第22話 不可避の戦い
「――――っ、アイツ、こっちに気づいてるぞ!」
始まりはニールの叫びだった。
崩壊したコンバットアントの巣穴を背にゆっくりと振り返るギガントアントイーター。
その巨体に比べて小さな瞳がこちらを認識しているのに気づくまで大して時間は掛からなかった。
二人して弾かれるように走り出す。
巣穴から三百mは距離の離れた崖の上。
ギガントアントイーターの視界に入らない背後に位置していた。
なぜ隠れているのに気づかれたんだ。
必死の形相で走るニールを追いかける。
積層虫の谷、その谷底から出口に向かって駆け上がるように無数の岩石の合間を抜ける。
背後ではギガントアントイーターの動きで崩れ落ちる瓦礫の音が響く。
「どうする? このまま逃げ続けてもバヌーには帰れない。どこかでコイツを撒く必要がある。こんなヤツをバヌーの街まで引き連れたら障壁なんて簡単に崩されちまうぞ」
「クソッ!」
淡々と喋るべイオンの言葉にニールが焦った顔で悪態をつく。
それと同時にハッとした。
そうだ、このままバヌーまで辿り着けたとしても、ギガントアントイーターに追われたままならどれほど街に被害を及ぼすか予想もつかない。
巣を守るコンバットアントの集団すら物ともしない魔物だ、街の障壁で耐えきれるとは到底思えない。
冒険者の守りがあっても街には相当の被害を及ぼすだろう。
結局の所なぜ追ってくるのかは別として、どうにか逃げ切らないと……。
考えながら並走する中、べイオンがギガントアントイーターの生態について詳しく教えてくれる。
ありがたい、今は逃げ続けるだけしか出来ないとはいえ相対する相手の情報は欲しい。
「ギガントアントイーターはアントイーターの上位個体であり、その主食はコンバットアントを始めとした蟻の魔物だ。普段は地中に潜って移動しているのか滅多なことでは目撃されることはない。また、偶然食事の最中に遭遇してしまっても人を積極的に襲ってくるようなこともない。それ故に各国も冒険者もわざわざ自分たちから討伐しようともしないし、考えなかった。下手に刺激しなければ無害な魔物だからだ。それに過去には名声のために討伐しようとして手痛い損害を受けた事例も存在する。食事中のギガントアントイーターにちょっかいをかけたことで機嫌を損ねたのか延々追い続けられたようだ。その愚か者共は自分たちの身の安全のために都市に逃げ込んだ。多くの冒険者の協力で討伐こそ出来たが都市機能が半壊し住民にも多くの被害がでる事態まで発展した。そういった背景もあり冒険者の間では目撃したとしても戦いを挑むことはしなかった。長年不可侵の存在だった訳だ」
「そんな細かいことはいいっ! いつ追いつかれてもおかしくないんだ。戦闘に関することだけ教えてくれ!」
「……そうだな、悪い。まずギガントアントイーターで最も特徴的なのは再生能力を有することだ。アントイーターの時には無かったその能力はたとえ出血を伴う傷でも時間をかければいずれ治ってしまう。さすがに欠損した部位はすぐには治らないだろうが、長期戦になれば巨体に見合った無尽蔵の体力と再生能力で圧倒的に不利になるだろう」
コンバットアントの酸で焼け焦げたはずの傷口はものの数分もしない内に綺麗に塞がっていた。
「巨体そのものも武器だ。全身を覆う薄い毛は柔らかそうに見えて、実際は天成器の攻撃でないとまず傷もつかないほどの硬度を誇る。両手の爪はコンバットアントの甲殻も容易く潰し、細長い舌は標的を絡め取り逃さない」
巨大な爪はそれ自体が脅威だ。
しかし、それよりも舌の方が厄介かもしれない。
一度に何体も絡め取られたコンバットアントたちは纏めて舌で締め上げられ、体液を撒き散らしながら砕け散った。
「最大の脅威は土属性魔法を使うことだ。土中を自由に潜航し、地上でも土魔法を用いて攻撃してくるらしい。地面に大穴を作り出すヤツだ。魔法による大規模な範囲攻撃をしてくる可能性もある。これについては情報は少ない。不審な行動を見かけたら注意しろ」
大規模魔法……。
地面から這い出てきたとき底の見えない大穴が開いていた。
あれが魔法によるものかは不明でもそれに似た攻撃はしてくるかもしれない。
サラウさんは魔法の発動を予測するには魔力察知のスキルが
必要だと教えてくれた。
……瞑想を続けていても未だ魔力を体内の感じ取ることはできていない。
ステータスを確認しても新しいスキルは習得していない。
それでも……。
ようやく谷を抜け地上の荒野にでた所で後ろを振り返る。
どうやらギガントアントイーターは急な谷の登り坂を這い上がるのに苦戦しているようだ。
しかし、一時的に速度は遅くなってもそれでもその巨体で確実に谷の上に登ってきている。
地上で再び追いかけっこになれば隠れられる場所の少なさから追いつかれる。
「いましかない、この先はバヌーまでほとんど何もない荒野が続く。アイツを振り切れるか確証がない。ここまで何度か隠れてやり過ごそうとしてきたのにその度に発見された。追跡を振り切ることは難しい……ここで迎え撃とう」
硬く険しい表情でこちらを見詰めるニール。
ここで決着をつける積もりだ。
入り組んだ岩場に誘導してもギガントアントイーターの追跡を振り切ることは出来なかった。
視界に入っていなくても何故だか発見されてしまう。
ニールの言う通り、このままバヌーまで引き連れてしまうなら……もはや戦うしかない。
「……一応切り札はある。討伐は出来なくても撃退は出来るかもしれない」
「疑り深いニールがこんなに短期間で仲間として認めている人物は滅多にいない。クライとミストレアと共に戦うなら十分勝算はあるかもな」
「べ、べイオンッ! 変なことを言うな!」
「ははっ、僅かでもこの場を切り抜ける可能性があるなら賭けてみる価値はある。ここは私たちをものすご~く信頼しているニール君の提案に乗ってやってもいいんじゃないか?」
「おいっ! ミストレアもからかうなよ!」
ミストレアのおどけた態度に強張っていたニールの表情も柔らかくなる。
ギガントアントイーターを撃退する。
ニールとべイオン、そしてミストレアがいれば、この困難も乗り越えられるかもしれない。
「分かった……やろう」
「もしもの時は……オレたちがなんとかする」
「……ニール、いいのか?」
「緊急事態だ、仕方ないだろ。それに、こんな所で死ぬ訳にはいかない……死なせたくもない……とりあえず作戦を練ろう」
神妙な面持ちで谷底を眺めながらべイオンと話すニール。
振り返った顔にはなにか重大なことを決断した覚悟の表情を浮かべていた。
ギガントアントイーターの振り下ろした巨大な爪を盾で受け止める。
あまりの重さに軋みギチギチと悲鳴を上げるトレントの盾。
――――盾が壊れる。
咄嗟になんとか軌道を横にズラした。
地面にぶつかり轟音と土埃を巻き上げる。
危なかった、たった一発受け止めただけで盾を壊されるところだった。
「行け! 【クォーツアロー6】!」
頭上をニールの援護攻撃、六発の水晶の矢が次々と飛んでいく。
左肩付近に命中すると砕け散った水晶がキラキラと空中に舞う。
しかし、直撃を受けたはずのギガントアントイーターは僅かに身じろぎした程度で動きを止めない。
のっそりとした動きで地面に埋まった爪を引き抜いた。
撃退のために考えた作戦はこうだ。
ギガントアントイーターの防御力に属性矢ならともかく錬成矢の攻撃は効き目が薄いと予測した。
そのため、コンバットアントを狩っていた時とは前衛と後衛を逆にする。
俺は前衛兼囮として攻撃を避け、盾で弾くことに専念し、ニールの魔法を主体に攻める。
ニールの切り札の一つは魔法にあるらしい。
発動までに時間が掛かるものの威力はかなりの自信があるようだ。
ミノタウロスの時のような綱渡りの戦い。
それでも……勝機はある。
「やっぱり初級魔法じゃ威力が全然足りない! そっちは大丈夫か!」
「盾の負担が大きい! 連続で攻撃を反らせないかもしれない。動き回って避けることに集中する。気にせず魔法で攻撃してくれ! ニールの魔法だけが頼りだ!」
互いを狙った攻撃に巻き込まれないように距離を取って戦う必要がある。
上手く囮の役割を果たさないと……。
「なんとか注意を引いてくれ! 切り札を放つにもギガントアントイーターに少しはダメージを負わせる必要がある! ここからは中級魔法で攻める。【クォーツバレット4】」
今度は顔面目掛けて飛んでいく水晶の塊。
銃弾のような形状をした水晶の魔法は、瞬く間にギガントアントイーターの頭部に命中した。
(流石にさっきのニールの魔法は効果があったようだな。いままで物ともしなかったのに、少しは痛がった素振りが見えたぞ)
「こっちも負けていられない。やるぞ、ミストレア!」
戦いは徐々に激しさを増していく。
巨大な爪や柔軟に動く舌の攻撃を躱しながら合間を縫うように反撃する。
体毛の頑丈さを考慮して同じ箇所を狙って錬成矢を放った。
しかし、残念ながら大したダメージにはならないようだ。
突き刺さった矢も時間が経つごとに抜けていってしまう。
本当に再生能力は厄介だ。
それに比べて、ニールの撃ち出す水晶魔法は確実にギガントアントイーターに命中してダメージを与えている。
魔法が命中すれば身じろぎをして動きを止め、頑丈な皮膚も出血と共に傷つけていく。
それでも見上げるほどの巨体には決定打に欠けるようだ。
ギガントアントイーターは戦闘開始から暫く経ったはずなのに傷は増えても動きは鈍っていく様子はない。
マズい、流石にうっとおしくなったのかニールばかりに攻撃が集中し始めた。
両手を高く振り上げ二足歩行で立ち上がるギガントアントイーター。
ここに来て今までしてこなかった攻撃方法を取るのか。
振り上げた両手でニールを捕まえようと一帯を包囲するつもりだ。
「ニール、片腕に攻撃を集中しろ。包囲を破るんだ」
「おう、吹っ飛べ【クォーツスプレッド】!」
急接近してくるギガントアントイーターに対してニールとべイオンは冷静だった。
逃げ場のない地面を削りながら迫るギガントアントイーターの両腕。
その片腕にあえて自分から接近してべイオンの先端を突きだす。
呪文の詠唱と共にその先端に作り出された拳大の水晶塊が腕に向かって勢いよく炸裂した。
至近距離から水晶の散弾を受けた腕は包囲を真正面から突破され地面に叩きつけられた。
「体勢の崩れたいまが好機だ」
「分かってる。これから切り札の準備にかかる。クライ! アイツが起き上がったら少しの時間でいい、足止めを頼む!」
包囲を破りギガントアントイーターから距離をとるニールとべイオンに頷いて答える。
ギガントアントイーターが体勢を立て直すのは思いの外早かった。
ニールの魔法の直撃を受けた右腕をダランと垂らしたまま、再び後ろ足二本で立ち上がる。
さて、どうする。
錬成矢も大して効かないなら打てる手は限られている。
(魔法の構築を始めたニールとべイオンに近づかせる訳にはいかない。クライ、父上から旅立ちの餞別に貰った属性矢があるはず、狙うなら頑丈な体毛に覆われていない場所を撃つ必要がある)
風の属性矢。
父さんの説明では属性矢の中でも最速を誇る風を纏う貫通の矢。
確実に近づいてくるギガントアントイーター。
その動きが唐突に止まる。
不可思議な動きに疑問を覚えた時、細長い口元から突然薄い赤色の舌がまるで鋭い槍のように迫ってくる。
地面スレスレを荒野に点在する岩の塊を砕きながら滑るように進む。
軌道は予測できそうもないほど不規則で、それでいて障害物に当たってもスピードが落ちない。
「――――っ」
危ない、直撃コースだったのが直前で翻したおかげで難を逃れた。
「右だ!」
「くっ」
ミストレアの叫びに咄嗟に反応できた。
間一髪で舌を躱す。
舌槍は地面に突き刺さり土煙を上げ、再び口元に戻っていく。
当たり一面は無軌道に動き回った舌槍で土煙が立ち込めている。
属性矢を撃つなら何処に撃てばいい。
ニールとべイオンにギガントアントイーターが辿り着くまで時間がない。
「クライ、また来るぞ!」
柔らかいはずの舌まで武器になるのか……。
その時、不意に一つの考えが浮かぶ。
……やってみる価値はあるかもしれない。
(ミストレア、当たりそうな攻撃があったら教えてくれ! 俺はいまから……逃げる)
(なっ、なにを…………いや、分かった。何か考えがあるんだな。後ろは私が見る。振り返らずに進め!)
伸びる舌槍を背に走り出す。
ニールとべイオンから離れるように走りながらミストレアの指示の元、屈み、飛び、時に岩陰に隠れ、身代わりにしてギガントアントイーターと距離をとる。
まだか。
時折後方から地面や岩にぶつかる舌槍の音が響く。
無軌道だった舌槍が背中越しに身近に迫っているのが分かる。
まだか。
その瞬間は突然来た。
――――舌槍が伸び切る限界が。
「クライ、逃げ切ったぞ。あの長い舌を振り切ったんだ」
ここだ、この三十mは離れた位置。
風の属性矢を弦につがえる。
一息の呼吸と共に撃ち放った。
「グウゥゥッ!!」
初めてギガントアントイーターの苦痛らしい声を聞いたかもしれない。
放たれた矢は風を纏い空を引き裂き、舌の根元を抉るように貫通した。
(そうか、舌を動かしている間、アイツは一歩も動いていなかった)
そう、舌の操作に集中しているのかコンバットアントを纏めて拘束する時も、身体自体はその場に固定されたように止まっていた。
舌が伸び切ってしまえば動かないギガントアントイーターは絶好の的だ。
そして、舌の根元を狙ったのは舌全体が柔軟に動いていたからだ。
攻撃の時、無軌道に動いているように見えて実際に岩を貫き砕くのは先端のみ。
一種の賭けだったが根元は先端よりは柔らかいとの予想は当たっていた。
(舌が千切れるほどの威力は無かったが十分ダメージは追わせられた。これなら――――)
(まて、おかしい)
何だ?
ニールとべイオン目掛けてギガントアントイーターは左手を伸ばす。
「グワワアアァァァア!!」
左手を広げた先に作り出される多量の土。
瞬く間に球体に集まり固まっていく。
土魔法か!
ニールたちとの距離はかなり離れている。
それでも魔法で攻撃しようとするとは……それだけニールの切り札を警戒したのか。
「マズい、ニール! 魔法を中断するんだ、そこを離れろ!」
あの土魔法こそギガントアントイーターの切り札なのか、球体に集まった土は鋭利な棘の生えた攻撃的はフォルムに変化する。
まさか、ニールたちのいる辺り一帯をまとめて吹き飛ばすつもりか!
「な、これは……!?」
「ミストレア、どうした!?」
「生体感知に反応がある。誰かが凄い速度で近づいてくるぞ」
「グワワアア!!」
魔法を中断したニールたちに向けてギガントアントイーターの土魔法が放たれる。
無数の土棘の球体。
三m近くの直径は見た目からでもとてつもない威力を想像できる。
「ニール! べイオン!」
それが――――。
「【闘技:竜断斬り】」
ニールを庇うように現れた人物により真っ二つに切断された。
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