第23話 付き従う影


「【闘技:竜断斬り】」


 剣の天成器から放たれた闘気を纏った斬撃は、ギガントアントイーターの強烈な土魔法を中心から二つに切り開いた。

 土を払い落とすように剣を振る仕草をしたゼクシオは、こちらに振り返り片膝を地面に付け恭しく謝罪する。

 

「ニール様、べイオン様、ご無事でしょうか? 差し出がましいこととは思いましたが御身の危険に咄嗟に飛び出してしまいました。申し訳ございません」


「いや、構わない……その、助かった」


「勿体無いお言葉です」


 ゼクシオは何も悪くない、魔法の標的になってしまったオレのミスだ。

 べイオンからも大規模魔法の可能性を指摘されていたのにいまだ習得しきれていない上級魔法の構築で想定より時間がかかってしまった。

 クソッ、せっかくクライとミストレアが時間を稼いでくれたのに切り札を切ることすら叶わないなんて……。


 あれほど遠く距離が離れていたのに魔法を放つのか。

 魔力で生成した土を棘の生えた球体に固めた砲弾のような魔法。

 形状は土魔法の《アースボール》に似ているが威力は恐らく遥か格上だろう。

 

「ゼクシオー! アタシを置いて一人で勝手に出ていかないでよ!」


「フージッタ」


「ニール様、申し訳ありませんけどギガントアントイーターは強敵です。副隊長からも援護する許可は貰いました。ここからは一緒に戦いますよ」


 自分の不甲斐なさに落ち込んでいるなか、獣人の高い身体能力で軽やかに目の前に着地したフージッタ。

 狐の獣人である彼女は肩でざっくばらんに切りそろえられた紫の髪をたなびかせ、金色の瞳で笑いかけると戦いへの参戦を告げる。


 ゼクシオ、フージッタは帝国の影の護衛だ。

 旅立つ際に帝都に置いてきた通常の護衛とは違い、他者に存在を気づかせずに対象を守護する戦闘能力も高い精鋭中の精鋭。

 彼らはその中でも帝位継承権の低いオレなんかに忠誠を誓ってくれる物好きな連中。

 兄弟の中で唯一の獣人であっても主として接してくれ、こうして遠い王国までついて来てくれている。


 本当にオレには勿体無いヤツらだ。

 

「ところで、街でもニール様に随分と馴れ馴れしかったあの弓使いはどうされますか? 必要があればギガントアントイーターと共に口を封じますが?」


「やめろ! 必要ない、クライは仲間だ」


「――――っ!? ……失礼しました」


「本当にゼクシオは空気が読めないよね。あんなにニール様が信頼して足止めを任せてたってのに」


 はあ……まったくコイツは戦闘時には頼りになるのに、オレの周りのことにはどうしてこんなに見境いがないのか。

 影の護衛としてスカウトされてから騎士志望だったこともあって、オレに対して接触してくる人物には過剰に反応する所がある。

 

 影の護衛に任命当初は近づいてくる人全員に敵意を向けていて大変だった。

 普段は騎士然とした礼儀正しい所もあるのに度々暴走しては上司である副隊長ベンジャルに怒られている。

 相方として共に行動することの多いフージッタなんかゼクシオの暴走癖にもはやすっかり諦めたのか呆れた顔を浮かべている。

 護衛としてオレを心配してくれるのは有り難いがなんとかならないものか。


 騎士志望だったゼクシオは闇魔法を習得していることから影の護衛としてスカウトされた。

 闇の魔法はその夜の闇に紛れる隠密性から影の護衛の扱う手段として有用性が高い。

 そして、何よりゼクシオの習得している魔法には使い手の少ない特殊な魔法がある。


「副隊長からはアタシたち二人だけで援護するように言われています。ここに集まろうとしていた他の魔物は副隊長たちが相手するそうです。戦いの邪魔はさせないって言ってましたよ」


 ギガントアントイーターの発する戦闘音にも怯まないどころか近づいてくるとは、中々手強い魔物かもしれない。

 もしくは無生物系統のスライムやゴーレムの上位個体か。

 とはいえ他の影の護衛たちは攻撃魔法に長けレベルも高い、心配する必要はないだろう。

 

 右手を水晶魔法で傷つけたはずのギガントアントイーターはもう再生が終わったのか両手を前方に伸ばし二足歩行で近づいてくる。

 まずはコイツを撃退することに集中するべきだな。


「ここは私が前衛を努めます。……あんな得体のしれない弓使いに任せられません。騎士である私の方が適任です。アルタイル、行くぞ!」


 ゼクシオの天成器アルタイル、片手でも両手でも使用出来る所謂バスタードソードの剣身がギガントアントイーターの頑丈な毛皮を斬りつける。

 どうやら斬撃の方が相性がいいようだ。

 体毛を切り裂き、その下の皮膚を目に見えて傷つけていく。


「なんで毎回突撃しちゃうかな〜、もっと影の護衛らしく背後から奇襲してよー」


「まあ、ゼクシオらしい戦い方だがな。フージッタ、クライとミストレアの援護を頼んでいいか?」


「ふふっ、分かってまーす」


「……クライには今は……その……軽く説明しといてくれ。この戦いが終わったらオレから話す」


(そうだな。万が一の時は影の護衛についても説明するつもりだったんだろ)

 

 べイオンには少しわかり易かったか。

 そうだな……クライとミストレアなら事情をしっても変わらず接してくれそうな予感がしたんだ。


「甘いっ、そんな鈍い動きで捉えられると思うな! 【ダークニードル3】!」


 ギガントアントイーターに対して至近距離からの接近戦を仕掛けるゼクシオ。

 連続した一連の攻撃を素早い動きで躱すと闇魔法を早速発動する。

 闇で生成された針は、その鋭さに反してガキンッと音をたて頑丈な体毛に刺さっていかない。


「やはり、私の魔法程度では傷つかないか……なら【ダークホールド】」


 ギガントアントイーターの両腕と身体を包むように這う闇で構成された太い帯。

 拘束魔法は構築するのに特別な才能が必要とされる魔法だ。

 対象に触れながら展開することで動きを阻害し、属性によっては拘束しながらダメージも負わせる。

 初級魔法のダークバインドではなく中級魔法のダークホールドを選んだのは、巨大すぎるギガントアントイーターには拘束範囲の広さが必要だったのだろう。

 蠢く闇は両腕と身体の外周で輪を形作るときつく締め上げる。


「おお〜、やっぱり拘束魔法は便利ですねー。あんな巨大な相手も動きを封じれるんだから」


(あれも長くは持たないだろうな。それよりニール、あそこで突然の乱入者に面食らってるクライたちにも一応一声かけた方がいいんじゃないか?)


「確かにそうだな。――クライ、ミストレア! 今ギガントアントイーターを拘束した騎士とそっちに向かった獣人はオレの仲間だ! 済まないが此処からはそのフージッタと協力して戦ってくれ!」


「ニール様〜。任せて下さい! ニール様の大切なご友人はワタシたちにとっても大事なお方。必ずお守りしますよー」


 まったく……フージッタまでからかいやがって。

 大声で恥ずかしいことを叫びながらクライたちと合流する。


「ニール様もべイオン様と一緒に上級魔法のキツーイ一撃をお見舞いして下さい。一撃の火力はニール様の魔法のほうが高いはずです。それまでワタシたちで時間を稼ぎますよー」


 一度は失敗した上級魔法をもう一度やれと言うのか。

 軽い口調で簡単なことのように言う。

 いまは全員が無事でもいつ誰かが負傷してもおかしくない。

 もしも砲弾のようなあの魔法より大規模な攻撃を仕掛けてきたら……。

 

 ビキビキと音を立て闇の帯が壊れていく。

 どうやらもうゼクシオの拘束魔法が破られそうだ。

 

 ――――悩んでる暇はない。


「……分かった。もう一度魔法を構築する。皆の命、オレに預けてくれ! 必ずアイツを逃げ帰らせてやる!!」


「私の命は我が主のためにあります。時間稼ぎならお任せ下さい、【闘技:十字重ね】!」


 空中に飛び上がったゼクシオは十字を描くように剣を動かす。

 剣の斬りつけた軌跡から闘気の斬撃が空気さえも切り裂き飛んでいく。

 拘束を力任せに破壊し、そのままの勢いで襲いかかるギガントアントイーター。

 十字の斬撃はその巨体に命中すると大きな傷口を刻みつけた。


「グワアアァァ!」

 

 傷つけられ途端に暴れ出す。

 地団駄を踏むだけで荒野の地面がひび割れる。


 ――――空気が変わる。


 明らかに戦闘開始時とは違う攻める姿勢。

 ゼクシオの闘技の直撃にようやくオレたちを脅威だと認識したな。

 どうやらここからが本当の正念場のようだ。


「おおっと! まだまだ元気だなー。ここからが本番ってやつですかね? クライさん、援護お願いしまーす! ――行くよ、ラキス」


 フージッタと合流して戦うクライとその天成器ミストレアに視線を動かす。

 会ったばかりのはずなのに見事な連携でギガントアントイーターを翻弄している。

 時にクライが前に出て盾で攻撃を受け流し、時にフージッタが死角から片手斧の天成器ラキスを振るう。

 二人は交互に前にでながら互いに囮となり戦闘位置を入れ替える。


 その光景を見ながら思う。

 足止めを頼んだのはオレだ、自分でも無茶なことを頼んだと思う。

 ただ、それにしても普通舌の根元なんて狙いづらい所わざわざ狙うか?

 それもほぼ初見の舌による攻撃を見切って反撃までして見せた。

 魔法の構築に掛かり切りだったはずなのに何故かその一連の行動に眼を奪われてた。


 そもそも、いまだ習得しきれていない上級魔法を放つためとはいえ、本来は後衛なはずの弓使いが前衛で囮になること自体が問題だ。

 ギガントアントイーターの巨体から繰り出される攻撃はどれも必殺の威力をもつのは予想できるはずだ。

 それに怯えず、かといって取り乱すこともなく立ち向かう。


 本人はただの狩人として生きてきたと言い張るが……そんな狩人がいてたまるかっ!

 上級の冒険者だってギガントアントイーターとの戦いなら避けるだろう。

 あんな小さい盾で攻撃を弾いているのも眼を疑った。

 あんなものただの狩人の身につけている技術じゃない。


 盾が壊れそうだからなるべく避けるだって?

 こっちのことは気にせず攻撃しろだ?

 気になるに決まっているだろうがっ!

 一歩間違えれば簡単に致命傷を受けても不思議じゃないんだぞっ!

 

 クライの天成器のミストレアもどこかおかしい。

 使い手以外にあんなに感情豊かに詰め寄ってくるような天成器は見たことがない。

 それに、天成器は使い手の危険には人一倍敏感だ。

 べイオンだってそれは同じ。

 明らかな命の危険には苦言を呈するし、逃げるように助言もする。

 基本的には使い手の意思を尊重してくれるが、ミストレアは危険にさらされるクライにむしろ立ち向かうように促しているような気がする。

 深い信頼の為せることなのか……それとも……盲目的に使い手を信じているのか……。


 クライもミストレアも揃ってどこかおかしい。

 そして……そんな二人を見ながら心底面白いと感じているオレは同じ位おかしいんだろうな。

 

 この二人に負けられない、死なせられない。

 今度こそ魔法の構築を完成させてみせる。

 オレは決意も新たに魔力を体内で練る。

 いまできる最強の魔法を放つために。






 徐々にヒートアップする戦場では頻繁に魔法を放つようになったギガントアントイーターが暴れ回っている。


 至近距離からの接近戦を繰り広げるゼクシオには負傷も多くなっている。

 闘技によるダメージを警戒して攻撃が集中している。

 すでにいくつか回復のポーションも使っていて負担が大きい。

 

 クライたちとフージッタの連携は上手く機能しているが土の魔法に苦戦している。

 なにより、ゼクシオ目掛けて放たれる攻撃の余波の方が避けづらそうだ。

 土の砲弾以外にも爪を地面に指した直後に飛ばしてくる土の棘、降り注ぐ大小の岩石。

 範囲の広い攻撃は眼前の戦場全体を襲う。


 そんな最中、フージッタを狙いすました無数の岩の礫と巨大な爪の振り下ろし。

 その魔法と爪の攻撃を潜り抜け、視界に現れては消えるフージッタ。

 その表情はやっとチャンスが来たとばかりに笑っている。


「はいはーい、今度はこっちでーす。うわっと! 意外と早いですねー」


 彼女は気配を消すのが影の護衛の中でも抜群に上手い。

 その隠密能力でギガントアントイーターをも撹乱する。

 気配の強弱で居場所を誤認させ、さらには闘気で強化された高い身体能力で懐に飛び込んだ。


「火属性の攻撃は効きますかね? 行きますよっ、【闘技:烈火の刃】!」


 火を纏った斧の天成器の斬撃。

 火属性魔法のようにメラメラと燃え盛る火は魔力の産物ではない。

 実際は闘気を火に属性変換したものだ。


 フージッタは気配を消した奇襲以外にも闘気の属性変換を得意とする。

 属性変換は習得している者の少ない高難度の技術だ。

 身体の中で練り上げた闘気を火の闘気に変え、体外に放出する。

 

 懐から繰り出された火の斬撃はギガントアントイーターの腹部を斬りつけ、同時に焼き焦がす。

 

「グウウゥッ!」


 苦痛の声をあげながらも反撃するギガントアントイーター。

 細長い口元からクライたちに貫かれた傷の再生し終わった舌が勢いよく伸びる。


「リーチが長いと便利ですよね。【変形:投影角刃鞭】」


 フージッタの声に反応して天成器ラキスが姿を変える。

 紐が解けるように半月の刃が連なった複数の長方形の刃に別れた。

 刃は互いに一つに繋がり目算でも四m以上の長さがある。

 柄を一振り振るうと一体となった刃が踊る。


「そっちの舌も長いですねー。【闘技:錨貫鞭】」


 囲むように伸びる舌目掛けて鞭を振るい前方を突く。

 長く伸びる天成器の先端に闘気で形成された鞭には不釣り合いな錨が姿を表した。

 

 フージッタは闘気の錨を引き寄せる。

 締め上げようと包囲していたギガントアントイーターの舌は、逆に錨の左右に伸びるつめが突き刺さり一纏りに集められた。


「てやああぁぁぁ!!」


「グウウゥゥァァァ!」


 気合一閃。

 束ねた舌をその細長い顔ごと身体全体で引き寄せると地面に叩きつける。


 なんて豪快な攻撃だ。

 巨大なギガントアントイーターを釣り上げた。

 凄まじい轟音が辺りに響く。


 額に汗が滲む。

 体内で練り上げた魔力はなんとか制御出来ているが、いまにも破裂しそうだ。

 上級水晶魔法クォーツカノン。

 その魔法を構成する術式に帝国内でも秘匿された独自の魔法因子を加える。

 皇族にのみ伝えられる魔法を二重に展開する魔法因子。

 

「ニール!」


 べイオンが魔法を放つ最適なタイミングを教えてくれる。

 フージッタの渾身の一撃でギガントアントイーターはいまだ地面に転がっている。


「行くぞ皆っ! これがオレの魔法! 【クォーツカノン・デュアル】!!」

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