第12話 ゴシップ記事
『塔に籠もる魔性の姫。たぶらかされた王! 王妃なくして国はどうなる』
ゴシップ記事をわざわざ持って現れたセイを見て、アンジュは肩を落とした。
誰もがアーネストがもたらした恩恵を知っている。
オーフィリア国に魔法をもたらしたのは彼女だ。軍も強くなり、魔術師が配備される特殊部隊がいる。ロイナー国のように、オーフィリア国に姫を差し出して友好関係を築いておこうと国々の王は必死だった。
しかもあまり表に出ないアーネストは謎の美女だと噂され、政略結婚に利用された薄幸の美人だとか、聡明だと噂だった。とにかく、物静かで国に利用されていると信じている人間がほとんどだ。
が、本物のアーネストは違った。
別邸に籠もり、男娼と戯れゼストには興味を示さずに王妃の座だけが欲しいと聞かされた。
そして、そんな彼女がしたことが、このゴシップ記事だ。
いつか宮中にばらまかれて恥ずかしい思いをした写真も使われていて、アンジュの上半身が掛け布団に隠れて露わになっている。
(なんてこと)
アンジュを頭を押えて、記事を放り投げた。
それをセイがキャッチして、丁寧に畳む。
「どうしますか? ゼスト様は離婚に向けて動いており、明日にでも正式に別れることになります。となると、明日以降はオーフィリア国では王妃になれますが?」
「半年は独身でいろとか、そういう法律はないのね?」
「ええ。特に王はその点で優遇されております。ですから側室が王妃になりたいと騒ぐのです。本当に興味がないのですね?」
「当たり前よ。ロイナー国では、離婚成立後は男女ともに半年は独身でいることを義務にしているの。王であっても、それは同じ。妊娠していた場合を考えてよ」
「ま、まさか! アンジュさま、ご懐妊ですか!」
セイが口元を押えて目を開いた。
アンジュは呆れてため息を吐いた。
「なんの兆候もないわ。彼も避妊したいと言っていたし」
「つまり! 何度か夜を共にしたと……」
セイの言葉に、アンジュは頭を抱えながらも頷いた。
「不可抗力よ。ゼストさまの方が手慣れているもの」
「ですが、大変ですね。その事がバレたら。本当に不倫をしていたということになります」
「側室の勤めよ」
「そう言い切るおつもりで? 側室の姫たちは、一度部屋に王が現れると一日中外に出さないほど、王からの寵愛を望むと聞いております。王妃の座を自分のものにする為に、必死なのですよ。それが、さらりと別れるとは。逆に好意があるから離れたともとれますが?」
「セイ。もうやめて」
「ですが、もしも王妃にそのことがバレた場合。嘘を貫き通せますか?」
セイの言葉にアンジュはひくついた。
彼の言うとおりだ。
他の側室は、王妃の座を狙って王との関係をせがんでいた。
でも、アンジュはゼストを想っていた。
王妃の座よりも、ゼストが心配になっていたことだってある。
「本当にやめて。これからゼストさまも来るんでしょう?」
「ええ。それより、この記事は凄いですね? 王妃になる日も近いだろうとか、アーネスト様は次の手を考えているだろうとか、予言のようなことを書いています」
「だって、アーネスト様が宮中のことを知らないわけないわ。このゴシップ記事だって、アーネスト様の指示で書いたものでしょう?」
「それはそうですね。だとすれば、アーネスト様が次の手を考えている、という記事は実現する、ということになります」
「見せて!」
記事を横取りすると、確かに書いてある。
しかも、太線まで引いて強調して、まるで仄めかすように。
ぞくっと寒いものが走り、アンジュは思わず肩を抱いた。
「アーネスト様、お怒りよね」
「王妃の座を奪われましたからね」
「そうではなくて。ゼストのことを怒っているのよ。勿論、私のことも。この記事はきっとアーネスト様の本心。何を間違えたのかしら」
アンジュはここ最近のことを振り返っても、ゼストのことをもっときっぱりと拒絶していればと後悔しかない。
自分の淡い恋心が、他人の怒りに引火して業火のように燃えるとは思わない。
この初恋は玉砕していればよかったのだ。
「セイ。アンジュと何を話していた?」
現れたゼストに思わず怒りをぶつけたくなる。
(ぬけぬけと……。だれのせいでゴシップ記事に書かれるようになったと!)
ジト目で睨むと、ゼストが優しく微笑んでくれる。
「さあ、宮中に向かって食事だ。明日は正式に結婚の話を進めて、一週間後には王妃だ。寝室も同じだし、朝六時に時計に起こされる前に、俺が起こそう。もう寂しくないだろう?」
アンジュは無言でいると、もう一度同じことを言われる。
「寂しくないだろ?」
「アーネスト様のこと、なんとも思わないのですか?」
「ああ。さっぱりだ」
「最低です」
「……アンジュ……」
「このゴシップ記事、アーネスト様のお怒りが籠っているんですよ」
「そしてその怒りは国を巻き込み、民を巻き込み、戸惑わせている。これが王妃のすることか? だったら、最初から俺との結婚生活に熱を注いで欲しかった」
「……っ」
それを言われると辛い。
「でも、私達は国民から祝われることはないわ」
ゼストは悲しそうな目をして、肩を落とした。
オーフィリア国が寛大だからといっても、国民全てが同じ思考を持っているわけではない。ルドルフのように、真面目な男もいる。
つまり、アーネストはそういう民に向かって主張をしたのだ。
それは渦になって、結果的にアンジュもゼストも嫌われ者だ。
けれど疑問だってある。アーネストとゼストの新婚生活についてだ。
誰だって幸せな結婚がしたいが、アンジュを含めて外交の手札に使われることはよくある。それでも、幸せになりたいと若いふたりは必死になると聞いた。
でも、それをアーネストは拒んで男娼に入れ込んだ。
そこだけは、アンジュにも理解が出来ない。
ゼストとの幸せを望まなかったのかと。
オーフィリア国に嫁ぐと決まったら、妻は気持ちが休まらないことは分かっていたと思う。国の為に拒否することだって不可能だ。
しかし、ゼストを見ていると複数女性をはべらせることよりも、ひとりの女性を愛するタイプのように思える。少なくとも、入れ込むタイプだ。
だからこそ、ゼストと先に進むことが怖い。
「とにかく、王妃になれば、アーネストも手を引くだろう」
「そうだと良いのですが」
そう言って、セイはゴシップ記事をゼストに読ませた。
「予言するような記事です。まだ今後も気を抜かずに」
「分かった、セイ。アンジュ、今日は宮中で両親に会って欲しい」
ゼストの言葉がすぐに耳に入らず、アンジュは小さく頷くだけだった。
(本当に……結婚……私の気持ちは?)
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