第282話 侵食

「え!?顔をあげてください、王子様が頭を下げる必要は…!」


「そうですよ!悪いのは妻を騙した奴らで、王子様が頭を下げる必要なんて全くないですから…!」


その言葉に、アレクは顔をあげる。そして優しく微笑んだ。


「ありがとうございます。私の国にお優しい方々が住んでいることを知れてとても嬉しいです。…必ずこの国を変えて、皆さんが安心して暮らせるようにします。どうかもう少し私にお時間をください。」


女性とその婚約者は私たちに深く頭を下げる。私とアレクは同時に返事をした後、その家を後にした。


外にはイサベルとアーグレンが待っていたのだが、彼らは他に怪しい奴らがいないかと見張っているようだった。


「…私たちが今日奴らを捕まえればあの二人が危険にさらされることはないけど……また他の奴らに狙われかねないからやっぱり早急に他の住居を用意すべきよね。偽の聖水代も早く渡さないとね」


ほぼ独り言のようにこれからやるべきことを呟くと、三人は何故か同時に笑顔になった。私は誰に対して言ったわけでもなかったため、その意図が分からずきょとんと首を傾げてしまう。


すると突然アレクが私の頭にポンと手を乗せた。


「やっぱりリティは優しいな」


いつものように私は貴方の方が優しいと平然を装って口にしようと思った。だが何故か顔に熱が集まってきてしまったので、その手を軽く払い除ける。


「……バカなこと言ってないで早く行くわよ」


「リティ様、お顔が……もしかしてお熱でもあるんですか!?」


普段私が平然としすぎているせいでイサベルを誤解させてしまったようだ。変なところで抜けているイサベルに笑みをこぼすと、私は答える。


「そうね、これが熱のせいだと言うなら……そういうことにしておきたいわ。」


イサベルはきょとんと可愛らしく首を傾げた。


そして私達は今まで奴らを辿っていたアーグレンの記憶を頼りに、なんとか組織が隠れていそうな場所まで辿り着いた。


道なりに進んでいくと、すぐに壁が現れる。この行き止まりには以前も来たことがあるようで、アーグレンは「やっぱり…」と呟くと俯いた。


「以前私もここを突き止めたことがあるのですが、どこを調べてもただの壁で……仕掛けが作動することはありませんでした。やはりここではないのでしょうか…。」


しかし近辺に奴らが隠れられそうな場所はない。正確に言えば、他の場所にも隠れられないわけではないが、隠れるのに最適な場所はここしかないということだ。


私は悔しそうに壁に手を触れるアーグレンに微笑みかける。


「そうね。ここは確かに行き止まりだわ」


アーグレンが何度調べても行き止まりだったのなら、それはどう考えても行き止まりだ。


だが、「まるでここにはなにもない」とでも言うような分かりやすい行き止まりは、かえって怪しいのである。


「……ここが行き止まり。そう思ったら誰もがここを調べるのをやめて違う場所に行くわよね」


私は少しずつ歩き出す。そして行き止まりではなく……少し手前にある、ただのレンガの壁の前に立ち止まる。全員の視線が私に集中した。


「ここだけレンガの色が違う。」


レンガはどれも劣化していて、色褪せている。だがその中に…新しいレンガを劣化しているように塗りかえた形跡があった。巧妙に隠そうとしたのだろうが、私の目は誤魔化せない。


「いくら探しても見つからないはずだわ。入口は壁に隠されているのだから」


「なるほど…。俺達が捕まえた奴らは床に入口を隠していたからその説はあるな…。でもグレンは行き止まり以外の壁もちゃんと調べたんだろ?」


「あぁ。行き止まり以外の場所も念の為に……。公女様が仰ったそのレンガももちろん調べたが…特に異常はなかったんだ」


「それでもリティはこの壁…いやこのレンガに秘密があると言うんだな?」


「えぇそうよ。このレンガはきっと……」


レンガからはどこか禍々しい気を感じる。しかしそれはアレクも、アーグレンも、イサベルも誰も感じていない様子だった。それはつまり私にしか感じていないということ。ならばこれは……。


「……火炎リフレイア


私は静かに呪文を唱える。その瞬間レンガはどす黒く染まったかと思うと、ゆっくりと隠していた扉を開いた。


私が隠されていた扉を開くという業績を達成したにも関わらず、三人の表情は浮かない。それどころかイサベルは恐怖に震えていた。


「り、リティ様……今の…今の力は……?」


「……闇の力。闇の魔法の力よ」


一度闇の魔法を使用した者は、闇の魔力から逃れられることはない。更に私は禁断の闇の魔法を使用しておいて、蘇ったというイレギュラーな存在だ。闇の魔力の反感をかっていてもおかしくはない。


私の炎が真っ黒に染まっていたことも、きっとそういうことなのだろう。


私は静かに隠されていた扉の奥へと歩みを進めた。


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