第266話 優しさ

「リティ様は私達がいなくなるのが寂しいんじゃなくて……私達が傷つく姿を見るのを嫌がるんです!だからいつもいつも……私達のために傷つくんです!!」


「……え?」


「傷ついても、傷ついても……何度傷ついてもリティ様は笑って言うんです。『あなたが無事でよかった』って」


「え……私、そんなことは……」


そんなこと言わないわと否定しようとしたのだが、アーグレンとアレクが否定どころか何度も頷いて肯定の意を示していたので、そっちに注目してしまう。


「優しいなって言っても……優しいのはあなたの方だって絶対言うんだよな。」


「誰も見捨てない、皆を護ろうとするお心は……リティシア公女様の優しさだと私は思います。」


私が……優しい?そんなこと考えたことなかった。でも私は、そんな風に言われるような存在ではない。


「……違うわ。私が皆を護ろうとしたのは、自分が生き残るために皆を味方につけようとしていただけだったんだから。アレクに優しくするのだって、優しいからじゃなくてアレクに幸せになってほしいという私の願いからだったし……。結局今も皆を失いたくないという自分本意な考えにすぎないのよ」


「違うな」


「……違うってなにがよ」


「リティが生き残るためだけなら、わざわざ皆を護って味方につける必要はない。敵でもなく味方でもなく、ただ関わらないという選択の方がずっと楽だ」


「あのね……。イサベルは主人公だし、アーグレンは世界最強の騎士だし、アレクはこの国の第一王子でしょ。この三人を放置したらなにをするかわかったもんじゃないわ」


小説の最重要人物を完全放置だなんてそんな恐ろしいことできないわ。手懐けてしまった方がはるかに楽に生きていけるもの。


「じゃぁ聞くけど、リティが仮に放置したとして、俺はリティを殺したと思うか?」


「何言ってるのよ、貴方が誰かを殺すなんてありえないわ」


アレクの言葉に、そう間髪いれずに答えてから、私は自分の口に手を当てる。


「……あ」


そんな私の様子を見て、イサベルが優しく微笑む。そして、私の手をそっと取ると、目線を合わせてくる。


「そうです。私たち皆、リティ様と関わりがなかったとしても、リティ様を傷つけることはなかったと思います。リティ様が悪役のように生きることはなかったでしょうから」


「関わらないのではなく、わざわざ優しくしようと思ってくれたのは公女様の選択です。」


そう言われると、仕方なく選んだ道ではなく、私が自ら選んだ道だったように思えてくる。なんと言うべきか迷って言葉に詰まっていると、アレクが呟く。


「最初から、不可能だったんだよ」


「……え?」


「リティが悪役のように……小説の悪役令嬢のように生きるなんて、無理だったんだ」


アレクは優しい瞳でこちらを見つめる。愛しいものを見るかのような……そんな眼差しで。


「だってリティは……最初からずっと俺たちに優しかったんだから」


その言葉で私は理解した。私は初めから悪役になんてなれなかったんだということを。私は、私の意思でアレク、イサベル、アーグレンを手懐けたのではなく……優しくした。


もしかしたら、小説の決められたストーリーという過酷な運命をもつ彼らを哀れに思ったのかもしれない。仮にそうでも、「彼らを助ける」という選択には変わりない。


「私が奴隷商人に捕まった時、リティ様と殿下、そしてアーグレン様が助けに来てくださいましたよね。私は、あの日を忘れたことは一度もありません。」


イサベルは思い出したくもないであろうあの日の出来事を語る。しかし、恐怖に怯える様子は全くなく、むしろ清々しい表情をしている。


「助けるだけに留まらず、私をお屋敷へ拾い上げてくださったリティ様の優しさに、私は本当に感謝しております。どうかご自分の優しさを否定しないでください。私も、殿下もアーグレン様も……皆、リティ様の優しさに救われたんです」


「イサベル……」


「今、こうして殿下を助けられたのも、リティ様の優しさのおかげです。殿下を助けたいという優しい気持ちが殿下を救ったんですよ」


ちらりとアーグレンとアレクを見れば、何度も首を縦に振って頷いていた。さっきも見たなこの光景。


私は突然褒め称えられて少し困りながらも、言葉を発する。


「……なるほどね、貴方たちの言いたいことは分かったわ……」


そして私は地面に転がっていた、壊れたアーグレンの剣を手に取る。仕方ないとはいえ、立派な剣が台無しになってしまった。


「アーグレン、この剣ごめんなさいね」


「いえ、お気になさらないでください。この剣も公女様をお守りすることができて光栄に思っているでしょうから」


本当に全然気にしていないように言うものだから、私は思わず笑ってしまう。愛用していた剣を主人に壊されても怒らない……これはアーグレンの優しさだ。


「もしかしたら、貴方たちの言うように私にも優しさというものが……少しは、あるのかもしれない。でもね?貴方たちの方がずっと優しいわ。それは譲らないからね」


全員が一斉に不服そうな表情をしたので、私はそれに気づかないふりをすると、剣に目を向ける。


「そして……誰かを護るためには、優しいだけじゃダメ。戦わなければ望むものは手に入らない」


どういう意味かとこちらを見つめる彼らに、私は笑ってみせる。


「皇后の部屋に乗り込むわよ。戦いの準備はできてる?」

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