第268話ㅤ疑問
「なによ?」
私の問いには誰も答えてくれなかった。
そして、アレクは皇后の部屋の扉をノックする。実の母を訪ねる息子の表情にはとても思えないほど、緊張した面持ちだった。
すぐに部屋の中から「誰かしら?」と返事が返ってきた。
「こんな時間に皇后の部屋を訪ねるなんて...余程の命知らずか、それとも......」
「......俺だよ、母さん。入っていいか?」
「ふふふ、貴方だと思ったわ。さぁ、早く入っていらっしゃい」
冷たい声色が、パッと明るい声色に変わる。ただ純粋に息子を愛する母のように。その様子が非常に不気味に感じられた。
「母さん、実は......」
「アレク、そこに......誰かいるわね?」
アレクの言葉を遮り、皇后は、ゆっくりと低い声で呟いた。一気に空気が静まりかえる。
このまま追い返されてしまうかもしれない。このチャンスを逃せば、皇后との面会はほぼ不可能だ。
「いいわ。連れていらっしゃい。ただし......一人だけよ。中に入れるのは、貴方と、一人だけ。その他は外で待機しなさい」
この時点で、アーグレンとイサベルの入室が拒否されたも同然だ。二人は同時に青ざめる。側で私達二人を護ろうとしてくれていたのだろう。
一人だけ、と言われたのだから私以外が着いていくことももちろんできる。だがそれでは意味がない。私自身が戦わなければならないのだから。
何かあったらすぐに知らせると二人に伝え、私はドアノブを握ろうとする。しかしそれより早くアレクが掴んだ。
「なにがあるか分からないから、俺の後に続いて」
流石に皇后の部屋の扉にはなにも仕掛けられてはいないだろう。ただその用心しすぎるくらいが大事なのかもしれない。
「分かったわ。......じゃぁ、また後でね、二人共」
「どうかお気をつけて......」
「ご無理だけはなさらないで下さい......」
私達は、扉をゆっくりと開き、中へと足を踏み入れた。
部屋へ入ると、壁を見つめ、どこか寂しげな表情をする皇后がそこにいた。すぐにこちらと目が合い、驚いたような表情をする。
「リティシア嬢......随分元気そうね」
「はい、皇后陛下のおかげで毎日健康です」
今のは生きていたのね、と言いたいのだろう。それはそうだ。アルターニャを上手く利用して崖から落としたはずなのに私が元気に生きていたのだから。
「アレク」
皇后は私から目を逸らすと、とんでもない提案をした。
「今ここでリティシア嬢を殺しなさい」
冗談でもなんでもない、ただ淡々と命令を下すように呟くものだから、私はぽかんと呆れざるを得なかった。
ちらりと横目でアレクを見れば、彼は見たこともないほどの憎悪の表情を浮かべていた。
「......リティを殺さなければならないのなら...俺はここで剣を腹に突き刺して死ぬ」
震えるほどの怒りを隠そうともせず、彼は酷く低い声で告げた。皇后を強く、強く睨みつけて。
「アレク......」
すると、皇后は怒るでも、否定するでもなく、ただ深く息を吐いた。
「そう......効いていないのね......私の魔力」
今の発言の重さにしては、どうも迫力にかけると思ったが、魔力譲渡の儀式が成功したかどうかを確認しただけのようだった。それにしても酷すぎる確認の仕方ではあるが。
「一つ......聞くわ。リティシア嬢」
「...はい」
「貴女は私が怖くないの?」
突然、純粋な疑問をぶつけられた。
「今私は貴女を殺せとアレクに命令したのよ?魔力譲渡の儀式が効いていれば、貴方はアレクに......愛する人の手で殺されていた。それなのに、貴女は少しも怯えないのね」
私は少し目を瞑った後に、ゆっくりと答えた。
「怖くない......と言えば嘘になります。皇后陛下のことも、アレクに殺されることも、どちらもとても怖いです。でも......もし、もしアレクの命か、私の命かを選ぶなら、迷わず私の命を捨ててほしい......私はそう願っていますから。アレクのために、アレクに殺されるのなら私に悔いはありません」
皇后は、驚いたような表情をこちらに向ける。私は、この機会に私に対する怒りの種を少しでも取り除こうと、口を開く。
「皇后陛下。私が今までしてきた数々の無礼を改めてここで謝罪させて下さい。過去の罪が消えるわけではありませんが、反省の意があることをどうかご理解頂きたいのです。」
「......貴女はアレクの名を利用して金儲けをしたことがあるそうね。時期皇后になる私に投資すれば地位を約束すると言って」
「それは......」
「.........申し訳ございません。もう二度とそのような真似は致しません」
全く身に覚えがなさすぎるけどあの悪女がやっている姿は目に浮かぶわ。素直に謝りましょう。
「......貴女はアレクの服をわざと傷つけておいて、彼が気づいた時に予め用意させていた新しい服を素早く渡し、王を支える時期皇后としての存在を周りにアピールしたそうね。」
「申し訳......」
「待った」
謝罪をしようとした私を、アレクが止める。最初の一つ目から私を庇おうとしていたが、これは過去のリティシアがやったことであり、つまり私がやったこと......になってしまう。私を庇えばアレクが悪人、だからどうか止めな......。
「その話、俺は知らないぞ」
その発言に、私は背筋が一気に凍っていくのを感じた。
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