第273話 気をつけて

「……リティシア自身が?」


「はい。それにアレクが言ってました。俺はたまたま王子に選ばれただけなんだって。アルターニャ王女も同じじゃないですか。たまたま生まれたところが王家だっただけ。それだけで未来が決められちゃうなんてバカみたいじゃないですか?」


政略結婚に意味がないとは思わない。それどころか、仕方ないと言って受け入れる者がほとんどだろう。


しかしそれでは自分の幸せを手に入れることができない。自分がどんな立場にいようとも、意思はハッキリと主張すべきだ。


「…確かにそうね。でも……もし無理やり結婚させられそうになったら?」


「そんなことがあったら私がお止めしますので声をかけてください」


「あんなことをしたのに?私を助けてくれるっていうの?」


アルターニャ王女は私の発言がどうしても信じられないらしい。


「もちろん、今までしたきたことは到底許せませんけど……王女様は変わろうとしてるじゃないですか。そんな人を見捨てるなんてできないですよ」


我儘放題だったアルターニャは変われる。きっと小説のように。


彼女は私の言葉に、優しく微笑んだ。


「…ありがとう。嫌なことがあったらちゃんと言うことにするわ。これからは、ちゃんと自分の力で貴女から殿下を頂く努力をする」


「随分無駄な努力をなさるんですね?アレクは渡しませんよ」


私が思わず語気を強めてそう告げると、アルターニャは何故かくすくすと笑いだした。


「そうよね。でももし、もし殿下を傷つけたりしたら、その時は私が頂いちゃうからね。覚悟しておきなさいよ!」


「それは分かりましたけど、そろそろ帰った方がいいんじゃないですか?一国の王女様が抜け出して隣国まで来てるなんて知られたら城中大騒ぎですよ」


よく考えたらアルターニャが夜中にこんなとこまで来られてるという事実自体が大問題なのだ。王女らしく結婚しろとは言わないが、王女らしく城にはいてほしい。


「……誰も気にしないわよ、私がいなくても」


「エリック殿下の方は知りませんが、ツヴァイト殿下は心配していると思いますよ。さぁ早く帰ってください。話はまたいつでも聞きますから」


アルターニャの背を押し、早く帰るよう急かすと、彼女は何故かピタッと動きを止めてしまった。


「…どうしたんです?」


「……お兄様。リックお兄様には気をつけて。あの人はリティシアのことも、殿下のことも嫌いなのよ」


アルターニャとエリック王子は仲の良い兄弟だが、彼女ですら思うところがあるようだ。アルターニャが私に警告してくれたという事実に感動を覚えつつ、「分かりました」と頷いた。


「ちゃんと気をつけますから、帰ってください。あと、風邪引かないでくださいね」


「分かってるわよっ!それじゃぁ、またね。」


アルターニャは半ば強引に追いやられ、自分の国へと帰って行った。その瞬間、二つの影が植木から飛び出し、私に近づいてくる。


「リティ様……今の、本当に王女様ですか?」


イサベルが、美しく澄んだ瞳に疑問を浮かべる。


「そうよ。」


「なんだか普通の……普通の女の子のように見えてしまいました。あっ、すみません、これって、失礼ですよね……?」


「失礼じゃないわ。王女とか以前に、あの子はただの女の子なんだもの」


王女とか、公爵令嬢とか、王子とか……そんなものより先に、私たちはただの未熟な子どもなんだから、王女として産まれたアルターニャはある意味被害者とも言える。


自分が行動を起こさない限り、勝手に肩書きを…人生を決められてしまうのだから。


「…公女様はやはり優しい方ですね。私だったら、許せないと思います。ましてや、自分を崖から落とした相手と友達になるなんて……いえ、すみません、これは公女様を侮辱してしまいますよね。申し訳ございません。忘れてください」


アーグレンはそう言って私に深く謝罪をしてきたが、私はすぐに顔を上げるように指示をする。


「あのね、そう簡単に謝らなくていいのよ。イサベルもアーグレンも。自分が思ったことは素直に言っていいのよ。それで間違えてしまった時は、謝ればいいじゃない。」


「ですが……」


「私は二人の素直な意見が聞きたいわ。護衛騎士とか侍女とかそういうのは忘れて、私は二人の友達でしょ?」


「そんなバカな」という表情を同時に浮かべる二人に思わず私は吹き出してしまう。そしてイサベルとアーグレンは、同時に叫んだ。


「一生仕えさせてください!」


「だから友達だって言ってるでしょ。」


この二人が私を友達だと認めてくれるのはもう少し先かもしれない。主従関係を壊すのって難しいのね……。


「………あ、そうだ、アーグレン」


「はい。」


「イサベルを攫おうとした奴隷商人の奴らはどうなってるの?」


あの商人が再び動き出さないようにしっかり罰を与えてくれなければ困る。イサベルのような被害者をもう増やしたくはない。色々あって、すっかり聞きそびれてしまっていた。

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