第16話 アーネスト

 けれどその日以来、ゼストはアンジュの行動を制限した。

 寝室とゼストの部屋、そして書斎のみで行動を許されているが、後はゼストの付き添いがないとダメになったのだ。

 彼が抱きながら言ったことは、本気だった。

 そして、そんなことをしているうちに、アーネスト暗殺の噂はどんどんと広まり、アンジュはいつ王やアーネストを毒殺するのかと、宮中でも噂になった。

「はあ……」

 ゼスト愛用のソファに座りながら、ぼんやりと外を眺めた。

「ため息を吐いても仕方ありません。ゼスト様のお気持ちもわかります」

 ナンが紅茶を淹れてくれると、それを受け取り口に含んだ。

「でも、これじゃ何も出来ないわ」

「世継ぎのことを考えろという意味では?」

 ナンの言葉にアンジュは顔を引きつらせた。

 彼はまだそんなことを考えていない。

 子供は二の次で、今はアンジュのことで頭をいっぱいにしている。

 もしも自ら子作りと言い出せば、それは喜んで受けるかもしれないが、その時はきっと、昼となく夜となく抱かれるというわけだ。

 それこそ、あんな風に抱かれる毎日では、おかしくなってしまう。

「せめて、アーネスト様の噂をどうにか出来ないかしら?」

 アンジュはため息吐きながら言うが、ナンは言う。

「新聞社を乗っ取っているのですし、彼らだって面白おかしく書きたいでしょう。暗殺がない、そのことが分かれば、静まると思うのです」

「そうね……」

 頭を抑えつつ、アンジュは気掛かりだった。

 暗殺の二文字を元夫に向けるなんて、余程の憎悪だ。

「アーネスト様とお話出来ればいいのに」

「それはおやめになったほうが。火に油です」

「そうね……」

 アンジュは頭を抱えた。

 そんな時だった、メイドが血相を変えて現れて、別邸に住むアーネストが倒れたと聞かされたのは――。

 


 街の誰もが、アンジュの仕業だと噂した。

 幸い、アーネストが倒れたのは眩暈だっただけで、たいしたことはなかったと伝えられた。

 しかし、その眩暈を引き起こす薬をアンジュが飲ませたのだと、ゴシップ記事や町民は噂した。

 けれど、宮中に閉じ込められていたアンジュがそんなことを出来るわけもなく、怒り出したのはゼストだ。

「アーネスト!」

「もうやめて。何も話し合いをしていないからよ」

「だがな、やっていいことと悪いことがある! それくらいは分かっていると思っていた。正直なところ、見損なった。離婚して清々したと思ったが、本当に心底そう思える」

「ゼスト! もう噂には慣れたし、アーネスト様に何もなくてよかったじゃない」

「そういう甘さに漬け込むんだ、アーネストは!」

 アンジュはゼストとの口論が、嫌になって口を噤んだ。

 もはや、こうなることすら見越しているのではと怖くなる。

 でも、こんな風に復讐する理由が分からない。

 アンジュは男娼に惑い、ゼストなどどうでも良いと思っていたのだ。

 自分達への怒りがいつまでも静まらないことが、恐怖でもあり、不思議だった。

「ねえ、アーネスト様ってどんな人なの?」

 ゼストに訊くと、彼は言いにくそうに口を開いた。

「一言で言えば、女王さまだ。誰かに負けるということが大嫌いだ」

「そんな人が、今まで別邸でよく……側室の存在を受け入れてましたね」

「側室は人間ではないと言っていた。お人形だと形容していたよ」

 その言葉にアンジュはぞっとする。

 今まで自分はそんな風に思われていたのかと思うと怒りよりも恐怖が勝る。

 それに、同じ世界に生きている人とは思えない。

「その人形に夫を取られた……。怒って当然だろ」

「まあ、そうね」

 顔を引きつらせて笑う。

 しかし、アーネストとは一度話さなけばいけないと背を正す。

 こんな風になったことを、きちんと謝罪しなければ幸せになる資格はないと思えるからだ。

 ゼストから思い切り抱きしめられると、アンジュは目を閉じた。

「アンジュ。一生一緒だ」

 その言葉がずしんと重かった。

 いつか買ったアンクレットの呪いが深く刻まれていくような気分だ。

 あの時のことを、ゼストは覚えているだろうか。

「ねえ覚えてる? アンクレットのこと」

「ああ。一生の愛を誓ったからな。今、真っ最中だ」

 しかし、その一生の愛が、重くおもーくアンジュにのしかかってきたのは、それから一か月後だった。

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