第4話 アルレインの街



「今日は買い物に付き合ってくれてありがとう」


「いつもありがとね〜」


 肩まで伸びた赤い髪に動きやすい白とブラウンの服を着たアニスが明るい笑顔を浮かべた。

 腰には今日の買い出しのためにカインさんから借りてきたマジックバックと、彼女の天成器フーラがベルトに留められている。


 何事にもおっとりとした性格なフーラは白銀の短杖だ。

 アニスはフーラを格納することなく普段から持ち歩いていて、いろいろ相談に乗って貰うらしい。

 俺にも秘密らしいからどんなことかはわからないけど。

 

「今日はどこに行くんだ?」


「お野菜と常連さんのお酒が必要だから街の北のハクバ商店と……あと教会にも行きたいな。お母さんから『お菓子を持って行って』て言われたから。まあ……お父さんが作ったんだけどね」


 アルレインの街の北側は人の出入りが激しいメインストリートになっていて多くの商店や露店が並んでいる。

 防具屋や食料品店、いつも狩った獲物を売りに行くダグラスさんの肉屋もある。

 お店に並ぶ食品、特に野菜の大半は街の東にある農場で作られていて、街に安定した食料を供給することが出来る。

 さらに農場の近くには警備隊や冒険者によってある程度魔物を排除している森が管理されていて、そこから木材や山の幸などを採取することが出来る。

 もちろん、どちらも魔物の襲撃から守る警備隊も必要だが。

 

「防具屋にも寄っていいか? 一昨日魔物に襲われていた冒険者が寄ってくれと言ってたんだ」


「うん。もちろん。いつもわたしの買い物ばっかり付き合ってもらうから、たまにはクライの用事にも付き合わせて」


 上機嫌そうにアニスが笑う。


「アニスってば。今日の買い物を楽しみにしてたんだから〜。行く場所が増えるのはむしろウェルカムだよ〜」

 

「もうっ。フーラだって楽しみだっていってたのに!」


「ははっ。2人は普段通り元気だな。見ているこっちまで楽しい気分になるよ」


 真っ赤な顔のアニスに向けてミストレアが愉快そうに話し掛ける。

 ミストレアもアニスとフーラとはよく会話する。

 気に入った相手としか話さないんだが2人のことは認めているようだ。


「まずはハクバ商店に行ってそれから教会、最後に防具屋だな」






 ハクバ商店では何事もなく必要なものが揃えられた。

 常連のためのお酒は、王国領の西、帝国からわざわざ仕入れているそうだ。

 国境近くの城塞交易都市では帝国との交易が盛んでそこから輸入される。


 星神教会内には孤児院と教育所を兼ねる星神教会と、犯罪者を裁き勾留する武装教会の2つの勢力がある。

 いま向かっている星神教会は魔物や瘴気獣との戦いで孤児になった子供たちの世話をしていて、前に勉強会に参加させてもらったが街の子供たちと孤児たちは、教会で常識や文字、歴史を教わっている。

 天成器生成の儀式やクラスアップも教会で行っていて、街にはなくてはならない存在だ。


「教会のみんな喜んでくれるかな? お父さん気合入れてたくさんお菓子を作ってたんだ」


 入口の門を通ると神の石版の置かれた聖堂があり、その脇の孤児院の広場では子供たちが晴天のなか元気よく走り回っている。

 魔物や瘴気獣との戦いで親が亡くなり、孤独になった子供たちは星神教会に預けられ、街からの支援で教育が受けられる。

 将来は街の守備隊や冒険者になったりする子供たちもいて、街の領主様や冒険者ギルドからも寄付があるそうだ。


「あら、こんにちわ。今日はどうしたの? 礼拝にいらしたのかしら?」


 王都から来たというシスタークローネがこちらを見ながら尋ねてくる。

 アルレインの街は王都から離れているし、規模も遥かに小さいはずだがなぜわざわざここに来たのだろう。

 以前それとなくアニスが聞いた話ではなりゆきでそうなったらしい。

 落ち着いた話し方でどこか品のあるシスタークローネはすぐに街に馴染んでいた。

 

「今日はいつもお世話になっているお礼にお菓子を持って来たんです。お父さんがたくさん作ったのでおすそ分けです」


「まあっ。ありがとうございます。子供たちが喜びます」


 上品に微笑むシスタークローネはアニスの出したお菓子を受け取る。

 この間はシスターアンネが子供たちに混じって大量にお菓子を食べていたが今回は大丈夫だろうか?

 ……シスタークローネにすごく怒られてたけど。


 聖堂は礼拝のため今日も何人もの人が出入りしている。

 星神様の他に天使によって知らされた七柱の眷属神も祀られている。

 技巧の神、闘争の神、錬金の神、繁栄の神、意匠の神、魔獣の神、審理の神。

 それぞれは星神様に仕えこの世界を支えていると言われている。


 ふと教会の入口を見るとなにやら騒がしい。


「すみません! 通してください!」


「シスターさん! 怪我人だ! 足を折ってるみたいなんだ。助けてくれ!」


「うぅぅ……」


 担架に積まれた男の子が痛みのせいか汗を額に浮かべ苦しそうだ。


「すみません、私も手伝いに行ってきますね!」


 シスタークローネが慌てた様子で入口に向かう。

 

「う〜ん、痛そうだね〜」


「手伝えること……あるかな?」


「骨折となると初級のポーションでは治らない。……でもここには中級回復魔法の使い手がいるから大丈夫だ」


 神の石版ではクラスを選択することが出来る。

 八つの初級クラスのなかには治癒師のクラスがあり、取得することでいままで魔法を勉強、鍛錬していない人でも簡単に回復魔法を習得できる。

 街の戦いを望まない多くの人は回復魔法を授かるため治癒師を選択する。

 魔物の襲撃があるため需要があるからだ。

 しかし大半の人は基礎回復魔法のヒールまでしか習得できていない。

 それでも軽い裂傷や擦り傷は治せるが、たまに教会にも骨折や重症の怪我人が運ばれてくる。

 病院でも治療はしてくれるが教会を頼る人は多い。


「こちらの机に寝かせてください。………【エクストラヒーリング】」


 シスタークローネの手から柔らかく光る緑の燐光が輝き男の子の体を包む。

 苦しそうだった顔が穏やかになっていく。

 無事に治って良かった。


「これでひとまず大丈夫でしょう。詳しいお話も伺いたいので、まずはこの子をお部屋で寝かせてあげてください」


 シスターさんたちが手際よく教会のなかに運んでいく。


「ふ〜。大丈夫そうだね。わたし、なんだか緊張しちゃったよ〜」


 アニスは自分のことのように心配していて見ているこっちがそわそわしてしまった。


「クライ、あの姿を見ると……あの時のことを思い出さないか?」


「それは……」


 ミストレアのからかう声を聞いて昔教会にお世話になったことを思い出す。

 あの日、ステータスに記されたあるスキルを使った……いや、スキル名を唱えた時俺は意識を失ってしまった。

 教会に運ばれたが原因不明で三日間は意識が戻らなかったそうだ。

 あのスキルを使ったのはニ回だけ、一度目は倒れてしまったがニ回目は……。

 

「あの時のことはもういいだろ。忙しそうだし挨拶だけして次に向かおう」


「はは。そうだな。次はあの面白い子が言っていたエンマーズ防具店だな。さっそく向かうとしよう」


 そうニ回目はたった半年前のこと。

 あの禁忌の森での決して忘れることは出来ない、忘れてはいけないこと。


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