第265話 気づかない

「ごめん、気を悪くしたよな」


「別に大丈夫よ。怒ってないわ」


本当に怒っていないのだが強めの口調で言ってしまったため、更に誤解させるような形になってしまった。微妙な空気になりかけたので、私は慌てて話題を変える。


「そうだ、どうして突然魔力が暴走したの?そんな素振り全くなかったじゃない。」


「私が見たところ、殿下の魔力ともう一つ……知らない魔力があったように思えたのですが、殿下に一体なにがあったのですか?」


「アレクは私の剣を簡単に弾き飛ばすほど強くなっていた。それに……あんな戦い方はお前らしくない。よければ訳を教えてくれないか?」


私達がそれぞれ抱えていた疑問をぶつけると、アレクは分かりやすく表情を曇らせる。その悲しげな表情に、私は再び話題を変えるべきか迷った。……だがその必要はなかった。アレクはポツリ、と呟く。


「……儀式」


「え?」


「王族に代々伝わる魔力譲渡の儀式。それを俺の母親……皇后が俺に使ったんだ」


「儀式……?」


「魔力譲渡の儀式」という言葉だけを聞けばむしろいいようにも聞こえる。だがアレクのあの様子を見る限りでは、いいだけではなさそうだ。


「あぁ。王族は親から魔力を受け継ぎ、強くなる。だけど……受け継ぐのは魔力だけじゃない。親の考えや価値観までも受け継いでしまうんだ」


「なによそれ……それじゃ同じ人間を二人生み出していることと同じじゃない。」


皇后はそこまでしてアレクを自分の思い通りに動かしたいのか。私は皇后に強い怒りを感じる。そして彼の話を聞いて考え込んでいたアーグレンが、口を開いた。


「……そうか、魔力を受け入れてしまったら……アレクは公女様のことを憎むようになってしまうのか……皇后陛下と同じように」


「…………え?」


そこまでは頭が回らなかった。ただアレクは皇后の思い通りになりたくないから反発したとばかり……でもそうね、私は皇后には全く好かれていない。大事な息子を奪われたと憎んでいるはずだわ。そんな皇后の考えを受け継いだら、アレクは……。


「……私のために反抗したの?」


「……いや、違う。俺は……」


「違くないわよね。私を憎みたくないから、嫌いたくないから……攻撃したくないから、わざと自分が苦しむ道を進んだってことでしょ?」


私の脳裏に、冷たい瞳で「消えてもらおうか」と呟いたアレクの姿がよぎる。確かに辛かった。彼に剣を向けられるのも、敵意を向けられるのも、その瞳も声も全て。


「……正直に言うわ。私は貴方に嫌われたら悲しい。それはもう耐えられないほどに苦しむと思う。……さっきの私がそうだったから。」


「……リティ」


「でもね……それ以上に、私のために貴方が傷つく方が嫌よ。……魔力が暴走していた貴方はすごく苦しそうだった。そんなに苦しむくらいなら一旦魔力を受け入れてしまった方がまだマシだわ。それで皇后の言いなりになってしまったとしても、私がさっきみたいに止める。絶対に止めるわ」


私はアレクの手をそっと握る。彼は驚いたようにこちらを見つめてくる。私は本気だ。なにがあっても、彼を止める自信がある。


「私も一緒に戦うから……全部一人で背負わないで」


誰かを護ろうとして、彼は全てを一人で背負い込む。それは立派で、勇敢で、そして……無謀だ。


「貴方には私がいる。アーグレンも、イサベルもいる。皆貴方の味方なの。たった一人で背負う必要なんてないのよ。」


王子という立場の貴方はきっと普通の人以上に苦労をしている。それに加えて誰かを護ろうとする優しい心があるのなら……その苦労は計り知れない。だからこそ、私が少しでも負担を軽くしてあげたい。そう強く思うのだ。


「……リティは……」


そこで一旦言葉を止めると、彼はふっと微笑んだ。


「……リティは強いな。訳も分からず俺に攻撃されて、相当傷ついたはずなのに……それでも俺を心配してくれるなんてさ」


「……強くなんてないわ。偉そうなこと言って……結局私は貴方を失うのが怖いだけだもの。」


この世界で目覚め、生きていこうと決めたあの日から、私は貴方のために生きてきた。


誰よりも幸せを願っているのに、私が近づいたせいで貴方の未来が台無しになってしまったら?あの時私のために迷わず命を捨てた……いいえ、捨てさせてしまった自分が怖い。


もう二度とあんな選択をさせたくない。貴方のいない世界なんてなんの意味もないのだから。


「……本当は誰よりも優しいのに、それを隠してる」


「……え?」


「リティはずっとそうだ。俺のことも、イサベルのことも、アーグレンのことも……どんな時も皆を護るために動いているのに、そうやって誰のことも考えていないかのように言うんだ」


「だって私は本当に……自分のことしか考えていないのよ?皆を護ろうとするのだっていなくなったら私が寂しいからだし……」


「違います!」


黙って話を聞いていたイサベルが、突然声を張り上げた。彼女は、悲しさと怒りの混じった不思議な表情をしている。

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