第270話ㅤ怪しい影

頼みの綱のアレクに突き放され、皇后は相当衝撃を受けたようだった。そして静かな声で呟いた。


「......出ていきなさい、リティシア=ブロンド。今後一切この部屋に入ることは許しません。私が貴女とアレクの婚約を認めることは永遠にないわ」


「……皇后陛下、私は皇后陛下を怒らせようと思って言ったわけではないのです。ただ……」


「何度言わせるの!?早く出ていきなさい!」


私は皇后をなんとかなだめようと声を発したが、最早手遅れのようだった。これ以上ここにいれば何をされるか分からない。またしても私は皇后に嫌われてしまったようだ……。


皇后の尋常ではない魔力を感じ、アレクは「リティ、部屋を出よう」と私の背中を押してくる。私は大人しく扉に手をかけ、ゆっくりと開いた……その瞬間、私は振り返る。


「……私は、何度牢屋に入れられようと、何度崖から落とされようと必ず陛下の前に現れます」


これだけは、言っておきたかった。どんな嫌がらせにも私は屈しない。もう二度と、自分の幸せを諦めたくないから。


「私は諦めません。アレクとの婚姻を認めて貰い……アレクにしてきたことを謝ってもらうまで」


これ以上の刺激はまずいと思いさっさと部屋を出ようとすると、「リティシア=ブロンド」とやけに落ち着いた声がかかる。てっきり先ほどのように怒鳴られると思ってていたから私は驚いた。


「……王族として生きるということはそれ相応の危険が付きまとうもの。貴女みたいな悪女がアレクを護りきれるかしら」


私はその言葉に、自信に満ちた笑みを浮かべる。


「皇后陛下。悪女は大切な人を護るためならどんなことでもできるのですよ。……先ほどお話したこと、考えてくださいね」


私達はその返事を待たず、皇后の部屋を後にした。結局事を悪化させただけのように思えるが……でも一応、私の言いたいことは言えた。


きっとあの人はあの人なりになにか苦悩を抱えているのだろうが……だからといってアレクを傷つけることは誰であろうと許さない。


「リティ様……大丈夫でしたか?」


部屋には厳重な防音魔法がかけられているため、中の様子をイサベルとアーグレンが知ることはない。二人は心配そうにこちらを見つめてくる。


「大丈夫。なんともないわ。でも……また嫌われちゃったみたい」


「皇后陛下は自分に従わぬ者は誰であろうと憎むお方です……公女様のように自分の意見をハッキリぶつけてくる者は特に遠ざけるお方ですので、あまりお気になさらず……」


「分かってるわ。この国で最も身分の高い人だもの。格下の人間の意見なんて聞きたくないわよね」


私が深くため息をつくと、三人がとても悲しそうな表情を浮かべるので、私は慌てていつもの表情に戻す。


「……アレク、貴方は……自分より下の身分の人間でも……意見を聞くでしょ?」


「あぁ。意見に身分は関係ないからな。それに、俺が何かを成し遂げて王子になったならまだしも、俺はただたまたま王家に生まれただけだし……」


「そんな風に考えられる人はなかなかいないわ。貴方はなるべくしてなった王子なのね。」


己の権力を振りかざさず、自分より下の人間の意見にも耳を傾ける……彼は間違いなく王の器を持っている。きっと彼は自らの力で王子になっていたとしても…同じことを口にすることだろう。


「それに比べて…皇后陛下は全然違うのね」


私は深くため息をついた。人は簡単には変われないが、変わろうとすることはできる。それに気づいて考えを改めてくれるといいが…なかなかそう上手くは行かないだろう。


そして、特にすることもなくなった私たちは私の屋敷へと向かう。アレクが送ると言って聞かなかったが、あれだけの暴走をしておいて平気でいられるとはとても思えなかったので、とりあえず寝なさいと言っておいた。


すぐ寝なかったらもうお城に来ないからねと釘を差しておいたので、多分大丈夫だ。


屋敷に着くと、明らかに屋敷の裏へと回る怪しげな影が見えた。その影は私だけでなく、二人にも見えたようだ。


「まさか……リティシア様があまりにも美しい美人だから誘拐を……!?」


「落ち着いて。そんなわけないわ。というか美しい美人って何?」


焦るあまり頭痛が痛いみたいなことを言っているイサベルは置いといて、アーグレンは険しい表情を向けていた。


「公女様、ご命令を頂ければすぐにでも捕まえますが……」


「待って。あの影……どっかで見覚えがあるのよね」


あのフードを被った人物……一瞬見えた髪によく見覚えがあった。なんの理由もなく捕らえたら国際問題に発展する……あの人物に違いない。


「二人共、ここで待っ……てるつもりはなさそうね」


着いていく気満々の二人に私は笑う。相変わらず頼もしい人たちだ。


「じゃぁ、ちょっと隠れてて。二人で話したいの」


二人は頷くと、近くの植木に素早く身を隠した。そして私は屋敷の裏で不安げにどこかを見つめる影へと近づく。


「こんにちは。私になにかご用ですか?」

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