第278話 希望

目の光を失い、絶望に打ちひしがれる彼女を見て、見かねたイサベルが前に出ようとしたのだが、私はそっとそれを止める。


聖なる力である光の魔力を持つイサベルならば、当然風邪を治すこともできる。だがそれを今すぐやるつもりはない。


……もちろん見殺しにするつもりではないから安心してほしい。


アレクとアーグレンも心配そうに男性と女性を交互に見ているが、私になにか考えがあることに気づいたようだった。


私は前へと進み出ると、凛とした声で呟く。


「顔をあげなさい。」


彼女は予想外の言葉に「…え?」と驚いたように顔をあげる。


「確かに貴女は騙されて偽の聖水を買ってしまったかもしれない。だからってそれで終わりにするの?諦めてしまうの?」


「そ…そんなことありません!私は一度だって彼の命を諦めたことはありません!」


私の言葉にむきになった彼女は声を荒らげ、立ち上がる。私はその言葉に微笑む。


「だったらどんな手を使ってもすがりつきなさい。彼の命は貴女にかかっているわ。…はっきり言わせてもらう。私たちは彼の病を治すことができる」


「…!?」


「私を説得してみせなさい。私たちが治療したくなるようにね」


…何度も言うが、見殺しにしているわけではない。そして様子を見る限り、このやり取りをしている内に男性が死んでしまう可能性はない。

結論から言うと、私は彼を助けたいと本気で思っている。


「お願いします!助けてくださったら…どんな…どんなことでもいたします!どうしてもこの人を救いたいんです!どうか…お願いします!」


彼女は私に向けて深く…深く頭を下げた。絶望に打ちひしがれた女性はもういない。そこにはただ誰かを助けたいと切に願う女性がいた。


「その言葉…忘れないでね」


私はイサベルに治療をお願いすると、イサベルはすっ飛んでいって男性の治療を始める。根っからの善人である彼女は、治療をしたくて仕方なかったようだ。


イサベルが祈りを捧げ、魔力を放つと、その光は瞬く間に男性を包み込む。そして少しづつ男性の苦しげな表情が緩んでいく。彼はゆっくりと目を開いた。


「あれ…?ここは……」


女性は意識を取り戻した婚約者の元へ即座に駆け寄ると、嬉しそうに手を取った。


「よかった…!本当に…!」


そして女性はハッとするとまずイサベルに「ありがとうございます!」と心からの礼を告げる。


「いえ、私はリティ様の命令にしたがったまでです。ご無事でよかったですわ」


その言葉を受けて、彼女は私の方を向いた。


「…本当にありがとうございます」


イサベルの時とは違い、あまり感情が込められていないように思えた。まぁそれも仕方ない。助けられると言っておいてなかなか助けなかったのは事実なのだから。


「…いいえ、お礼を言われるようなことはしていないわ。焦らすような真似をして本当にごめんなさい」


私は女性に頭を下げると、意味がわからないと言った様子でこちらを見つめてくる。謝るくらいなら最初からやらなきゃいいのにという顔ね。


さて、なんて説明しようかしら…。


そう悩んでいた時、一連の出来事を黙って見ていたアレクが口を開いた。


「…私の婚約者が誤解させるようなことをしてしまい申し訳ございません。ですが彼女の名誉のために言わせてもらいますと、今のは貴女のためにしたことなのです」


「私のため…?どういうことですか?」


アレクには気づかれていたのか…。それにしてもアレクに謝らせてしまうなんて私もまだまだね。考えがあるとはいえ、申し訳ないことをしたわ。


「あの時…騙されたと分かった時に貴女は絶望して全てを諦めていましたよね。そんな状況で突然助けられると伝えても貴女は理解しないかもしれませんし、適当なことを言うなと追い出したかもしれません。」


「あ……なるほど……」


「…もちろんこれも理由の一つですが、一番の理由は違います。私の婚約者は……貴女自身の力で彼を助けてほしかったんです」


「私自身の力で…?ですが、私はなにも……」


「『助けたい』と強く願い、私の婚約者に懇願しましたよね。諦めずに説得を試みた。その強い心が彼を救ったんです」


私の考えはアレクに完全に見透かされていたようで、私はなんとも言えない表情になってしまう。そんな私を見て、アレクは笑った。


「私たちが素直に助けても貴女が偽の聖水を買った事実は変わらない。ならばせめて、諦めずに希望を探し求める心を持ってほしい。彼女の行動には、そんな意図があったんです」


女性の私を見る目が明らかに変わった。尊敬の眼差しへと変わったことに気づき、私は視線を逸らす。


「……でも、すぐに助けなかったことは事実だわ。もちろん見捨てるつもりなんてなかったけれど…。貴女に希望を持ってほしかったとはいえ、悪いことをしたわ。本当にごめんなさい。」


「いえ、私もすみませんでした。そんな意図があるなんて知らずに……」


「私の婚約者の行動には、必ず意味がある。悪役のように見えても、本当はどんな時も…正義のために、誰かを助けるために動いているんですよ」


もし私が本気で見捨てようとしていると思っていたら、絶対に彼は止めたはずだ。だが私の行動を信じていたから、誰も止めなかった。


……その信頼が、正直とても嬉しかった。



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