第284話 謎解き

「言っておくけど、ボスの名前を教えるのは無理だ。俺も知らないからな」


本当にお手上げ状態と言った様子で、奴隷商人は呟いた。


「えぇ分かってるわ。仮にいたとしてもそれは偽物のボス。貴方たちみたいなただの捨て駒に姿を明かす必要はないからね。」


「リティ様、どうしましょうか。ボスが分からなければまた新たな組織を作られてしまうかもしれません…。」


イサベルが不安そうな声をあげるが、私は笑った。


「大丈夫。犯人はもう分かったも同然よ。自分の部下を捨て駒にしか思わず、そして…私はともかく、誰にでも優しいアレクを嫌っている愚かな人物……」


「あの…公女様、お言葉を挟むようで申し訳ないのですが、アレクは王子という立場柄どうしても嫌われてしまうことがあると思いますが……」


「そうね。もしかしたらそういう人も数人いるかもしれない。でも…わざわざ奴隷商人にアレクを要注意人物として教える人と言ったら、限られてくると思わない?」


アーグレンはハッとしたが、イサベルはなんのことか分からないようだった。


私の言いたいことにいち早く気づいたアレクは、静かに呟く。


「エリック=ルトレット……だな」


私はゆっくり頷く。アレクならすぐに気づくと思っていた。


「そうよ。そもそもたった一人でこれだけの組織を作りあげて、しかも裏で売買をするなんて相当な権力のある金持ちしかできないわ。」


そして相当な悪知恵の働く人物よ。単純なアルターニャがああやって私に嫌がらせができたのも、背後に皇后がいただけじゃなくて……兄であるエリックがいたからだもの。


イサベルは一度も会ったことがないが、「ルトレット」という単語自体はよく知っているようだった。


「ルトレットって…隣国の……もしかしてアルターニャ王女様の…ご兄弟の方…ですか?」


「えぇそうよ。エリックはアルターニャの兄であり、王位継承権第一位の人物。黙ってれば勝手に王になれるから、こうやって好き勝手やれるのよね」


「いくら継承権が一位だとしても、流石に自分の国で奴隷売買をするわけにはいかないから、自分の正体は隠したまま隣国で組織を作りあげた……こんなところでしょうか。」


アーグレンが自身の推測を告げたが、ほとんどこれで間違いはないだろう。そしてこのような大きな事件を起こすということは、当然世間に知られる危険性もあるわけだ。


そこで彼は、わざわざ隣国であるエトワール国を選んだ。


「この事件にアレクが気づかない、もしくは解決できなかったら……全ての責任をアレクになすりつけて国民の信頼を一気に失わせるつもりなのよ」


更に要注意人物として彼らにアレクの顔と名前を教えておけば、奴隷商人たちはアレクを見つけた途端に逃げるはずだから、気づかれる可能性も低くなるというわけだ。


アーグレンの所属する王族騎士団が次々と奴隷商人を捕らえていることは、エリックの耳にも既に入っているはず。


この裏の事業を彼が遊び程度に思っているなら、このまま姿を現すこともなく、奴隷商人たちを容赦なく捨てることだろう。


しかし、この事業をしなければならない理由があり、大事に思っているとしたら……彼は必ず私たちに接触してくるはずだ。


「一旦謎解きはここまでにしましょう。奴隷商人たちは全員捕らえて、奴隷にされていた人たちも解放する。呪いをかけられている人がいたら即解除させる。いいわね?皆」


皆は無言で頷いた。その後、すぐに隠れていた騎士団が登場し、奴隷商人を捕らえ、捕まっていた人たちを即保護した。捕まっていた人たちは安堵の表情を浮かべる者もいたが、瞳の光を失った者も少なくはなかった。


このような犯罪を、決して許すわけにはいかない。


イサベルがあのまま連れていかれていたらどうなっていたのか……考えるだけでも背筋が凍った。


一通りやるべきことが終わった後、私は皆にエリック殿下がこれから私たちの内の誰かに接触する可能性が高いことを伝えた。


「組織を丸ごと潰されたんだもの。怒って姿を現すはずよ……。ただの私の予想だけど、あの男は短気だしね」


「接触するとしたら、イサベルの可能性はほぼないな。エリック殿下と直接会ったことがないし」


「そうね。アーグレンも恐らくないわ。最強と謳われる騎士団長にわざわざ喧嘩を売るようなバカでもないでしょうし。」


そう、私たちの内の誰か、とは言ったが接触される可能性があるのはその内の二人。


私か、アレクだけだ。


「リティ、俺があげたバレッタは持ってるか?」


「え?えぇ……持ってるわよ。落とすと嫌だからポケットに入れておいたけど」


以前彼がくれたバレッタをたまたま所持していたので、アレクに見せる。彼はそれを受け取ると、呪文を唱え始めた。水の魔法が瞬く間にバレッタへと吸い込まれ、消えた。


「これに魔法を込めておくから、いざという時は使ってくれ」


使い方は未だによく分かってないけど、私が危険になったら発動するはずよね。

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