第56話 パレード
ミリアの強い要望で今度は騎士団のパレードの見学に向かう。
場所は王都南門から第二障壁の門まで真っ直ぐに伸びる王都随一の大通り。
普段ならひっきりなしに馬車が行き来する王都の大動脈ともいえる大通りだが、この日ばかりはパレードのために一時封鎖される。
それにしても、さっきからやたらと彼女の距離が近い。
密着するかの如き近さで、貴族の令嬢にあるまじき距離感だ。
ウルフリックのいっていたように本当に俺のファンなのか、パレードの開催場所に向かう道中も、近づいてきては熱心にアルレインでの防衛戦の話を聞きたがる。
(ははっ、クライの良さがわかるなら将来は有望だな)
ミストレアの前向きな考えが少し羨ましい。
慕ってくれるのは嬉しいが、ちょっと急に距離を詰め過ぎだと思うけど……それより……。
「どうしたんだ、エクレア?」
「…………むぅ」
エクレアの機嫌が目に見えて悪い。
……なにか気に触ることでもしただろうか?
ウルフリックたちの屋敷で食事をしたあとぐらいから、ずっと睨まれている気がする。
最近はやっと無表情の中にも色んな感情が見え隠れするようになって、仲良くなれてきていると思っていたのに、また距離が少し離れてしまった感じだ。
「皆さん、見て下さい。あれが騎士団のパレードが通る王都一番の大通りです」
「凄いです〜〜、人がいっぱいです〜〜」
「予想以上に人で溢れかえっていますね。お嬢様、決して私から離れないで下さい」
目の前に広がるのは圧倒的な人の集団。
どこにこれだけの人が隠れていたのかと思うほどの大群は、いまかいまかと騎士団のパレードの到着を待っている。
「これは……」
剣を天に掲げた騎士が等間隔で配置され、ロープで区切られた場所がこれからパレードの通る道だろう。
沿道には王都の民衆がパレードの通る通り道に押し寄せないように、騎士たちが整列し区画整理している。
集団に圧倒され言葉を失っているとウルフリックが立ち並ぶ騎士たちの説明をしてくれる。
「あれは、下級騎士だ。このパレードはこの一年で活躍した騎士たちのお披露目も兼ねてるようなもんだからな。まだ、新人も多い下級騎士たちは警備に当たってる訳だ」
「なるほど……」
「下級騎士たちは総本部の騎士が指揮を取っている。このパレードの警備を総括してるのは総本部だからな」
「総本部?」
「王都を拠点にしてる騎士団総本部は、各地に騎士たちを派遣する役割を担ってる。国からの命令を聞いて各騎士団に伝達して、迅速に騎士団を派遣するのが主な役割だな」
「……総本部はパレードに参加しないのか?」
「このパレードは第一騎士団から第七騎士団の活躍した騎士たちのためのものだからな。王都務めで活躍の機会の少ない総本部は例年参加しねぇ。総本部は裏方の仕事が多いから仕方ねぇんだけどな」
「……随分詳しいんだな」
「ミリアがな……。ミリアは多少英雄や強者に弱い所があるんだ。気に入った奴がいると、何でも調べたがるし、知りたがる。その関係で何故かオレまで王国の戦力について詳しくなっちまった。……それでも“小さな英雄”への執着はオレから見ても……ちょっとな。度が過ぎていなくもない……」
初めは意気揚々と騎士団について説明してくれていたのに、最後は自信なさげに小声になっていくウルフリック。
俺の噂について語っているときのミリアは、止めようのない勢いがあったからな。
あの異様な気迫のままで話し続けられれば嫌でも覚えてしまうかもしれない。
「クライ様! そろそろ騎士団の方々がこちらにお見えになるそうですよ。もっと前に行ってみませんか?」
そういってミリアは俺の手をとって歩きだす。
「いや、俺は……」
(せっかくの機会だ。私たちももう少し近くまで寄ってみるか?)
「皆さんも、もっと前で見学しましょう!」
ミリアは年に一度ということで随分と張り切っている。
いまの位置でも十分見学できると思ったけど甘かったようだ。
イクスムさんが険しい表情でエクレアの意向を確認する。
護衛としてはあまり人混みに入るようなことをして欲しくないんだろうな。
「お嬢様、どうなさいますか?」
「…………もう少しだけ」
「はい、畏まりました。……お嬢様、もう少しお近くにお願いします」
「騎士団の方々を見る機会ってあんまりありませんから、もっと近くでもいいです〜〜」
それでも、エクレアの意向を優先してくれる。
エクレアもそんなイクスムさんを理解しているからか、素直に指示に従っている。
アーリアは……まあ、しょうがないな。
「きゃ〜〜!」
「見えて来たぞ! 王国の精鋭たちだ!!」
「こっち向いてくれーー!」
歓声と共に徐々に姿を現してきたのは、完全武装した騎士の行列。
身に纏う騎士甲冑は無骨な輝きを帯びて、強者の気配を漂わせる。
一糸乱れぬ動きの流暢な足運びは、外見から鎧の重さをまるで感じさせない。
「あれは上級騎士だ。で、馬車に乗って手を振ってるのが騎士団長。生誕祭のパレードは第一騎士団から第七騎士団までのすべての騎士団が勢揃いする。先頭は第一騎士団からが通例だからあれは第一騎士団団長だな」
「……あれが第一騎士団を率いる騎士」
隣のウルフリックの視線を追って馬車を見れば、王都の民衆に向かって、ゆっくりと手を振る男性がいる。
歳は四十代に近いのかレリウス先生よりは年上に見える。
「そうだ、騎士の中の騎士。重力魔法の使い手。“纏引”サイヘル・デアンタール」
「……“纏引”?」
「第一騎士団は精鋭中の精鋭が集まる万能集団だ。剣も槍も弓も、どの騎士でも高水準で扱えるように日々訓練しているらしい。……だが、騎士団長のサイヘルは謎が多い。使い手の少ない重力魔法を連発する戦い方をするらしいが、何にせよ情報が少ないから“纏引”の意味もいまいちわからねぇ」
「サイヘル様はとってもお優しい方で、王族の方々からの信頼も厚いと聞きます。どんなに小さな悩みでも必ず相談に乗って下さるので、上級、下級を問わず部下の方々の信頼と支持を得ているそうです」
ウルフリックとミリアは本当に騎士団に詳しいな。
王都から離れたアルレインでは知る由もなかった情報を教えてくれる。
二人の知識の深さに感銘を受けていると、一層観客の歓声が大きくなった。
どうやら次の馬車が見えてきたらしい。
「オォ〜〜、スゲェ人集りだな! お前等っ! オレのために集まってくれてありがとよっ!!」
「あの女性は?」
なんだあのデカい斧は。
肩に担いだ巨大な白銀の片刃斧。
おそらく天成器だろうが、ゴールドウェポンスライムの擬態した両手斧に勝るとも劣らない。
しかも柄は短く、刃はひたすらに大きい。
あれで片手斧なのか?
まったく規格に納まっていない。
というか、あの人は馬車の屋根の上に乗ってなにをしているんだ?
「第二騎士団団長“重轟戦車”イーリアス・クロウニー」
「オレにもっと依頼を持って来い!! どんな魔物だろうとこのオレがぶち殺してやる!!」
百九十cm近い高身長に丸太のような太い腕。
鎧すら纏わず、薄布に身を包んだ姿は、防御というものをまったく考えていない。
「猪突猛進しかできない突撃部隊と揶揄されることもあるがその実力は本物だ。現に魔物が大規模な集落を作った時に、真っ先に第二騎士団が派遣されることが多い。前任の団長が厳格な人物だったから今の団長に変わる時は混乱があったらしいが、いまでは問題なく第二騎士団をまとめている。そういう意味では力だけでなく統率力もあるんだろうな」
ウルフリックいわく、良くも悪くも騎士団は団長の意向が大きいらしい。
「イーリアス様は豪快で大雑把に見えますけど、ご自身の美しさを保つ努力を惜しまない素晴らしい方です。あのお美しい太陽のような橙色の髪は、いつ見ても輝きを失っている時はありません。強さと美しさを兼ね備えたイーリアス様は王都の女性の憧れの存在です」
キラキラとした瞳で、馬車の上で寝そべりながら緩く手を振るイーリアスさんを見詰めるミリア。
(あの筋肉女が憧れなのか? よくわからんな。いまだって、パレードに飽きたから寝そべっているようにしか見えないぞ)
不意にウルフリックの焦った声が隣から聞こえる。
「っ! ミリア! パレードに近づきすぎだ。オレから離れるな」
夢中でパレードを見ていたミリアは、ふらふらと騎士たちの守るロープに近づいてしまう。
あっという間に人の波に飲み込まれてしまった。
「きゃっ!?」
「っ!? ミリア!?」
マズいな。
ここからだとミリアの小柄な姿は見えない。
ウルフリックが人集りを強引に掻き分け進む。
(逸れたら危険だぞ。こう人が多くては私の生命感知でも紛れてしまう)
「ミリアっ! ミリア、どこにいる!」
「――――お兄様っ! こちらです!!」
「ああ、ミリア。良かった、怪我はないか?」
幸運なことにミリアはすぐに見つかった。
だが、様子が可笑しい。
信じられないといった様子で首元を何度も触って確かめている。
「お、お兄様、ネックレスが……お母様からいただいたネックレスがありません。確かにここにあったのに……」
ミリアの首元には、大粒の赤い宝石のあしらわれた銀のネックレスが身につけてあった。
それが、影も形もない。
「なんだとっ!?」
「人集りに飲み込まれた時、どなたかの手が伸びてきて、私、避けようとしたのですが見動きができなくて……それで、いつの間にか……ネックレスが……」
「ぐ……盗人か!」
(ついさっき盗られたならまだ近くにいるんじゃないか)
確かにそうだ。
目を離したのはほんの一瞬、それなら……。
「ウルフリック、まだ近くに……」
「わかってる。もう探してる! ――――あれだっ! あの男っ!!」
視線の先。
路地の入り口にいまにも入り込む目深にフードを被ったローブの男。
手元には不自然なほどの金品が握られている。
「欲張ったな。逃げるのを優先したんだろぉが、マジックバックに仕舞わなかったのが運の尽きだ」
俺に絡んできたときとは違う。
家族を危険にさらした者に向ける眼差しは、計り知れないほどの怒りに満ちていた。
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