第24話 一つの旅の終わり


(あの巨体を持ち上げるなんて人にできることなのか?)


 ミストレアの呟きに激しく同意する。

 フージッタさんの一連の行動には目を見張った。

 恐らくは闘気を使った身体強化。

 無秩序に飛来する岩石をヒラリと避ける身の躱しの素早さは、出会った時のニールの立体軌道より早い。


 さらには、驚くことに変形した天成器から放たれた闘技は鞭の先端に錨を作り出した。

 闘気の物質化。

 難度の高い技術をフージッタさんは流れるように行った。


 なにより眼を疑ったのは突き刺した錨を起点にギガントアントイーターをひっくり返したこと。

 身体強化には練度によって効果に個人差があるとは聞いていたけど……あまりにも凄すぎる。


 直前に使用した火の属性の闘技といい、闘気を使った戦闘の多彩さ、巧みさを魅せつけられた。

 

 けたたましい音と共に横倒しになったギガントアントイーター、そこに戦場を駆け抜けるべイオンの声が響く。


「ニール!」


 ニールの構える天成器の先――それは、作り出されようとしていた。

 

 掲げる右手の前、始点を中心に徐々に巨大化していく水晶。

 光を通す無色透明な球体は、どこか無骨さと美しさの同居する鉱石の集まり。

 体積はギガントアントイーターの放った土の砲弾よりも小さい。

 それなのに、そこに存在するだけで異様な威圧感を与えてくる。

 ――――これが魔力の高まりなのか?

 瞑想でも魔力をあまり感じられないのにあの魔法には何か……圧迫感を感じる。


「行くぞ皆っ! これがオレの魔法! 【クォーツカノン・デュアル】!!」


 ニールの渾身の叫びと共に撃ち出される水晶砲弾。

 完成した魔法は直径だけで身長の半分ほどある。


 だが、ギガントアントイーターもただやられるだけではなかった。

 倒れたまま土魔法を構成する。

 伸ばした右爪の先に土砲弾。


 空中で互いの魔法がぶつかり合う。


 ドガンッと衝突音が響いた後、土砲弾は呆気なく潰された。

 水晶砲弾は勢いを落とさずギガントアントイーターに直撃する。






「……いまなんて言ったんだ?」


「だから……帝国の王子だって」


「誰が?」


「オレがっ!」


「「王子?」」


 ギガントアントイーターを無事撃退してバヌーの街への帰路の途中。

 ニールの口から荒唐無稽なことを聞いた。

 ニールが王子?

 俺と一緒に割と簡単にバヌーで騙されていたあのニールが?


 本当に?


「そりゃあ、疑っちゃうよね〜。こんな所に帝国の王子がいるなんて思わないもんね」


「……やはりコイツはニール様のご友人には相応しくないのでは? ニール様っ! いまからでも私にご命令下さい! そうすれば……」


「ダメだ! はあ……クライとミストレアが信じられないのも無理はないか。普通皇族は影の護衛がいたとしても、単独で他国にくることはないからな」


 ニールは落ち込んだように項垂れる。


 それにしても、ゼクシオさんに何か失礼なことをしてしまっただろうか?

 戦闘が終わってから回復のポーションを渡そうとしたらお前の施しは受けない、と断られてしまった。

 なんだか目の敵にされているような……。


「ニール様は威厳がないからな〜」


「フージッタ、うるさいぞ。……別に王国を旅してるからって国家を転覆させようとか、破壊工作をしようとかは考えてないぞ。その……事情があって旅してる」


「事情?」


「そうだな……クライとミストレアには隠す必要はないだろう。旅の目的は……エリクサーだ」


 エリクサー?

 伝説のポーションじゃないか!?

 冒険者でなくとも噂は聞く。

 なにより冒険譚には必ずと言っていいほど登場する秘薬。


「欠損すら治す、万病を癒やす秘薬。回復のポーションとは比べ物にならない価値と効果を秘めた極めて希少で手に入りにくい品。それを探してる」


「でも、帝国の王子ともなれば簡単とはいかなくても見つかるんじゃないか? それに帝国にはダンジョンもある。効果の高い回復のポーションも大量に所蔵しているはず」


 回復のポーションと一口にいっても回復量にはポーションごとに差が存在する。

 街や都市には大抵薬師や錬金術師がいてポーションなどの製造を専門に活動している。

 アルレインではそれほどポーションの需要がないため回復量の多いポーションは販売していないが、国で管理、所蔵している物は回復量が多い。

 それなら……。


「確かに希少とはいえエリクサーに迫る回復力をもつポーションも数が少ないとはいえ存在する。ただし、それは要人に使われるものだ。実力主義の帝国では魔物、瘴気獣から都市や人々を守る騎士、冒険者が優先される。……ただの病人に使われることはない。悔しいけどな」


「ニールの母レイニアに希少なエリクサーが使われることはない」


「べイオンっ!」


「別に言っても構わないだろ。バヌーの周辺の街にはエリクサーの手掛がりはなかった。それを生成出来る薬師や錬金術師もいない。発見されていない未攻略のダンジョンもない。……信頼できる人物には打ち明けるべきだ。母を助けたいなら」


「分かってる。だから二人には正直に話してるんだろ」


「……母親のためにエリクサーを?」


「まあ……な、母さんには普通の怪我を治す回復のポーションはほとんど効果がないんだ。魔力回復や増血、解毒のポーションも試した。帝国医の度重なる診断でも原因不明。……もう万病に効くと言われるエリクサーしかないんだ」


「ニールの母上は帝国の妃だろう? 皇帝の力を持ってすれば大陸中から情報が集まるはずだ。なぜそうしない?」


 ミストレアの無遠慮な問いに神妙な顔のニールが答える。


「確かに、母さんは帝国の妃の一人だが正直待遇がいいとは言えない。そもそもオレが幼い頃は帝国の王子の一人とは認識されていなかった。母さんも一人でオレを育てるつもりだったのか親父にオレのことは言ってなかったようだ」


 親父とは帝国の皇帝その人だろうか?


「ある日家に帰ると母さんが倒れていた。すぐに医者を呼んだよ。でも原因はわからなかった。その日から母さんはベットから起き上がることすら困難になった。体調のいい日は外を散歩することもできる。ただ、時に立ち眩みのように突然意識を失ってしまう。そんな時だ、帝都にあるオレと母さんの二人暮らしの家に来客があった。どうやら母さんを診てくれた医者が帝国でも有数の名医の一人に声をかけてくれたようだった。……先生には本当に感謝しかないよ。関わったなら少しでも手助けになりたい、とそう言って」


「先生はいまでもレイニア様の邸宅を訪ねてくれます。お医者様の鏡のような方ですよ。先生が様子を見に来てくださるとレイニア様も身体の調子を忘れるくらい嬉しそうです」


 どうやら先生と呼ばれる人物はニールやフージッタさんにとっても大事な人のようだ。

 言葉の端々に尊敬の念を感じる。


「先生もつくづく溜め込みやすい人だ。患者一人一人にきめ細かい対応をして、その後の経過まで気にしてるんだから……。コ、コホンッ、話が脱線したな」


 ニールは照れくさそうに咳払いした後話を続ける。


「先生の話はともかく、訪ねて来た医者は帝国の帝国医。つまり皇族や要人の専属の医者みたいなものだ。そこから話が大きくなった。原因不明の病に罹った患者の話はどこからか親父の耳に入った。まあ、伝染病の類いも疑われたんだろうな。実際は移るような症状じゃなかったみたいだけど」


「そういえば、あの時の皇帝陛下の慌てようは凄かったって副隊長は言ってましたよー。むかーし皇帝陛下のお知り合いだった女性が不治の病に罹っている。それがレイニア様だって気付いたら、皇帝陛下は公務も手に付かなくなったらしくて、相当ショックを受けたみたいですねー」


「親父のその辺の話はいいだろ」


「なんだ、両親のそんな話は恥ずかしいのか?」


「か・ら・か・う・な!」


 べイオンの指摘に顔を真っ赤に染めたニールが否定する。

 やっぱり結構デリケートな問題なのかな?


「ともかく、そこからは劇的に生活は変わった。帝都の端、過去の皇族が住んでいた屋敷に移り住み、母さんは帝国医に常に診てもらえる環境が与えられた。影の護衛として師匠が派遣されてきたのもこの頃だな」


 師匠?

 あの水晶砲弾の魔法もその師匠に教わったのだろうか。


「母さんが帝国医に診察して貰える環境なのは親父に感謝してもいいな。ただ帝国有数の名医でも直せないなら望みはエリクサーぐらいしかない。幸い、時間が経過しても症状は悪化することはなかった。安静にしていれば当面の間、問題はないだろうと。……ただ、オレが嫌なだけだ。母さんが自由に歩けないなんて」


「うぅ、おいたわしや、ニール様ぁ」


 ニールに否定されて落ち込んでいたゼクシオさんがいつの間にか復活している。

 ……な、泣いてるのか?

 随分感情豊かなんだな。

 フージッタさんは終始笑顔なのに。


「帝位継承権に興味はない。エリクサーさえ見つかれば……まあ、そんな訳で冒険者として活動しながら大陸各地で情報を集めてるってわけだ」


「そういえば。クライ、今度からはニール様、と呼ばないといけないんじゃないか? なんたって、ははっ、本物の王子様なんだから!」


 そう……だな。

 ちょっと信じられないけど。


「いやっ、いいって二人は普通にニールと呼んでくれ! 帝国の王子でも帝位継承権第六位の第四王子だ。それにオレは帝国でも知られていない隠し子みたいなものだ。多少皇族としての訓練は行っているがオレ自身はただの庶民だよ」


「そうだ。これからもニールの友人として接してくれればいい」


「ワタシたちのことは好きなように呼んで頂いて構いませんよー。ニール様のご友人は貴重ですからー」


「私は認めていないぞ。ニール様のお側にいたいなら私を倒してからにしろ。そもそもだな、先程の戦いでも大して役にたたな――」


「ゼクシオ〜。ちょっとあっちで話をしようかー。どうやら行き違いがあるみたいだねー」


「な、私はただ……」


「いーから、こっちきて。ごめんね〜、ゼクシオは空気読めないからー」


 フージッタさんは笑顔のままゼクシオさんを引っ張っていく。

 最初は抵抗していたゼクシオさんもフージッタさんの笑顔の圧力に圧倒されたのか、最後には大人しく連れていかれた。


「悪いな。ゼクシオが変に絡んで。戦いの時には頼りになるんだが、どうも時々暴走するのが悪い癖なんだよな。……時間稼ぎ助かった。クライたちが戦うのを見てたら……なんだか勇気を貰った気がするよ。こんな所で挫けるなって……」


「その……なんでそんなに事情を教えてくれるんだ」


 ずっと疑問だった。

 出会いからして不思議な関係だった。

 昨日知り合ったばかりなのに妙に気が合うところもあって、一緒に狩りをすることになった。

 不意に強敵に目を付けられて苦戦しながらも撃退した。

 それでも……こんなにも大切な話をしてくれるなんて……一体なぜ?


「さあ……誰かに話したかったのかもな」


 ポツリと呟くニールの一言は何故か胸に響いた。

 どこか寂しさの含まれたその音が。






 セイフリム王国王都パレルニア。

 大陸中央から東南に位置する住民約二十万人を誇る大都市。

 有事の際には王国各地に派遣される騎士団の本拠地が存在し、多くの実力者の集う場所。

 都市を守る障壁は三重に配置され、区画ごとに分割されている。

 

 ギガントアントイーターを退けてニ週間。

 借り受けた馬車に揺られながらもついに王都外縁まで辿り着いた。

 馬者を操るフードを被った御者がこちらに振り返って尋ねてくる。


「やっと着きましたねー。どうです。目的の王都を見た感想は?」


「……言葉にならないですね」


 バヌーも十分広い都市だと思ったけど、実際に王都を間近に見ると規格外の規模だと感じる。

 バヌーよりさらに大きい門を越えると活気の溢れた商店が所狭しと並び、人々の喧騒が五月蝿いぐらいだ。

 馬車の通路には背の高い見慣れない棒が等間隔に設置されている。

 あれが噂に聞く、明かりを点ける街灯なのか?


「王都にはまだ訪れたこと無かったけど、帝都に負けない位発展してるな。お、あれ見ろよ、クライ、ミストレア」


 ニールの指差す先には巨大な塔があった。

 無数に存在する建物から突き抜けて高い、とんがりとした角張った屋根のある塔。


「おお、あれは……時計塔か? ははっ、あんなに巨大だとは思わなかったぞ。見ろクライっ! 凄いな、まるで天を突くような高さがあるぞ!」


 馬車が近づくと改めて大きさを実感する。

 人はこんな大きな建造物まで建ててしまうのか。


「王都観光もしたいですけど、まずは宿を探しましょうかー。日が暮れる前に見つけたいです」


 無邪気にはしゃぐミストレアにフードの奥で苦笑しながら笑いかけるフージッタさん。

 なんだか少し恥ずかしいな。


 そう、この馬車を操る御者の正体はフージッタさん。

 エリクサーを探すニールたち一行は俺たちと共に王都まで旅することになった。

 ニール曰く初めからついてくるつもりだったらしいが、帝国の王子だとバレてしまったため乗り合い馬車ではなく、副隊長さんが調達してくれた馬車で王都を目指すことに。

 他者の乗り合わせる馬車は護衛にも負担がかかるためこの方が都合が良かったようだ。


「ここにいるのか……」


 父さんから聞いたいまだ会ったことのない家族。

 会ってどんなことを話せばいいんだろう。

 どんな顔で会えば……。

 

 馬車は王都を進む、この先の未来に向けて。

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