第271話ㅤ王女の心配

突然声をかけられ、ビクッとその人物の肩が震える。そしてゆっくりとフードを取る。月明かりに照らされた顔は、相変わらずその性格に似合わぬ美しい顔立ちだった。


いつもの強気な表情はどこへやら、私を弱々しい瞳で見つめている。


「リティシア……?ホントに……ホントにリティシアなのね……?」


「そうですよ。あの時以来ですね、アルターニャ王女様」


「殿下……殿下は!?殿下はご無事!?」


「はい。アレクも無事です。」


「あの……あの手紙は貴女が直接書いてくれたのね?私が罪に問われないように……っていう」


「はい。私たちはちゃんと崖から落ちましたからね。それを落ちてないことにすると王女様に皇后が何をするか分からないので……王女様の任務は達成したということにしてありますよ」


「………」


まだ何か不安なことがあるのだろうか。今こうして彼女が無事なことが、私の計画が成功したという何よりの証拠だろう。皇后と私の問題に、できれば他の人間を巻き込みたくはない。


「なんで……!」


「……?」


「なんで怒らないのよ?私、貴女を突き落としたのよ?そんなつもりじゃなかったじゃ済まされないわ……」


「いや王女様は突き落としてないですよね?確か最後の一押しは水の魔法…つまり皇后の魔法だったかと」


私の記憶が正しければアルターニャ王女はただ皇后の指示に従って崖に追いやっただけ。それに王女は私を殺したくないとはっきり言っていた。落とすつもりなど本当になかったのだ。


彼女はぽかんと口を開いた後、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「やっと……やっと気づいたわ。貴女って……」


その続きを全く予想できず、私はきょとんとして彼女の言葉の続きを待つ。王女は涙を浮かべながら笑った。


「アレクシス殿下にとっても似てるのね」


今度は私がぽかんと口を開く番だった。まぁ似ているところもなくはない…のかもしれないが、アルターニャはどのポイントに対してそう言ったのだろう。


私が何も言葉を発さないのを見ると、アルターニャはくすくすと年頃の少女らしく笑った。


「どうりで貴女のことが気になるわけだわ。昔の貴女とは全然違う。本当に……変わったのね」


「はい、私も大人になりました。アルターニャ王女も一緒に大人になりませんか?」


「今私をバカにしたわね?王女に向かってそんな態度ができるのは貴女くらいよ」


「まさか。この私がそんなことするはずないじゃないですか」


アルターニャはじとっとした視線を向けてくるが、私はそれに気づかないふりをする。彼女には王女だとか以前に、もう少し大人になってほしいものだ。


「……今日、ここに来たのはね、貴女に謝りたかったからなの」


「……え?」


「……ごめんなさい、リティシア。もう二度と……あんなことはしないと誓うわ。」


アルターニャ王女は頭を深く下げると、そう呟く。上辺だけではない、心からの謝罪だった。


私が慌てて「あの…王女様、顔を上げてください。王女様が頭を下げる必要はありませんよ」と言うと、「それもそうね!」と開き直って突然勢いよく頭を上げるものだから、危うくぶつかりそうになってしまう。いやそれもそうねってなんなのよ。


「あの時……リティシアが崖から落ちそうになった時…殿下が飛び降りたでしょ?」


「…はい」


「殿下が飛び降りるあの瞬間、何故かリティシアの姿が重なった。」


アレクが私に見えたとなると私が私を助けていることになりとても変なことになってしまうのだが…まぁそういう事ではないのだろう。私はどうでもいい考えをすぐに追い払った。


「もし逆だったとしても…もし崖から落ちたのが殿下だったとしても、リティシアは同じことをするんだろうなって思ったの」


「そうですね。私もきっと同じことをすると思います」


迷わず即答すると、アルターニャは薄い笑みを浮かべる。


「そうよね。そうだと思う。…でも私はそこまでできない。殿下のことは大好きだけど、彼を追いかけて崖から飛び降りるなんて…絶対できないって思ったわ」


私は驚いた。目の前の人物がアルターニャであることを疑ってしまうほどに、彼女は成長していたのだ。あのわがまま放題の王女が自分を冷静に分析するなんて…以前では考えられない話だ。


「悔しいけど、貴女と殿下の絆は本物だわ。私が認める」


「王女様に認められても…」


「ちょっと!…まぁでも、その生意気な態度も許してあげる。リティシアは殿下の婚約者だし…私の……」


「……ライバル?ですか?」


「違うわよ!いや、違わないけど、そう言いたかったわけじゃないの」


そして彼女は何故か暗がりでも分かるほど頬を赤らめると、「と……」と口にする。私が首を傾げると、アルターニャは叫んだ。


「友達だから!」


耳がキーンとするほど大きい声で叫ばれたその台詞に、私は目を見開いた。……友達?今友達って言ったの?この人が?


理解が全く追いつかず、私は言葉を失っていた。



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