辱め、全てを貪る悪鬼共。罪深い。ああ、罪深い連中だ。……見るに堪えないよ」
高らかに自らの主張に酔う黒フード。
……なんなんだコイツは。
「さて、大罪人であるオマエとの接触は禁じられていたが……口程にもなかった。そうだな。ここでもう少し魔獣たちの味わった痛みをその身で直に感じて貰おうか」
「我が導師よ。……本当にいいのか? このまま戦闘を続けて」
「シャルドリード。忠告は有り難いが、せっかく彼らからこんな森の中まで来てくれたんだ。例え私が誘ったのだとしてもね。もう少しおもてなしをしてあげるべきだろう」
「そうか……我が導師がそのように言うのなら構わない。だが、彼らは少し知りすぎた。痛みを知って貰うにしても、そこの獣人の女は要らんのではないか?」
自らの円環杖の天成器と会話する黒フード。
口調こそ冷静さを取り戻しているが話している内容はあまりに危険に満ちている。
「ああ、そうそう。先程の種明かしをしよう。そのご自慢の天成器で私の氷河魔法の障壁が壊せなかった理由を」
手の内を自ら明かそうとする黒フード。
そと態度からは自分の魔法への相当な自信が窺えた。
「《イムーバブル》。魔法をその場に固定して展開する代わりに魔法自体の威力と耐久力を引き上げる不動の魔法因子。これを障壁魔法に加えれば氷河魔法の元々の高い耐久力と相まってさらに堅固な障壁を作り出せる。そうだ、生半可な攻撃では私の氷河は砕けない。――――さあ、それを知ったうえでどう対処するのかな?」
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