第267話‌ ‌部屋

その言葉に、皆は同時に息を飲んだ。そして不安そうな表情を浮かべ、それぞれがどう私を止めようか悩んでいるようだった。そんな中、最初に口を開いたのはイサベルであった。


「リティ様…お気持ちは分かりますが、皇后陛下はリティ様を危険に晒したのですよ?きっとこの先も殿下とリティ様をどんな手を使っても引き離そうとすると思います。私はおすすめできません。」


「私もイサベルさんと同意見です。どう考えても危険すぎます。どうかお考え直しください、公女様」


二人に自分の母親のことを危険呼ばわりされてもアレクは怒るどころか共感の意を見せるだけだった。それほどまでに皇后という存在は恐ろしいのだろう。


「リティ……気持ちは分かるし、戦おうとしてくれるのは嬉しいけど、できればお前を巻き込みたくないんだ」


「あら、私たちの問題なのに私を巻き込まないってどういうこと?私は誰かに護られるだけのお姫様だって言いたいわけ?」


「そういうわけじゃないけど……」


「分かってるわ。でも貴方が言ってるのはそういうことよ。私を護ろうとして、危険から遠ざけて、結局貴方だけが傷つく。さっきの貴方がそうだったようにね。」


困ったような顔をして黙ってしまった彼を見て、私は安心させるように笑う。


「言ったでしょ。大切な誰かを護りたいなら、なにかを手に入れたいなら…自分から動くのよ。私はもう二度と貴方を失いたくないの。」


アーグレンとイサベルはそれを聞いても尚不服そうな顔をしたが、アレクだけは違った。


「分かった。じゃぁ一緒に戦おう。さっきリティが提案してくれたように。でも…なにかあったら絶対に護るからな」


「分かってるわ。ありがとう。理解してくれて」


いくら公爵令嬢と言えど、この国で最も高貴な女性である皇后陛下に勝負を挑むのは無謀な話だ。それは婚約者であっても変わらない。下手をすればこの国を敵に回すことになるのだから。


でも怖くない。私が恐れるのはアレクが傷つくことだけだから。


イサベルとアーグレンも無茶はしないという条件で納得してくれた。それはもちろんアレクにも約束させていた。いくら母親であれど、傷つけない保証はどこにもないからだ。


「さてと……早速乗り込みたいところなんだけど、私皇后の部屋なんて行ったことないわ。そもそも今部屋にいるのかしら」


「母さ…皇后は基本部屋にいることが多いから、今もいると思う。場所は俺が案内するけど、リティ、頼むから無茶だけはしないでくれ」


「分かってるって、しつこいわね。嫌うわよ」


「え、嫌う!?分かった、もう言わないからそれだけはやめてくれ…」


大丈夫よ、例え貴方に殺されても、私が貴方を嫌うことなんてないから。そう言ってあげようかと思ったが、焦ってるアレクが可愛かったのでそのままにしておいた。


皇后の部屋へと辿り着く前に何人かの使用人とすれ違ったのだが、彼らはこんな時間にどこに行くのかと不思議そうに声をかけてきた。本来であれば部屋で王子の仕事でもしている時間だろうから、そう思うのも仕方ないだろう。


今から皇后の部屋に乗り込むとも言えず、アレクは折角来てくれたから私を案内しているのだと誤魔化していた。


歩き続けていると、やがて厳重な装備をした兵士二人が現れる。その二人はとある部屋を守り続けていた。それが誰の部屋なのかは聞かなくても想像がつく。兵士二人はアレクの姿を見ると敬礼をする。


「アレクシス殿下、こんな夜遅くまでお疲れ様です。皇后陛下にご用ですか?」


「あぁ。いつも見張りありがとう。ここは俺が見張るから、二人は少し席を外してくれないか?」


「そ、それは……いくら殿下の頼みでも殿下ともあろうお方に見張りを依頼するわけには……」


アレクの突拍子もない提案に兵士たちは困り果ててしまう。兵士たちには悪いが、ここをどいてもらわなければならない。


私たちと言い争う様子をもし見られたら…彼らは皇后に消されてしまうだろうから。


「それなら、私が見張れば問題はないな」


「あ、アーグレン騎士団長!?どうしてここに……」


「問題はないかどうか聞いてるんだが…問題はないな?」


「は、はい!もちろんでございます!で、では騎士団長、恐縮ですが見張りをお願いいたします。ほら、行くぞ!」


「わ、分かった」


見張りの兵士はアーグレンの圧に完全に怯え、自分の職務を投げ出すことを決めたようだった。去って行く二人を黙って眺めていると、「待った」とアレクが声をかける。二人はまだなにかあるのかと恐る恐る振り返る。


「リティとイサベルにも挨拶をしてくれ」


完全に存在を無視していたことに気づき、兵士二人は深々とお辞儀をした。


「も、申し訳ございません。挨拶が遅れてしまいました。リティシア様、イサベル様、どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ!」


二人はそのまま逃げるようにその場を去っていってしまった。


「別に挨拶なんていらないのに…イサベルにはしてほしいけど」


「ダメですよ!リティ様の悪い噂がたったりしたらどうするんですか!」


「あぁ…確かに、そうなったら婚約者であるアレクに迷惑がかかるものね」


何故か私以外の全員が同時にため息をついた。


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