第272話 王女の不安
「…私のことはターニャでいいわよ。そう呼びなさい」
アルターニャは私から視線を逸らしたまま、そう言葉を告げる。少しづつ状況を理解した私は、微笑んだ。
「分かりました、アルターニャ=ルトレット第1王女様」
「長っ!いつもそこまで長く呼んでなかったでしょ!」
「そうでしたっけ?」
わざとすっとぼけてきょとんとして見せると、アルターニャはムッとした顔をした後、酷く悲しそうな顔を見せる。
あれ、そんな顔をさせたかったわけじゃないんだけど…。
「…散々酷いことをしておいて友達だなんて都合のいいこと言わないでって話よね。まぁそれは昔の貴女も同じだけど、今は違う。……本当にごめんなさい」
私が愛称で呼ぶことを断ったのはまだ本当に仲良くなれたわけではないからなのだが…彼女は私が本気で怒っていると誤解しているようだ。
「誰がそんなこと言ったんですか?」
「え?」
「私が友達だなんて都合のいいこと言わないでって言いましたか?まぁ思ってますけど」
「ほら、やっぱり思ってるじゃない!」
しまった、口が滑ってしまった。よく考えたらとっくに不敬罪で処刑されてもおかしくないのだが、何故許されているのか不思議だ。
「思ってはいますけど…私はできれば王女様と友達になりたいって思ってますよ。」
というかアルターニャを敵に回したら色々と面倒なのよね。立場的にも。まぁもちろん、理由はそれだけじゃない。
私が悪役という立場を放棄し、イサベルと仲良くなってしまったことで、アルターニャが主人公の優しさに触れて改心するというシナリオは完全に消えてしまった。
そうなれば彼女を改心させられるのはきっと私と…アレクだけ。アレクにそんな面倒なことを頼むわけにはいかないし、ここは私がお節介を焼くしかない。
……あと、イサベルとかならともかく、流石の私でも他の女の子の面倒を見てと頼みたくはない。
そんなことを考えていると、突然私の手がパシッと掴まれた。
「えっ」
アルターニャ王女は私の両手を掴み、胸元まで持ち上げると、瞳を輝かせる。
「いいの!?私と……友達になってくれるの!?」
「だ、だからそうだって言ってるじゃないですか、どうしたんですか突然…」
「だって…絶対断られると思ってたから」
まぁ、アルターニャの言うことも最もだと思う。ここで彼女がもし「今までのことは水に流してあげる。私が友達になってあげるわ!」などと言い出したら私は即断っていたはずだ。でも彼女はそうしなかった。
反省し、謝罪し、ライバルであるはずの私を「友達」と言ってくれた。そんな彼女を許さないわけがない。
…まぁ呼びなさいはちょっとあれだったけど。距離感というものをまだまだ教えてあげる必要がありそうね。
「別に断りませんよ。でも友達なら『呼びなさい』はちょっとマズいですね」
「うっ……そうね、ごめんなさい。気をつけるわ。……ねぇリティシア」
アルターニャ王女は、長い睫毛を伏せる。どうでもいいけど手離してくれないかな。
「あのね…私はずっと殿下と結婚するものだと思ってたの。リティシアが婚約破棄して、私と結婚するんだって。」
「……あの、まさかとは思いますが喧嘩売ってるんですか?」
「そうじゃなくて。そう、思ってた。でも今はそう思ってないわ」
てっきり喧嘩を売られたのかと思ったがそうではなかったらしい。アルターニャ王女は言葉を続けた。
「でも、もし…もし私が殿下と結婚できなかったら……」
きっと彼女は気づいているのだろう。私からアレクを奪うなんて限りなく不可能に近いと。
アルターニャの不安そうな瞳は、「アレクの婚約者になれなかった未来」を予見していた。
「私は……どこか遠くの国に売られてしまうの?」
王族として生まれた者の使命。王位継承者になれなかった者…もしくは王女として生まれた者は、国のために決められた相手と結婚しなければならない。
王族でなくとも貴族に生まれればもちろんそういうこともある。私とアレクのような関係は本当に稀なのだ。
「……嫌なのですか?」
「…………そんなこと言えないわ」
「嫌なのか、嫌じゃないのか、聞いてるんです。はっきり答えてください。王女様の意思を。」
「嫌に……嫌に決まってるじゃない!どうして私が会ったこともない人と結婚しなければならないの!」
アルターニャ王女は大声を張り上げると、肩で息をする。そしていつもの強気な表情を崩し、切なそうに呟く。
「でも私は王女だから……王女だから結婚しなきゃいけない」
「私はそんなことないと思います」
私の言葉に、彼女は弾かれたように顔をあげた。
「嫌だと言ってみてください。自分の相手は自分で決めるって声をあげるんです。もし聞いてくれなければいつもの王女様のように暴れればいいじゃないですか」
「かっ…簡単に言ってくれるわね!そんなことできるわけ……」
「できますよ。不可能なんてありません。変えようと努力すれば、絶対に未来は変わるんです。」
まっすぐアルターニャの瞳を見つめると、不安げに揺れていた瞳に少しだけ希望が宿っていた。
「私自身が、そうだったように。」
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