第283話 最後のアジト
薄暗い空間を歩くと、視界が悪い分、私たちの足音だけが異様に際立って聞こえる。
周囲に牢屋のようなものはない。捕えられた人たちは、1箇所にまとめて集められているのかもしれない。一刻も早く解放しなければ。
アーグレンとアレクは私たちを見張るふりをして、危険から守ろうとしてくれているようだった。しばらく無言で歩き続けていると、一人の男が現れる。
「おぉ、ようやく連れてきたのか。待ってたぞ」
そこにいたのはあの偽神官……そう、助けを求める女性を突き飛ばした奴隷商人だった。暗がりを照らす小さな蝋燭が彼の顔を映し出す。それがあまりに不気味な笑みだったため、私は視線を逸らした。
「意外だな。そのお嬢さんはともかく、君は反抗すると思っていたんだが?」
可憐な印象のイサベルに対して私は強気な印象をもたれているようだ。
こちらを舐め回すような視線に嫌気がさしつつも、「私だってこんなとこに来たくないわよ。でも…この子を一人にはできないでしょ」と適当な理由を告げておく。
「へぇ、優しいな。同じ場所に売られるとは限らないのに。あぁそうか、俺が二人とも買い取ってやればいいのか?」
他の三人が明らかに苛立っているのを感じつつも、その言葉に私はふっと笑った。
「冗談言わないで。貴方に買われるくらいなら死んだ方がマシだわ」
その言葉に男は楽しそうに笑った。か弱い令嬢の最後の悪あがきを楽しんでいるのだ。心底性格の悪い男に、私は心から軽蔑した。
「ところで、他の奴隷たちはどこにいるんだ?」
アーグレンが、怒りを抑えつつそう問いかける。
「あぁ、奴隷たちは管理が面倒だから1箇所にまとめて集めてあるよ。そこまでレディーたちをエスコートしなきゃな。」
奴隷商人は芝居がかった動作をすると、私に手を差し出す。私が強く睨みつけ、振り払おうとすると、アレクが庇うように私の前に出る。
「騎士たちにこのアジトが見つかるのは時間の問題だ。先を急ぐぞ」
アレクの行動に一瞬違和感を感じたようであったが、アレクの言うことも正しかったため、商人は黙って案内し始めた。
彼の話によると、どうやら奴隷商人たちはほとんど絶滅に近い状況にあるらしく、彼を含む数人しか残っていないらしい。本格的に国が取り締まり出したため、捕まることを恐れ、また一人、また一人と奴隷商人たちがやめていったようだ。
やめた商人の行方は様々で、捕まっている人もいれば、奴隷として自分が売り飛ばされたりと少なくとも幸せな人生は送っていないらしい。
そりゃそうよね。誰かの人生を壊しといて自分だけ幸せに生きるなんてありえないわ。
暫くすると、酷く空気の悪い、鉄格子に覆われた部屋が現れる。部屋が広くないため、捕まっている人も数人だった。
「ほら、早く入れ。お前たちの新しい部屋だ」
奴隷商人は鍵を取り出すと、ガチャリと重い鉄格子の扉を開けた。扉が開いたにも関わらず、中の人たちは出ようとはしなかった。
私とイサベルは扉の前に立ち、ただ黙ってその場に留まり続ける。それを私たちの最後の抵抗だと思ったのか、商人は楽しそうにこちらを見ている。
私たち四人は、それぞれ反撃のチャンスを窺っていた。
すると、こちらへ走ってくる足音が聞こえた。その男は、フードで隠れたアレクの顔……ではなく、私の顔を見て驚愕の表情を浮かべる。
そして商人に対して震える声をあげる。
「お前……何してるんだ?」
「なにって…新しい奴隷を連れてきたんだよ」
「奴隷!?知らないのかお前…!」
その男は、今にも逃げ出しそうなほどに怯えている。そして私を指さし、呟いた。
「その真っ赤な髪にピンクの瞳…!お前はあの…」
次の瞬間、静かな空間に、大きな声が響き渡った。
「アレクシス王子の婚約者だろ!!」
「………何?」
そのタイミングが、私たちの反撃のチャンスだった。
私はアレクの剣を引き抜くと、素早く奴隷商人の首に突きつけた。イサベルは牢屋の中に駆け込むと、座り込む人々に手を差し伸べる。アーグレンは私を指さした男を取り押さえ、アレクは手のひらを奴隷商人に向けた。
奴隷商人は、顔を歪めた。
「…おかしいと思ったんだよな。少しも怯えていないその女の態度、それから…さっきのまるで奴隷を庇おうとしているかのような商人の態度……もっと早く気づくべきだった」
「気づいていてもいなくても同じよ。貴方の悪事はここで終わり。奴隷商人なんていう職業は今この瞬間消え失せるの。」
「…お前があのリティシア=ブロンドだな。生意気で身の程をわきまえないあの悪女……」
「あら、お褒めに預かり光栄だわ」
…私の容姿、そして私の名前が完全に知られている。でも以前奴隷商人を捕まえた時には私を見て驚いてはいなかったはず。ということはこの短期間で要注意人物としてアレクだけじゃなくて私を加えたということ……。
アレクを嫌っていて、私のことも嫌っている。奴隷商人という闇の組織にこの情報を流すような人は……やはりあの人しか浮かばない。
もちろんまだ確証はどこにもないが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます