第17話 自業自得

「ナン……。愚痴を言ってもいいかしら?」

「ええ、何度でも」

「庭くらいひとりで散策しても、平気だと思うのよ」

「私もそう思いますが、アーネスト様は何を考えているか分からないと言われますと」

「だけどね? この書斎にある本。兵法とか法律とか、そういう国に関わることばかりよ? 面白い小説は一切ないわ」

 アンジュは深いため息を吐いた。

 結局、アーネストの一件を最後にゴシップ記事は徐々になくなり、今は完全に自分達を茶化す記事はなくなった。

 しかし、ゼストは城から――、部屋から出してくれなくなった。

 それも一か月も。

 強引に抱かれることはないが、勿論激しく抱かれるし、することもほとんど無いせいで思考停止状態になりそうだ。

 彼のしていることは、ちょっと激しい。

 いや、かなり歪んで激しい。

「ナン、私の代わりに部屋に居て欲しいの」

「ダメですよ。バレたらゼスト様、お怒りで我を忘れてしまうかもしれません」

 ナンは苦笑して言うが、アンジュは顔を引きつらせた。

 我を忘れて抱かれてしまったら、誰がストッパーになるのだろう。

 そもそも、セイはこのことをなんとも思わないのだろうか。

 彼はどこか客観的なところもあると思っていただけに、助けもなく余計に落ち込んでしまう。

「ナン、お願いよ」

「ダメです」

「ナン! 庭を歩くだけ」

 アンジュが手をすり合わせてお願いするとナンはぎょっとした顔をして、頭を下げた。

「王妃さまがそんなことをするものではありません! すぐに交代しなかった、私が悪いのですから、そんなことしないでください」

 顔を上げると、ナンの困った顔が見えてくる。

「では、寝込んでいる、そういう嘘でごまかしましょう。けれど、ゼスト様のお気持ちを考えると、バレたときのことをお考えください?」

「分かってるわ」

 彼の自分への束縛はもうよく分かった。

 それが本当の愛の証だとも理解した。

 でも、これはきつい。

 ナンはテキパキと動いて、毛布を持ってくるとソファに寝転んだ。

「バレるのは覚悟の上です。どうぞ、行ってくださいませ」

「ありがとう! ナン!」

 そう言って、用意していたショールを久しぶりに被り、丸眼鏡を掛けた。

 そっとドアを開けて部屋を出ると、そろそろとエントランスホールに向かって歩く。

 誰もいないようで、そのまま庭を目指すと視界に大きなドアが飛び込んできた。

(外だわ!)

 思わず浮かれて足を速めると、とんとん肩を叩かれた。

 振り向くとゼストがいる。

「ひっ!」

「どこに行く? アンジュ」

「私はアンジュじゃないわ」

 声を裏声にして、なんとかごまかすが、冷や汗が止まらない。

 俯いて、なんとか顔を隠す。

「その恰好を忘れるわけがないだろう?」

 そう言われると、もうごまかすことは不可能だと思った。

「ごめんなさい」

 ショールを剥ぎ取ると、アンジュは項垂れた。

 上目で見つめると、ゼストが悲し気な眼差しで自分を見つめている。

「ごめんなさい……あの、でも、今から一緒に庭に……」

「そうだな。話がしたい」

 ゼストはそう言って手を絡ませてくると、アンジュの手を引いた。

 そのまま宮廷の中庭に向かって歩くと、ばら庭園が視界に入る。中に入るとふわっと香りが鼻先を掠めた。

「良い香り」

「アンジュ。いつか俺に言ったな? アーネストのように自分も捨てるのかと。同じことをするのかと」

 突然話題を振られて、アンジュは俯いた。

 気持ちが定かでないときに、思わず口を吐いて出たことだ。

 彼がアーネストを捨てたのなら、自分だっていらないと言われる日がくる恐怖があった。

 普通に甘い生活が待っている、なんて考えることなど出来ない。

「俺はアンジュを捨てない。むしろ、あの部屋に閉じ込めて愛でていたい」

「愛でる?」

 アンジュ驚いて顔を上げた。

 そんな人形を愛するような言い方をされて戸惑ってしまう。

「私、普通の愛でいいのだけど」

「それは分かってる。でも、俺にはこういう風にしか愛せない。アンジュ、本気で愛していることは、もう伝わっているよな?」

 こくんと頷いた。

 こんなことをされる側室はいなかったし、アーネストだって別邸住まいだ。

 特別扱いされているのは理解出来る。

 ただ、それが息苦しいのだ。

 それに、彼が自分をここまで愛する理由をまだちゃんと知らないのも不安のひとつだ。

 アンジュは胸元に手を当てて、そっと顔を上げた。

 バラの香りがそこかしこでして、とげとげしい気持ちを和らげてくれる。

「ゼスト? 前から聞こうと思っていたのだけど、どうして私を好きなの? 私じゃなくても良かったはずだし、アーネスト様だっていたのに」

 胸を鳴らせながら、アンジュはゼストの目をじっと見つめた。

 すると、ゼストは赤いバラを一本手折り、アンジュに渡してきた。

 棘に刺さらないように持っていると、自然と緊張で目が潤んでしまう。

「息苦しい日々だった。アーネストは妻ではなく王妃であればいいと、別邸に引っ込んでしまうし、口も聞いてくれない。触れるなんてもってのほかだ。それに、反応するように、側室は王妃の座が欲しいと俺にせがむ。宮中の女性で俺になんの利害もなく接してくれるのまメイドだけだった。でも、ナンからアンジュの話を聞いたとき、この人ならと思った」

 ゼストは歩きながら、アンジュの手を引いた。

 温もりが伝わってきて、少しこそばゆい想いにさせられてしまう。

 改め聞くと、彼は本当に一途に自分を想ってくれているのだから。

「そして実際に話すと、王妃に興味がないと言い切った。静かに暮らしたい、構わないで欲しいと言われて、欲しくてたまらなくなったんだ。今まで俺に縋る女性ばかりだったから、余計にな。でも、君はとても冷静で賢い。オーフィリア国の王妃としても充分だと思う。だから、求婚したんだ。すぐに分かる」

「そ、そんな……改めて聞くと恥ずかしいわ」

 アンジュは頬を染めると、空いた手で頬をおさえた。 

 こんな風に思っていたなんて思わなかったし、側室に居た時のあだ名は酷いものばかりだ。

 引きこもり姫と言われたリ、丸眼鏡だの、使えない姫だのと。

 でも、ゼストはそんな自分を必要としてくれた。

 そんな自分だからこそ、欲してくれたのだ。

「ありがとう。で、でもね。お部屋にずっといるのは辛いの」

「ああ……その話だが……。セイから小言を言われている。いい加減に部屋に戻さないと王のゴシップ記事を書かせますと」

「セイが?」

 アンジュが目を丸めた。

 面白おかしく笑っているかとも思ったが、やはりいざとなると助けになってくれる。

「とはいえ、俺の性というか。血というか。落ち着いていられないんだ。またレドモンドみたいな男が来たら、次は命が危ないかと」

「大丈夫よ。もう迂闊に部屋に入れない。ルドルフに兄妹はいないものね?」

「あ。ああ」

 ゼストは葉切れ悪く答えた。

 なぜかと首を傾げていると、思い切り抱きしめられる。

「大好きだ。アンジュ。でも、俺の愛し方は束縛しかない。本気になればなるほど、怖くなる」

「それは私も同じよ、ゼスト」

 今なにをしているのかと想像するのが楽しい反面、実はアーネストと会っていないかとか、側室に入れ込んでいるのではとか、余計なことを考える。

 でも、アンジュの場合はそう考えるときに自分に言い聞かせていることがある。

『自業自得よ』と。

 そんな風に嫉妬に狂うのは、他人の幸せを奪ったからだと言い聞かせていた。

 普通の恋だって嫉妬に惑うだろうが、自分の場合は勝手が違う。

 ソワソワしたり、不安になったりしてたまらないのは、自分がなんだかんだで他人の幸せを奪ったからだ。

 今、側室の姫は手持ち無沙汰になり、買い物三昧だったり男娼に入れ込んだり、好きにしているが、アンジュを恨む者がほとんだ。

 突如現れた相手にもしていなかった姫に横取りされて、彼女たちの怒りは屈折した。

 アーネストだって同じだ。

 本来の幸せを奪ったと怒っている。

 自分は何もしていない。

 でも、拒絶を本気でしたこともない。

 だから、『本当に何もしていない』で王妃になった。

 色々巻き込まれて辛い想いもしたが、努力した姫から見たら頭に来るのは当然だ。

 ゼストが他の女性に現を抜かしていないか、つい嫉妬しそうになるときは、自業自得だと言い聞かせてナンの紅茶を飲んでいる。

「ゼスト。私だってあなたのことを凄く考えることがあるわ」

「そうか?」

「そう。だって沢山の側室がいるんだもの、慣れないわよ」

「俺が側室に手を出すと思っているのか?」

「……うん。だって、ゼストだもの」

「信用ないな」

「だってオーフィリア国の慣習でしょ? 私も慣れなきゃ」

「そのことについても、セイから説明させる。側室がなぜできたか。それから、セイの言うとおり、これ以上の束縛はやめよう。といっても、俺の傍にいて欲しいことに代わりはない」

「じゃあ、散策くらいはひとりでしていいのね?」

「ああ」

 アンジュは嬉しくなってゼストに思い切り抱きつくとぎゅっと抱きしめ返された。

 そして、そっと口づけられる。

「俺が今、何考えてるか分かるか?」

「え。え……」

 煌めく太陽が降り注ぐ中、熱っぽい視線が自分を見ていた。

「アンジュを抱きしめたくてたまらない。あんな言葉を聞かされたら、なおさら」

「仕事中では!」

「セイがいる限り、安心だ」

「昨夜だって、たっぷりと」

 頬を染めながら、アンジュは恥ずかしさで満たされていく。

 寝室のベッドで避妊して、たっぷりと抱かれたのだ。

 子作りの意思は感じられることなく、アンジュへの想いに満ちていた。

「エントランスホールの近くに客間がある。行くぞ」

「えっ……」

 腕を引かれて歩くと、ぐいっと力が籠っている。

 彼の愛は確かに重い。

 抱かれる前に一言それは伝えておきたい。

 エントランスホールを抜けてすぐの客間に入ると、部屋に鍵を掛けられた。

 潤んだ瞳で見つめると、アンジュはキスされそうになって慌てて口を押えた。

「待って、ひとつだけ伝えたいの」

「なんだ?」

 熱を帯びた瞳が切なく自分を見つめてきて、胸が捕まれてしまう。

 でも、やはり愛が重い。

「ゼストが悩んでいるのは分かるわ。でも、もう少し想う気持ちを緩めて?」

「どうやって?」

「どう……って。うーん。自由時間をくれるとか、私の書斎をくださるとか、ナンと出かけさせてくれるとか?」

「ナンとふたりきりはダメだ」

 即座に言われて、アンジュはじろっと睨む。

 まさか彼女に嫉妬しているのかとジト目になった。

「ナンは女性よ? 友達よ」

「だが、俺よりナンといる方が楽しいと言われるとつらい」

「だって! 友達といる方が楽しい時もあるわっ」

「だとすると、ナンとの外出は許可したくない」

「……じゃあ、話にならないじゃない」

 アンジュはぷうっと頬を膨らませた。

 ゼストは困ったように顎を摩ると、はっと閃いたように目を見開いた。

「セイと出かけるならいいぞ。あいつはつまらないだろ?」

「セ、セイ?」

 アンジュは思わず顔を引きつらせた。

 自分は何を話したらいいのかわからないが、彼は勝手にアーネストのことを蒸し返してきて、面白おかしく話すだろう。

 そんな話をされながら出かけたら、楽しいわけがない。

「ゼスト! 好きな人の喜ぶ顔を見たくないの?」

「俺の前だけで幸せでいてほしい」

「……ううう。わからずやっ。だからアーネスト様が逃げるのよっ」

 アンジュは言い返すと、ゼストはくくっと笑った。

「そんな風に想われる前にアーネストは城から出ていった。では、中間を取って、ナンとセイを同行させて出歩くのはいいだろう」

「ナンとセイ……」

(恐ろしい組み合わせ……)

「もういいわ。この話は保留にしましょう。ゼストが傍にいてくれるなら、買い物だって楽しいわ」

「アンジュ……。そういうところ、大好きだ」

 そう言われて口づけられると、食むようなキスにすぐに息が上がる。

 舌を互いに絡ませて、唾液を舐め取るようだ。

「んん……はぁ……はぁ……」

(私、身体から覚え込まされているみたい。ゼストのこと)

 蕩ける頭で考えると、舌先は口腔を舐りまわした。

 身体が離れると、ゼストはすぐにスカートを捲りあげてドロワースを引き下ろす。

 露わになった秘部に空気があたりひくひくとなってしまう。

 そこへ、指が侵入してくる。

「もう濡れている。ほんの少しのキスだけでもとろとろだ」

「だ、だって……」

「後でこの蜜を丁寧に舐めとるから」

「だ、だめっ……」

「一昨日もしたろ?」

 こくんとアンジュは頷く。

 しかし、ここはベッドもないただの客間だ。

 ぐじゅぐじゅと長い指で搔き混ぜられて、アンジュは壁にもたれて息を荒げた。

 滅茶苦茶にされると、蜜が溢れて指を汚していく。

 すると、指をすっと引き抜かれて、ゼストが屈んだ。

 秘部のところをじっと見ると、アンジュは顔を思わず逸らす。

「や、やぁ」

「観察」

「ど、どうして?」

「だって俺の好きな人の大事なところだから」

(へ、へんたいっ)

「早くしてくださいっ」

 そう言われると、舌先が蜜芽に吸いついた。

「あっあぁ!」

 がくがく震えてしまい、立っているのが辛い。

 腰も震えて蜜が溢れて止まらない。

 それをゼストがちゅうちゅうと吸い取っている。

 音を立てて舐められると、羞恥を煽られて余計に身体が疼いてしまう。

 身悶えしながら、ゼストの頭を撫でると、彼の舌先が隘路に侵入した。

「ひぁあぁ!」

「全部舐めるから」

「んんっんんっ!」

 堪えきらない快感に飲まれつつ、アンジュは目をぎゅっとつぶった。

 大好きな人であり、王が跪いて無心になって秘部を舐めているのだ。

 こんな痴態を夫婦で晒していると知られたら、ゴシップ記事では済まされない。

 でも、止めることも出来ないほど、頭が蕩けている。

「ゼスト……。人が……来たら……」

「鍵を掛けたろ?」

「アーネスト様が……」

「見せつけるまでだ」

「んんっ……あぁ! ……はぁあ!」

 蜜道をレロレロと舌が這いまわり、腰を揺らした。

 時々、ちゅっと蜜を吸われて、腰を思わず引く。

 立っているのが辛くなって、頽れそうになる。

「もう、ください……」

 アンジュは懇願するように言った。

 すると、ゼストは舐めるのを止めて、立ち上がった。

 すでに猛るそれを見ると、アンジュは頬を真っ赤に染める。

「壁に手をついて?」

「はい……」

 壁に手をついて知りを突き出す恰好をすると、胸を鷲掴みにされた。

 突然のことに驚いて声をあげる。

 そのままムニムニと揉まれると、布を引き下ろされて先端を摘ままれる。

「あっ!」

「アンジュ。ひとつ、俺からもお願いがある」

「な、なんですか?」

「ひとりで勝手に出歩かないこと。約束してほしい。じゃないと続きはしない」

「……このまま終わり……なんて」

 ジンジンと腹の奥を疼かせながら、追い詰められた。

 でも、ゼストの提案を受け入れたら、セイとナンを両方連れ立って出歩く日もくるかもしれない。

 それこそ気が休まらない。

「ゼストが一緒に来てくれればいいから」

「じゃあ、どこへでも連れていく。アンジュの行きたいところなら、どこでも」

 そう言うと、熱が蜜口にあたり、ゆっくりと挿入された。

「あっあっ!」

 ずるっと入ってくると、そのままゆっくりと奥まで侵入してくる。

 そして、最奥までくると、今度はゆっくりとしたストロークで突かれた。

「あんっ! ……あんっ!」

 たわわ胸を揺らしながら、アンジュは腰を振りたくっていた。

 結局、自分はゼストからの猛烈な愛を受けることが嫌いじゃない。

 いつの間にか、そうなっている。

 彼は束縛しつつ、自由をくれるからだ。

 彼の為に幸せになりたい、そう思える時、アンジュだって幸な想いで満ちている。

 誰かを不幸にしたとか、盗んだとか、何も考えなくていい。

 ゼストの為に自分も幸せになっていいと思えわせてくれる。

「あっあぁあ!」

 最奥を思い切り突かれて、隘路がきゅっと絞まった。

 ゼストは胸を鷲掴みにしながら、腰を使ってくる。

 猛りが腹の中で膨張して、窮屈そうに動き始める。

 内壁は擦られて、更に激しく抜き差しが始まった。

「アンジュッ!」

「ゼストッ」

 その刹那、体内に白濁は飛散する。

 とろとろの足に精が伝い落ち、しばらく放心状態で息を整えた。

「愛してる、アンジュ」

「私も」 

 アンジュは振り向いて、自らキスを強請った。

 そっと頬に手をあてがわれキスをされると、また猛りが復活する。

「あんっ」

「もう一度」

 そのまま再会されると、部屋は熱気で満ち始めていた。

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