第54話 生誕祭と予期せぬ出会い


「生誕祭?」


「そ、王国の生誕祭。今度のお休みに王国中でお祝いがあるんだよ。それでお兄さんはどうするのかなって」


 授業の合間の休み時間にマルヴィラから伝えられたのは、予想もしなかったことだった。


 王都全体で王国の誕生記念日を祝う生誕祭。

 他国からも使者が訪れ、王都の大通りでは出店が立ち並び、騎士団によるパレードもある。

 

 いま思えば、屋敷から学園までの通りも色々と飾り付けられていた気がする。

 マルヴィラは王都に実家のパン屋さんがあるからか、毎年の開催を楽しみにしているらしい。

 ほとんど実家の手伝いばかりだったそうだけど、それでも、王都全体が明るい雰囲気に包まれていてその空気感だけでも楽しく感じられたそうだ。

 

 ……そういえば〈赤の燕〉のサラウさんも生誕祭には実家に帰るといっていたような。

 実家のバオニスト商会に寄ってほしいといわれていたけど、すっかり忘れていた。

 

「セロくんはどうするの」


「ぼ、僕も一応貴族の家だから父さんや兄さんの所に行かないといけないんだ……。祝いのパーティーに参加しろっていわれてる」


「う、う〜ん、それは大変そうだね」


 セロはマルヴィラの不意の質問に落ち込んでいる。

 見るからに乗り気ではなさそうだが、諦めきった顔で嘆いていた。


「わ、私は貴族じゃないけど、この前の休みに家に帰ったら、お父さんからたまには帰って来いって言われたんだよね」


「そういえばマルヴィラは寮に住んでいるんだよな。王都に家があるのになんで……」


「う〜ん、理由はあるんだけど……まだ、進展なさそうだからな〜〜」


 マルヴィラは明後日の方向を向いて悩んでいる。

 ただ、理由を話すのをためらっているようにも見えた。


「マルヴィラ! こんな奴に親切にしては駄目! 貴方の予定をそれとなく聞いて生誕祭に誘ってくるつもりよ!」


「シャリりん」


「マルヴィラが寮暮らしなのをいいことに、仲良くなって、へ、部屋に入れて貰おうと考えてるのよ!」


「もう、シャリりんってば」


「……だって、貴方が心配で……」


「それは、わかってるから変なこと言わないでっ!」


 シャーリーさんが話しだすと、大概話しがこじれるな。

 単にマルヴィラが心配なのはわかるんだけど、いまだ信用されてないのか少し悲しい。


「ご、ごめんね。でも予定は考えておいた方がいいよ。一年に一度のお祝いだし。あっ、もしかして、エクレアちゃんと王都を回るのかな。余計な心配だったかも」


 どうだろう。

 エクレアは誘ったらついてきてくれるのか……むしろ怒らないよな。






「本当に行かなければいけないのか? その予定は次に回せないのか?」


「申し訳御座いません、御当主様。生憎、生誕祭当日には他国からの来賓を饗さなければなりません。ご予定は変更できません」


「何故だ。折角クライと一緒に暮らし始めてから、初めての生誕祭だと言うのに!!」


 感情的になった母さんがハイネルさんに食って掛かる。

 

「ですが、王国の要人である来賓の方々を饗すのは、外務大臣である御当主様のお仕事。ここは、坊ちゃまに仕事のできる御当主様のお姿をお見せして差し上げた方が宜しいのでは?」


「ぐぬぬ、だがな〜」


 さすがハイネルさんだ。

 もうすでに取り乱している母さんの姿を見てしまったけど、見事に母さんを抑え込んでいる。


 というかさらりといっていたけど、母さんって外務大臣だったのか!?

 他国との交渉事を一手に引き受けているってことだよな。

 そんな凄い役職についているなんて知らなかった……。


「所で、クライは生誕祭はどうするんだ? なにか予定はあるのか?」


「いや、特には……」


 いまのところ一緒に王都を巡る相手はいない。

 マルヴィラは実家のパン屋を手伝うことにしたそうだし、セロもやはり家族の元に行くらしい。

 他のクラスメイトもまだ、それほど親密な関係にはなっていない。


 一応ケイゼ先生にも予定を訪ねてみたけど、生誕祭は人がごった返すから苦手らしい。


「フフッ、ならエクレアを誘ってやるといい。ああ見えて、お前からの誘いを待っていたぞ」


 母さんの提案だけど、少し信じきれない自分がいる。

 エクレアが誘いを待ってる?

 





「では、不詳この私イクスムが王国生誕祭の供回りを努めましょう。護衛はお任せ下さい」


「……お願い」


「お嬢様の付き添いで、生誕祭をご一緒に巡れるなんて楽しみです〜」


 なぜだろう。

 軽く予定を聞くつもりだったのに、なぜか一緒に生誕祭に繰り出すことになってしまった。

  

 目の前でイクスムさんは張り切り、アーリアは嬉しそうに飛び跳ねている。

 エクレアはいまいち表情から感情を読み取れないが、こころなしか楽しそうにも見える。

 

(いまさら妹様に断りの言葉を一言でもいったら、その方が怒るだろうな。また、睨まれることになるぞ)


 ま、まあ、どうせ予定もないし、以前の学園入学前の王都観光は俺のせいで途中で解散となってしまったから、その埋め合わせができると思うことにしよう。

 急な状況の変化に内心対応しきれないでいると、イクスムさんが険しい表情で、喜びに浸っていたアーリアに苦言を呈す。


「アーリア、はしゃいでばかりではいけませんよ。生誕祭は他国からの来訪客も増える分、不埒な輩も増えます。私たち従者はお嬢様をお守りするため、毅然とした態度で臨まないといけません。決して油断してはいけませんよ」


「は、はい」


「そう、分かればいいんです。イクスムお嬢様の身の安全が第一です。いいですね」


「はい、第一ですぅ」


 イクスムさんも護衛として警戒すべきところは押さえているんだと感心した。

 やはり長年エクレアの護衛を務めているだけあって、年に一度のイベントだろうと油断しないように自身を律しているらしい。

 アーリアに注意する様は欠片も迷いを感じさせない。






 エクレアたちと共に生誕祭に繰り出すことが決まった翌日の生誕祭当日。


 俺たちは一番出店の広がっている大通りを目指すことにした。

 ここは食べ物以外も娯楽のための出店が多く、実家のパン屋を訪れるお客さんから情報を聞いているマルヴィラにもおすすめされた場所だ。


 そこで……俺の目には信じがたいものが映っていた。


「す、凄い人集りです〜。楽しそうな出店がいっぱいで目移りしちゃいます〜〜」

 

「あぁ、あっちには焼きそばの出店がっ! あそこにはクレープが! りんご飴まで!! あああ、こんなもの選べません!!」


 いや、確かに凄い人集りで、通り一杯に出店も揃って、活気が満ちているのはわかるんだが……肝心のエクレアの護衛をすっぽかして君たち一体なにをしているんだ?


「む、いまは黙っていて下さい。どちらを買うか悩んでいるんです」


 あれ、エーリアスさんからも  念話で注意されてるよな。

 

「迷っちゃいます〜。お小遣い足りなくなっちゃいます〜〜」


 いや、お小遣いむしろ減らされるんじゃないか?

 

 マズいな、こんな状況になると思っていなかった。

 取り敢えずエクレアがおとなしくしてくれるのだけは助かったけど……。

 

「エ、エクレア、人通りが多いから逸れないようにしような」


「……はい」


 イクスムさんとアーリアはお祭りの空気に完全に舞い上がっていた。

 ふらふらと危なっかしい足取りで通りの端から端へと移動する。

 見ていられないなと二人を呼びにいこうとするそのとき、急に目の前を歩く女の子が、祭りに夢中になった人集りとぶつかり倒れ込んできた。


「きゃっ!?」


 咄嗟に背に手を回して、地面に叩きつけられるのを防ぐ。

 

「大丈夫かい?」


「は、はい」


 なんとか怪我させることなく抱きかかえられたようだ。

 視線を上げるとぶつかった人物はもう人混みに紛れて逃げ去ってしまっていた。


「冒険者様、危ない所を助けていただきありがとうございます」


 どうやらミストレアを背負っているからか冒険者として認識されたらしい。


「無理をいって生誕祭に参加したのですが、お兄様と逸れてしまって……。人の流れに乗って、いつの間にかここまで来てしまいました」


 エクレアと同じ年くらいの少女、ミリアはそういって恥ずかしそうに俯く。

 

「そうか……それは大変だったな」


「どうするエクレア、この娘一人だと危なそうだし――――」


 線の細いミリア一人では家族と合流するのは大変だと思ってエクレアに相談しようと振り返ると……。


「ぐっ…………」


 エ、エクレア?

 なぜそんな敵を見るような目でこちらを見るんだ?

 

「…………ふぅ」


 仕方ないから我慢してやる、みたいな視線は止めてくれ。


「ミリアーーっ! ミリアーーっ! 何処にいるー!!」


「あの声は……お兄様!?」


 どうやらこちらから探しに行かなくても、家族の方から探してくれていたようだ。

 人集りに隠された向こうから、ミリアを必死で呼ぶ男性の声がする。


「お兄様、ミリアはこちらです!!」


 返事を聞きつけたのか、人混みを割ってミリアの兄と思われる男性が姿を表した。


「え?」


「ミリアっ! だからあれほど手を繋ごうといったのに」


「ああ、お兄様! ですけど、流石にこの年になってお兄様とお手を繋ぐなんて……」


「オレたちは家族だぞ。それぐらいの触れ合いは当たり前だ。年に一度の祭りで逸れてしまうよりマシだろう。さ、今度は逸れないように、しっかりオレの側を離れないようにしろよ」


「はい、お兄様。次は気をつけます。それで、こちらの冒険者様が人集りに弾かれて倒れ込みそうになった私を助けて下さったのです」


「なんだって! 怪我はないか! ミリアを弾き飛ばすとはなんて酷い奴らだ!」


「え、ええ、何処も怪我はありません。お祭りですから周りが見えていなかっただけでしょう。その方たちも悪気はなかったと思います」


「ああ、ミリア。お前はなんて優しいんだ。そんなクズたちを庇うなんて」


「また、お兄様はお汚いお言葉をお使いになって……ダメですよ、もう……。それよりっ、先程からお待たせしてしまっている冒険者様に私、ぜひともお礼をしたいのですが……」


「そうだな。ミリアを助けてくれた恩人には手厚くお礼をしなければ……所で、その方はいまどちらに――――は?」


 いや、いい加減気付けよ。

 

 どれぐらいここで突っ立っていればいいんだ。

 二人のやり取りを数分?

 体感でもっと長い時間、隣で眺めていたぞ。


「お、お、お前がなんでこんな場所にっ!??」


 ウルフリックはようやくこちらに気付いたのか、目を大きく見開き驚く。

 大声をだしたせいで、お祭りに浮かれていたはずの周囲の目が一斉にこちらに向く。


 前途多難な一日が始まろうとしていた。

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