第55話 運命の悪戯
予想もしなかった人物との出会いの後。
俺たちは、どうしてもお礼をしたいという強硬なミリアの誘いで、彼女の屋敷を訪れていた。
丁度、両手一杯に出店の食べ物を買い漁っていた二人がいたため、休憩がてらに寄って欲しいという提案は渡りに船だった。
荷物を抱えたまま、生誕祭の人混みを歩くのは大変だし、お昼も近かった関係で『ぜひ当家のお屋敷をご利用下さい』と好意でいってくれているのを無視できなかった事情もある。
「お屋敷にお客様が来てくださるなんて何年ぶりでしょう。私なんだか嬉しくて、心が弾むようです」
ウルフリックとミリアの住む屋敷は、貴族街の一角にあった。
来客が嬉しいのか、満面の笑顔を浮かべたミリアが庭にあるテラスに案内してくれる。
そこは植物に囲まれた庭園を眺められる椅子とテーブルの置かれた静かな場所だった。
「少し狭いかも知れませんが、今日はお天気も良いのでお外でお食事をいただきましょう。イクスムさんとアーリアさんのように、私も思わずお土産のお料理をたくさん買ってしまいましてから、皆さんで分けていただきましょう」
そういってミリアはテーブル一杯に出店の料理を並べる。
焼きそば、お好み焼き、オムライス、焼きとうもろこし。
これは氷魔法で保存して王都まで持ってきたのか?
エビやイカなど海鮮の串焼き。
綿あめ、クレープ、りんご飴、チョコバナナ。
ウルフリックが嬉々として買ってあげていたから、しっかりとした料理から甘いものまで大量にある。
「おー、ありがたいですね。少し出店で買いすぎてしまったので私の分も皆さんで分けて食べましょうか」
「きゃ〜、こんなテーブルいっぱいのお料理、素敵ですぅ〜」
この二人自由すぎるだろ。
人様の屋敷だというのに、我が物顔ではしゃぎまわっている。
静かな邸宅の立ち並ぶ一角なのに大丈夫なのだろうか。
それにしても、貴族の感覚はいまだによくわからない。
この整備された庭も十分な広さがあるのに狭いなんて思えない。
「イクスムさんもアーリアさんも、お嫌でなければ一緒にお食事しましょう」
「それは……私たちは従者ですから」
珍しくイクスムさんがたじろいでいる。
王都にきてから知ったことだが、普通貴族は従者や使用人とは同じ食事の席にはつかないらしい。
私的な場ならともかく公の場では時間をずらして食事するもののようだ。
テラスとはいえ外部からも覗こうと思えば覗ける場所で共に食事しようといいだすとは信じられない様子だ。
「我が家では従者も使用人も出来る限り共に食事を取ります。エクレアさんの従者の方だろうとお二人もすでに私のお友達です。どうかお気になさらないで下さい」
どうやらミリアには二人がエクレアの従者だとわかっていたようだ。
まあ、ここにくるまでの道中もお嬢様呼びは変わっていなかったし、祭りで浮かれていたのもあるからわかりやすかったのかもしれない。
「そうですか……わかりました。ご厚意に甘えましょう。エクレアお嬢様よろしいでしょうか?」
「……」
イクスムさんの問いかけにエクレアが頷いて答える。
その表情は少しだけ柔らかく見える。
「こんなに多くのお友達と一緒にお食事ができるなんて、今日は無理をいってお兄様に生誕祭に連れて行っていただいて良かったです」
純真無垢なミリアの笑顔が眩しかった。
食事も終わり、ミリアが使用人の方たちと一緒に、ポットとコップの乗せられた押し車を押してくる。
「さあ、皆さん。食後のお紅茶をご用意しました。どうぞ召し上がって下さい。それと、こちらは先日商人の方がお持ちくださいました特製の蜂蜜です。よろしければ少量お紅茶に入れてお飲み下さい」
「珍しいですね。魔物のジャイアントビーの蜂蜜ではなく、蜜蜂の蜂蜜ですか……」
「ええ、この蜂蜜はなかなか手に入らないものなのですけど、我が家に時々来てくださる旅の商人の方から譲っていただけました。とても風味もよくてお紅茶にもよく溶けますよ」
蜜蜂の蜂蜜、珍しいのか。
アルレインでは割と普通に売られていたと思うけど。
「それで、お兄様。こちらの方々とはどのようなご関係なんですか? お兄様のお知り合いなら……もしかしてご学友の方ですか?」
「ああ、そうだ。ミリア、こっちの無表情女が――――」
「あ゛あ゛?」
こ、怖。
ウルフリックの不用意な発言に、イクスムさんの恫喝の声が飛ぶ。
「あ、いや、その……」
「……お前、よく見たらエクレアお嬢様に失礼なことを言っていた奴か? なんのつもりだ?」
き、気づいてなかったのか!?
同じテーブルで食事していたはずだけど、どれだけ出店の料理に夢中だったんだ……。
「お嬢様、もしよろしければ私がこの失礼な男を始末しますが……如何がなさいますか?」
おい、人の屋敷でその屋敷の住人に危害を加えるような不穏なことは言わないでくれ。
イクスムさんの発言で護衛の従者らしき人が一瞬で険しい顔つきになったぞ。
さっきまで来客がきて嬉しそうに見守っていてくれたのに、なんてことをするんだ。
「やめて……血は見たくない」
……血が出るような話になるのか。
(妹様の言葉にがっかりした様子のイクスムも困ったものだがな)
「その……大変申し訳ありません。お兄様が、またなにか失礼なことをしてしまったでしょうか?」
ミリアが心配そうな表情で謝罪する。
彼女にそんな顔をさせてしまった少しの罪悪感に胸が締め付けられる。
それよりも『また』か……。
「お兄様は……少々言葉使いが……時々お汚い言葉をお使いになられます。ですから誤解されることも多くて……」
恥ずかしそうに俯くミリア。
「誤解……」
(この娘も苦労してそうだな)
「その、あのときは悪かったな。失礼な言葉を使った」
「ん゛」
「エ、エクレア・ペンテシア、お前にも謝る。悪かった」
イクスムさんから見たウルフリックの印象はかなり悪いな。
いまも睨みつけるような眼差しで萎縮したウルフリックを見ている。
「だ、だが、弓の天成器は銃の天成器より不利なことは事実だ。言葉は悪かったが、弓が弱いのは学園では有名な話だ」
「そうだ。なんであんなに突っかかってきたんだ。結局理由はわからずじまいだったが……」
「……ん……んぅ……それは……」
なんだ。
なにをいい渋っている?
「ペンテシア……弓……」
ウルフリックを問いただしていると、硬直した雰囲気を吹き飛ばすようにミリアの質問が飛ぶ。
「そういえば冒険者様のお名前を伺っていませんでした。恩人の方のお名前も聞かないなんてダメですね。……申し訳ありませんが、お名前をお教えしていただいてもよろしいでしょうか?」
なぜかミリアはこの質問に気迫をもって臨んでいる。
さっきまでの申し訳なさそうな表情から一転して、真剣な表情を見せていた。
「クライだ。クライ・ペンテシア」
「……もしや、アルレインの街の?」
「そうだが……」
「ああ、まさかお会いできるなんて!! 今日はなんて良い日なのでしょう!!」
(なんだ、なんだ。ミリアは急にどうしたんだ?)
なぜなのかは俺も知りたい。
イクスムさんもアーリアも何が起きたのかわからず目を白黒させているし、ウルフリックに至っては額に手を置いて意気消沈しているようにも見える。
「“小さな英雄”クライ・ペンテシア様」
「ぶっ」
ど、どこで聞いたんだ!?
思わず紅茶を吹き出すところだったぞ。
「ドルブさんという商人の方から聞きました。辺境の小さな街をたった一人、強大で邪悪な瘴気獣ミノタウロスから守り抜いた少年がいると」
ミリアは夢見心地な表情で語りだす。
「並み居るオークをその弓で薙ぎ倒し、街の外壁も叩き切るほどの大剣を躱し、弾き返した。その弓矢は、万里を駆け、火と雷を纏い、瘴気獣の外皮すら貫く。まるで冒険譚の主人公のようなご活躍。私、そのお話を聞いたときから、そのような素晴らしい方がいらっしゃるなら、ぜひお会いしたいと思っておりました」
こ、誇張されてる!?
一人でミノタウロスを倒せるわけがないし、オークもそれほど多く倒してない。
なんならスコットさんの方が倒した数は多いはずだ。
それに、ドルブさんって、〈赤の燕〉の皆さんを護衛にバヌーまで一緒に旅した、あのドルブさん!?
海辺の都市ヘルミーナに向かったあと、王都にくるといっていたけど、ミリアになんてことを吹き込んだんだ。
「ミリアは……お前のファンなんだ……それも熱狂的な……」
ウルフリックは溜息混じりに、ミリアの突然の発言の説明をした。
そして、なぜ授業の最中に突っかかってきたのかを喋りだす。
「俺は……お前があのクライ・ペンテシアだとわかったから……戦ったんだ。お前が弱ければ、噂なんて所詮出鱈目に過ぎないと分かれば、きっとミリアも目を覚ましてくれると思ったのに……」
そんな理由で絡んでくるな。
「運命の悪戯なのか? 模擬戦の話は家ではなんとか誤魔化せた。接点なんて無かったはずだ。……オレの軽はずみな行動がこの結果を招いたのか?」
まあ、それでも人混みの中で倒れる寸前だったミリアを助けていただろうし、模擬戦のことはそんなに関係ないんじゃないか。
正直、少し頭にはきたけど……。
だが、それもウルフリックの絶望した表情を見るとなにもいえない。
(相当妹のミリアを溺愛しているようだったからな。ショックも大きかったんだろう)
「毎日のようにミリアの口から出てくるのは、会ったこともないお前の話ばかり。俺が城下町の冒険者ギルドへ繰り出せば、似た特徴の奴がいないか毎回のように聞かれ、ドルブとかいう商人からお前が俺と同年代だと聞くと、学園に情報を持った奴はいないかと聞かれる日々。挙げ句には、冒険者ギルドに依頼を出して探して貰おうかと真剣に悩み出す始末。一体オレはどうすれば良かったんだ」
「お兄様、恥ずかしいです」
照れるように俯くミリアになんて返せばいいのかわからない。
というかウルフリックも結構追い詰められていたんだな。
最初に絡んできたときとは印象がまるで違う。
全身から悲壮感を漂わせる姿は哀れみすら感じさせる。
(コイツはコイツで苦悩の日々だったようだな)
混沌とした空気を変えるため、このあとの予定を聞く。
「こ、このあとはどうするんだ?」
「そうですね! 騎士団のパレードが開かれるんです! 皆さんもぜひご一緒に行きましょう! 生誕祭のパレードはそれはもう豪華なもので、私、毎年観覧に行くのをとても楽しみにしていたんです! それを憧れのクライ様と行けるなんて夢のようです!!」
異様に高揚したミリア相手に断る勇気はなかった。
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