孤高のミグラトリー 〜正体不明の謎スキル《リーディング》で高レベルスキルを手に入れた狩人の少年は、意思を持つ変形武器と共に世界を巡る〜

びゃくし

第1話 狩り



 深い森、木漏れ日の差す藪の中で僕は弓を構えた。

 弓の狙う先には一羽の野うさぎが頭を左右に振り周囲を警戒している。


「クライ、うさぎの行動を予測するんだ。それともう少し呼吸を落ち着けろ」


 僕の後ろから気配を消した父さんがささやく。


「ふぅ……分かった」


 呼吸を整えるため軽く深呼吸して改めて野うさぎを見るとちょうど巣穴を掘り始めていた。

 警戒心を解いた無防備な姿からついさっき他の野うさぎに矢を外した苦い記憶が思い浮かぶ。


 いけない、集中しないと。


 地面を掘るため頭を下げた瞬間を狙う。

 意を決して引き絞った弓から矢を放った。

 弓から勢いよく放たれた一本の矢が藪を抜け、森の静寂を切り裂きながら突き進む。


「当たった!!」


 矢は外れることなく野ウサギを仕留めた。


「良くやった。……次は捌き方だな」


 父さんの大きな傷だらけの手が僕の頭を撫でる。

 ゴツゴツとした手の平は撫でられると少し痛い。

 

「街は近いが今日は血抜きをしてもう帰ろう。明日は儀式の日だからな」


 そう明日は儀式がある。

 魔物や瘴気獣と戦う武器を教会で授かる。

 天成器生成の儀式だ。


「もう帰るの? もっと色々教わりたいのに……」


「そう言うな。ここにも魔物がでることもある。周囲の警戒を忘れてはいけないぞ」


「……うん」


 父さんの天成器から穏やかで低い男性の声がする。

 腰に着けられた黒い線の走った白銀の短剣。

 それが父さんの天成器、ルーク。

 あまり使っているところを見たことないけど、鞘から抜いた刃はつい魅入ってしまうほど鋭い。

 信じられないことに突進してきた猪を一撃で真っ二つに両断するのを見たこともある。


「クライももう立派な狩人だな。弓を引く姿も様になってる」

 

「そんなことないよ、まだまだぜんぜん当たらない」

 

「だが今の兎はしっかり一発で仕留められていたぞ。それにお前は年の割に落ち着いているし、足音を消す技術も上達した。狩人になる適性は十分にある」


「ルーク、あまりクライを甘やかすな」


「う〜ん……分かったよ」


 ルークはそう言いつつも僕にいつも狩人になるよう勧めてくる。

 家族以外の人がいると話さないけど、狩りの話になると途端におしゃべりだ。


「よし、そろそろ帰るぞ」


「はーい」






 僕の住む街は瘴気獣の襲来に備えて周囲すべてが高い障壁に囲まれている。

 瘴気獣は灰色の瘴気を纏い、どんな所にも突然現れ、人も魔物も襲う怖い生物だって父さんは言っていた。

 昔は頻繁に瘴気獣が街を襲ってきたけど、いまではそれほど来なくなったらしい。

 おかげで魔石のない動物はずいぶん狩りやすくなったそうだ。


 街道を歩きながら考えていると見上げるほどの高い壁が見えてきた。


「よう、おかえり! 今日は早いな。獲物は無事取れたか?」


「ああ、明日は儀式の日だからな。今日は早めに切り上げてきた」


「そうか、坊主もそんな年か」


「うん」


 守備隊のラーゼンさんに軽く挨拶すると街の西門を潜り、南側にある家に向かう。


「クライ、隣のカインの酒場にも兎を持っていってくれ」


 家まであと少しの所で父さんはそう言って腰に下げた四羽の野うさぎの内、二羽を僕に渡した。

 僕が一羽を仕留めたあと父さんはあっという間に三羽も仕留めてしまった。

 ルークは褒めてくれたけど残念ながらまだまだ一人前の狩人にはなれそうにない。


 お隣に住むカインさんは背が高く気さくで父さんとは仲がいい。

 いつも愚痴を言うカインさんを父さんがなだめながら一緒にお酒を飲んでいる。


「行ってくる」


「夕飯までには帰って来るんだぞ」


「わかった!」


 赤い屋根のニ階建ての酒場がクラックスの子牛亭、カインさんたち家族が営んでいるお店だ。

 いつもそこそこお客さんが入っている。

 大通りから離れているから隠れ家のみたいで落ち着いて飲めると評判らしい。

 昼間はしまっているお店の裏口から厨房に向かって声を掛ける。


「カインさん、父さんの仕留めた野うさぎ持って来たよ」


「おお、ありがとう。明日は忙しいだろうに、今日も狩りに行ったのか?」


「うん、父さんが、明日のために栄養をつけないとだって」


「まあ、それは嬉しいわね」


 お店のテーブルを拭いていたのか、ふきんを片手にコーラルさんが覗きこんできた。

 カインさんの奥さんのコーラルさんは赤く長い髪をたなびかせて血抜きの済んだ野うさぎを嬉しそうに見ている。

 

「せっかくだからうちのお店で一緒にお夕飯を食べたらどうかしら。今日は早くお店を閉めるつもりなの」


「アニスも喜ぶよ」


 アニスは二人の娘で僕の幼馴染みだ。

 コーラルさん譲りの赤い髪を後ろで三編みにしていて、手先がとても器用な女の子。

 裁縫が得意でよく手作りの人形を作ったりしている。

 普段からお店の手伝いをしていて最近はカインさんに料理を教わっているらしい。


 そういえば今日はどうしたんだろう。

 いつもならお店を手伝っているはずなのに。


「一緒に食べれたら嬉しいですけど……父さんに聞かないと」


「アッシュには俺から言っておくよ。もう帰って来てるんだろ。そうだ、ニ階にアニスが居るんだがもう何時間も何か作ってるみたいなんだ。様子を見に行ってあげてくれないか?」


 アニスが何か作ってる? 

 たしかにアニスはいつもお店の仕事も器用にこなしているけど、いったい何を?


 妙に押しの強いカインさんとコーラルさんのニ人に急かされ階段を上がり右に曲がる。

 一番奥がアニスの部屋だ。


「アニス、なにしてるのクライだけど」


 ドタッと部屋の中から音が聞こえた。


「いま開ける!」


 ドアが勢いよく開くと慌てた顔のアニスと色とりどりの布のようなものが散らばった机が隙間から見えた。

 いつも綺麗好きなアニスが部屋を散らかすなんて珍しい。


「ど、どうしてわたしの部屋に?」


「カインさんとコーラルさんが様子を見てくれって」


「もう、お父さんとお母さんってば!」


 アニスは何故か二人に怒っているようだ。


「せっかく来たなら入って」


 意外と強い力で腕を掴まれ部屋に招かれる。

 部屋の中はきちんと整理されていた。

 小さな壁掛け本棚、桃色のタンス、小物の置ける窓には緑の植物が飾ってある。  

 何度かこの部屋に来ているが特に変わったところはないようだ。

 机の上以外は……。


「もう何度も来ているでしょ! ジロジロ見ないでよ」


 アニスは恥ずかしそうにしながら、僕を椅子に座るよう勧め自分はベットに腰掛けた。


「はい、これ」


 差し出した手には赤と黒の組み合わさった紐を持っている。


 いったいこれは?


 僕が不思議に思って見ていると、アニスはサッと僕の右手首に巻き付けた。


「この組紐は? もしかして今日作ってたの?」


「そうよ、わたしとあなたでおそろい。二人の安全を願うんだって、お母さんが言ってた」


 コーラルさんが言うなら間違い無い。

 カインさんに怒っている姿はいつも笑顔だけどかなりの迫力だ。

 やっぱり間違いない。


「ほらできた」


 右手首には赤と黒の組紐が金属の金具で留められている。

 しっかりと固定されていて簡単にははずれそうにない。

 材料は色のついた皮を組み合われているのか意外と丈夫そうだ。


「狩りのとき目立つといけないから地味な色にしたの。いつも危ない森に入ってるからね。アッシュさんは狩りの名人だけどクライはまだまだ初心者なんだから……本当に気を付けてよ」


「危険なのはわかってるけど早く父さんみたいに一人前の狩人になりたいよ。でもわざわざありがとう……動物の血が付いても大丈夫そうだ」


「変なこと言わないでよ! わたしまで意識しちゃうじゃない!」


「ははは、ごめん」


「もう、人が心配して作って上げたっていうのに!」


 編み込まれた組紐は輝いて見えた。

 恥ずかしそうに笑うアニスの笑顔のように。






 その日の夜、僕たち家族はカインさんのお店にお邪魔していた。

 クラックスの子牛亭は酒場としては小さいそうだ。

 細長い作りの店内はテーブルが三つにカウンター席が六つ。

 お酒に合う料理が美味しいと近所でも評判のお店だ。


 テーブルを繋げて四人座れるように用意すると、カインさんは次々料理を運んでくる。


「どうだ美味そうだろ。全部俺が作ったんだぜ」


 自慢気なカインさんがどんどん料理をテーブルに広げる。

 もちろん僕と父さんが仕留めた野うさぎの料理もある。

 野うさぎのローストはこんがりとした焼き色がついて柔かそうに仕上がっていて見ているだけで美味しそうなのがわかる。


「四羽も仕留めてくれたから、シチューも作ってあるぞ。ちゃんと頭も入ってるからたくさん食べろよ」


「それにしても、さすがアッシュさんね。野兎はぜんぜん見つからないし、すぐ巣穴に隠れちゃうからなかなか仕留められないもの。それを四羽も短時間で狩ってしまうんだから、この街でも指折りの狩人さんだわ」


 コーラルさんの称賛の声に父さんが珍しく照れている。

 なんだか僕も褒められたみたいで嬉しい気持ちだ。


「魔物に比べて動物は警戒心が強いですが年々瘴気獣の出現数が減っているのもあって狩りがしやすいんですよ。数も以前より増えているようですしこれからはもう少し街の住民の食卓にあがることも増えるかもしれません」


 さすがの父さんでもコーラルさんには敬語だ。


「ねえ、早くお祈りして食べようよ」


 たしかにアニスが急かして言う通りすごく美味しそうな匂いが漂っている。

 みんなで料理の前で感謝の祈りを捧げ食べ始める。

 テーブルに置いた大きな鍋からカインさんが具がたっぷり入ったシチューを取り分けてくれた。


「明日は生成の儀式か、俺の時は緊張したな」


「あら、私は早く天成器が欲しかったわよ」


 そういえば五人でテーブルに座っているけど、天成器たちは喋りかけてこない。

 ルークも結構おしゃべりが好きなのにこういう場だとあまり自分から話さない。

 カインさんとコーラルさんの天成器も話してる所を見たことない。


「そうだな。明日が儀式だから軽く天成器について教えるか」


 父さんはそう言って右手をテーブルに置く。

 手の甲には黒い円が二つ重なるように描かれていた。


「天成器は神様から魔物や瘴気獣と戦うため授けられた意思を宿す武器だ。白銀の色を基本として個人個人で違う形を形作る。お前たちも教会で習ったと思うが魔物や瘴気獣は強い。奴らの硬い皮膚や甲殻には普通の金属の武器では太刀打ちできないものも多い。そのため、十歳になったら教会で生成の儀式をするんだ」


「大切なものを持って行くんでしょ? 司祭様に聞いたよ」


 儀式の当日には自分にとって大切なものを捧げるか魔石が必要らしい。

 僕は父さんから誕生日に貰った普段から愛用しているナイフを持っていくつもりだ。

 毎日手入れをして大事に使ってきたけど儀式には大切にしている物ほど必要だろう。


 ……儀式に使うと消えてしまうのは悲しいけど。


「そうだ。魔石でもいいが、大切なものの方がいい。基本の形は三つだ。剣、弓、杖、だいたいその中からどれかが授けられる。そこから錬成することで自分たちで強化していくんだ」


「錬成?」


「自分で倒した、または傷つけた魔物の魔石を天成器に重ね錬成する。錬成するほど強くなり自分だけの武器になる」


 興奮した口調で父さんが話す。

 僕はさっきから疑問だったことを聞いてみた。


「ルークとは狩りのときよく話をするけど、カインさんとコーラルさんの天成器は話さないの?」


「そうだな、それぞれ個性があり、性格も違うから色んなやつがいる。誰だろうと話し掛けるやつや、家族や冒険者仲間とだけ話すやつ、まったく喋らない無口なやつもいる」


「わたしお父さんとお母さんの天成器とお話したことないよ。見せてもらったこともないし……」


「アニスにはまた今度紹介するよ。こいつ無口だから」


 アニスが質問するとどこかひょうひょうとした態度でカインさんは言う。


「黒い刻印は左右どちらかの手の甲にある。これも個人で違ったりするな。天成器を出しているとき刻印は消えて、格納しているときは表れている」


「私たちの手にもあるわよ」


 三人の右手の甲にはたしかに黒い円が描かれていた。


「円が二つあるのはなんで?」


 気になって僕は質問した。


「これは……ダブルと言うんだが、お前たちにはまだ早いな」


 父さんだけでなくカインさんとコーラルさんも円がニつ重なっていた。


「それと、天成器は常に出しておくこともできるが多くの人が格納している。中には閉じ込めるのはかわいそうだと出しっぱなしの人もいるがな」


「だから父さんは普段出しっぱなしなの?」


「まあ……ルークは家族だからな」


「私たちもずっと出して上げたいけど、この子たちは大きいからなかなか出して置けないのよね」


「ああ、天成器は錬成を重ねると大きくなる武器が多いからなー」


「そうだ、天成器には個性があり、性格も違う。世界に一つだけのものだ。明日の儀式が終わればお前たちも授かることになる。大切にするんだぞ」


「うん」「はい」


 僕とアニスは元気よく返事した。

 明日が来るのが待ち遠しかった。


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