第2話 生成の儀式
僕たち今年十歳になった子供たちとその家族は教会の中庭に集められた。
教会の隣には孤児院も建てられていて、走り回れるくらい広い中庭には普段見かけない人がたくさんいる。
見渡すと子どもたちはキョロキョロとして落ち着かない様子だ。
「ねえ、昨日は眠れた? わたしぜんぜん眠れなかった」
眠そうにあくびをしていたアニスが口元を抑えながら話し掛けてくる。
周りに大勢の人がいるせいか耳元にひそひそと話す。
「僕もあんまり」
教会の中庭では青い祭服を着た司祭様とシスターさんがこれから儀式の説明をしてくれるようだった。
「皆さん、こんにちは。本日、天成器生成の儀式に立ち会わせて頂くウェスと申します。皆さんとはあまり会う機会がないため初めて会う子たちも多いですね。儀式では今日持ってきてもらった皆さんの大切なものを使い天成器を生み出します。天成器は神様が授けてくださった私たちと共に生き、共に戦う大切な武器です。必ず皆さんの人生の助けになってくれるでしょう。事前に決めた順番通りにご案内しますが、お待ちになる方には控え室にてあらためてシスターアンネから儀式について説明をさせて頂きます」
「先程ウェス司祭から紹介頂きました、アンネです。みなさんの中には教会での勉強会に来てくれている子もいますね。今日はみなさんにとってとても大切な儀式の日です。控え室にはお菓子も用意しているので、落ち着いて儀式の順番を待ってくださいね」
柔らかい笑顔をしたアンネさんは僕たちを控え室に向かって案内する。
アンネさんとは教会の勉強会にアニスと一緒に参加した時に出会った。
勉強会は街の子どもたちのほとんどが参加していて数の数え方、文字の書き方など色んなことを教えてくれる。
アンネさんの丁寧な教え方は子供たちに好評だ。
控え室に集まった子供たちとその家族が入っていく。
今日は僕たちの番だが時間や日付を調整して何回か儀式のために集まるらしい。
知らない子の方が多いが、近所に住んでいる守備隊員の息子のミックがいた。
こちらを見て驚いた顔をしている。
控室の椅子に座ったアニスは早速テーブルのお菓子を食べようと手を伸ばしている。
大きなお皿に盛られたクッキーはいろんな形に型どられていて見ているだけで楽しい。
「待っている間に今日の生成の儀式について説明しますね」
アンネさんはお皿に山盛りに置いてあるクッキーを食べるよう促しながら、自分でもぱくぱくと摘まみ始めた。
すごい勢いでクッキーが減っていく。
「はじめに天成器の歴史についてご説明したいと思います。人類が魔物の脅威に脅かされ、魔物の王と呼ばれる強大な存在が現れた時、世界各地に神の石版と呼ばれるものが現れました。星神様、その御方が人類に新たな戦う力を授けて下さった偉大なる御方なのです。私たち教会の者が信仰しているのも星神様ですね。この場では簡潔に説明しますが、神の石版にはこの後に儀式に使う水晶玉の作り方が記され、生物を襲う瘴気獣が現れた時、天成器のことについても記されました」
見たことのないシスターさんがお水を持ってきてみんなに配ってくれる。
アンネさんはお水を飲み、のどを潤すと青い瞳を大きく開くと早口に説明を続ける。
「強大な魔物や瘴気獣を討つ意思宿す武器。人類に授けられたそれは一人一人違う形、力に変わっていきます。宿った意思は個性があり一つとして同じ天成器はありません。神様の実在が証明されて以来、私たちは偉大なる神の御業に触れているのです」
部屋にいるみんなは熱狂した様子で神様について語るアンネさんに少し引いているようだ。
入ってくる時は騒がしかった部屋全体が静まり返ってしまった。
そんな静寂をやぶるように、お水を持ってきたシスターさんがアンネさんに落ち着くよう声を掛けている。
「少し興奮してしまいましたね」
明るい栗色の髪を撫でつけながら照れたように笑うアンネさんは、またもやクッキーを口に運んだ。
あれだけ大盛りだったお皿のクッキーはもうほとんどない。
お水のシスターさんが呆れた顔をしつつも追加のクッキーを持ってきてくれた。
きっとすぐ無くなるんだろうな。
「星神様は戦う力以外にも授けて下さいました。有名な事柄は言語の統一ですね。世界各地に神の石版が現れた時、言語の統一がなされ、いままで言葉の通じなかった国や種族同士が一体となって強大な魔物の王と戦うことができたのです。それが新暦の始まりですね」
アンネさんの話を聞くとたしかに星神様はすごいと思う。
言葉が通じないなんてウソみたいだ。
「では、お入りください」
お水のシスターさんに案内され部屋に入ると、部屋の中央にはウェス司祭が待っていた。
綺麗に掃除されている空間は、どことなく神聖な空気が漂っている気がして少し緊張する。
「改めてこんにちは。早速ですが儀式に使う貴方の大切なものは持ってきていますか? 持っていれば水晶玉の前の台の上に置いて下さい」
青い水晶玉の前に父さんから貰ったナイフを置く。
このナイフはいままでずっと使ってきた宝物だけど、だからこそこれからずっと一緒にいる天成器には必要だろう。
アニスはお気に入りの子豚の人形を使うそうだ。
嫌そうな顔をしていたがコーラルさんに説得されて、控え室でもギュッと抱きしめていた。
「儀式は簡単です。水晶玉に両手をかざして、天成器錬成と言葉に出すだけです。気持ちを落ち着けて自分の調子が整ったらでいいですからね。いままで失敗したという人は聞いたことはありません。気を楽にして下さい」
司祭様は落ち着かせるようにゆっくりとした口調で、僕に話し掛けてくれる。
息を吸って深呼吸するがなんだかまだ緊張する。
思わず後ろを振り返り父さんを見ると、真剣な目で僕を見ていた。
「これからずっと一緒にいる家族ができる日だ。緊張しているだろうが心配いらない。父さんもお前の母さんも一生の友に出会えた、気負わずありのままの自然体で臨むんだ」
母さんの話なんて初めて聞いた……。
前は聞いてもまだ早いって教えてくれなかったのに。
ありのまま…。
僕はナイフの前に立ち、両手を水晶玉にかざす。
青い水晶玉は透き通った色をしている。
不思議と心には心配も高揚もなく、無心だった。
「…………天成器錬成!!」
僕が叫んだのと同時、目も眩む閃光が部屋中に広がっていく。
光はだんだんと台に置いたナイフを覆う形に変わっていった。
「はじめまして君が私の所有者かな? 私はあなたの契約者。教えてほしいこれから共に生きる君の名前を」
「……僕はクライ。狩人の息子。これから君の家族になるクライだ」
眩い閃光が収まった先には白銀色に輝く弓が現れた。
普段狩りに使う弓より一回り大きい。
明るく澄んだ白銀色は見るものを穏やかな気持ちにさせる不思議な魅力があった。
「無事成功したようですね、おめでとうございます」
「短弓か。基本の3つではなかなか珍しい。大半は小刀になる。しかし、お前にはピッタリな天成器だな」
2人が祝福してくれる。
天成器は持ち上げると重いと思ったが、予想外に軽い。
まるで僕のために作られたみたいに手に吸い付くようだ。
いや、言葉通り僕のために生まれて来てくれた。
そのことに気付くと無性に嬉しくなる。
「あとは名前を付けるだけだな。名前は相応しい名が思い付いた時でいい。さあ、外でアニスが終わるのを待とう」
「うん、司祭様ありがとうございました」
僕達は教会を出て中庭に向かう。
足取りは軽く、希望に満ちていた。
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