第274話 主犯

「……全員城の地下に収監されているのですが、誰一人として主犯の名を知らないようで…捜査が難航している状況です。申し訳ございません。」


「まぁそうよね。呪いを知ってたみたいだし…簡単に捕まるような奴じゃないわ」


「リティ様、私にはリティ様がいましたが、他の方々にはいません。リティ様が来なければ、私はあのまま攫われていたことでしょう。……簡単に解決する問題ではないことは分かっていますが、私は奴隷商人自体がいなくなってほしいと思っています。」


イサベルは正義感に満ちた瞳を私に向ける。もちろん私もこの問題を無視するつもりはない。


「今の今まで解決できていないのは我々の落ち度ですが……逆にこの状況は利用できるかもしれません。」


「利用?」


「はい。この問題を公女様が解決してくだされば、皇后陛下も功績を認めざるを得ないと思います。少しずつ功績を積み上げていくというのはいかがでしょうか?」


アーグレンの思わぬ提案に、私は目を見開く。

私は今まで、アレクと婚約破棄をするために、本人ではなく、周りの人間を利用しようとしていた。


周りが批判をすれば、婚約破棄をするはずだと考えていたあの時とは逆に…周りの評価をあげて、私を皇后にするしかない状況を作るのだ。


つまり、アルターニャよりも使える人間になる。…最低でも、アレクに不利益を与えないような人間になる必要がある。


「最終的には、アレクが強行突破するように思えなくもないですが……念には念をいれておいたほうがよろしいと思います。国民からの評価は低いよりも高い方がいいですしね」


「…いくらアレクでも強行突破はしないと思うけど?」


「いえ、すると思いますよ?リティ様を失うくらいなら、いっそのこと無理やり結婚しちゃいそうです」


二人の中のアレクのイメージに困惑しながらも、あるかもしれない可能性を考え、アーグレンの提案を受け入れることにする。


「とりあえず、イサベルを攫うような奴らを放っておくわけにはいかないわね。また他の人を襲うだろうし、またイサベルが攫われないとも言いきれないわ」


私の言葉に、アーグレンはすぐに頷いたが、イサベルは不服のようだった。「私はあの時とは違うので攫われません!」と主張するイサベルを無視し、私はアーグレンに話しかける。


「アーグレン、今の時点で分かってる情報を整理しましょう。……と言いたいところだけどもう夜も遅いし、この件に関してはまた明日話しましょう」


「はい。」


その後家に帰ってもイサベルがあの時とは違う自分アピールを続けてきたので、どうしてそんなに主張するのか聞いてみると、どうやら私にまた攫われて迷惑をかけたくないということだったらしい。


挙げ句にはもし攫われたとしても今度こそ見捨ててくださいとか言い出したので私はさっさとご飯を食べて寝ることにした。


翌日、朝食を終えると、私はすぐに昔の記憶を呼び戻そうとしていた。原作の知識は相変わらず薄れているし、そもそも原作ではイサベルは攫う手前でリティシアによって救われるので、奴隷商人とはほぼ関わりがないのだ。


となると、やはりあの時の記憶、そしてアーグレンが尋問して得た知識が鍵となる。


「彼らは誰一人として主犯の名を知りませんでした。話すことのできない呪いがあるとかそういう類ではなく、本当に…名前も、顔すらも知らないようでした。」


「あくまで自分では行動せず、他人を利用して利益を得ていた……ということかしらね。もし主犯の名前があがっても、それは影武者かなにかの可能性が高いわ」


「影武者…ですか。誰も知らない主犯だなんて……一体どんな奴なんでしょう。きっととんでもない輩に違いませんね」


「……そうね」


奴隷商人のようにおちぶれた人間が、アレクの顔を知る術はない。でも…彼らは知っていた。アレクを嫌い、尚且つ他人を簡単に利用することのできる人物……。


ただの予想にすぎないけど、黒幕は思ったより近くにいそうね。


私の予想が正しければ、あの人は本物のクズだと言わざるを得ないわ。


「……そうだ、アーグレン。改めて聞いておくわね」


「……?はい」


「あの時、貴方言ったわよね。私を殺すためにここに来たんだって」


「……はい」


「本当にいいの?殺さなくて。貴方は王家に仕える騎士じゃない。命令に従うのが当然のはずよ」


あの時は亡き親友の婚約者を守らなければという意思があったと思うが、アレクが蘇った今、そんなことを考える必要はない。


つまりこれは、彼が王命に従う最後のチャンスということだ。


私はアーグレンの瞳を真っ直ぐ見つめる。


「いいえ、リティシア公女様。」


彼は、私の目を見つめ返す。


「私が仕えるのは王家ではなく、アレクシス殿下です。そして……リティシア公女様、貴女にもお仕えしております。例え王命であろうとも、主人に歯向かうことなど絶対に致しません」


アーグレンの覚悟は既に決まっているようだった。これで彼が今後裏切ることはないだろう。私はこれで改めてちゃんと彼を心から信じられる。


イサベルも彼の回答にほっとしている様子だったが、同時に不安そうでもあった。


「私は忠実な……犬ですから」


「……犬?」


「いえ、なんでもありません……」


アーグレンはまるで誰かに言われたことを気にしているかのような口ぶりで呟く。そんなことを言いそうなのは…それこそ悪女のリティシアくらいだけど……まさか彼女に言われたのかしら……?




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