第263話 私の涙は

カキィィン!と強く金属音がぶつかる音がする。誰かが私とアレクの間に入り、攻撃を防いだわけではない。剣を受け止めたのは……この私だ。


「な……どういうことだ!?」


アレクが驚くのは無理もない。何故なら私は刀身の半分が折られ無惨な状態となった剣で彼の武器を押さえていたのだから。しかも、折れてしまってなにもないはずの刀身で、だ。


彼の目には透明にしか見えていない。イサベルとアーグレンも驚いたように目を見開いていた。私は予想通りの反応に、一人不適な笑みを浮かべる。


「よく見てごらんなさい……剣はそこにあるのよ」


「なに………?」


アレクがよく目を凝らしてみると、なにもないはずの空間が少し歪んでいることに気づいた。……そう、炎をよく観察すると空気が歪むように見える、あの現象だ。


「まさか……!」


「そのまさかよ。」


私は咄嗟に、リティシアが使っていた炎の短剣を応用し、折れた刀身を補う透明の炎を生み出したのだ。


その炎は、触れたところから少しずつ、少しずつアレクの剣を溶かしていく。それに気づいたアレクはすぐに剣を放す。剣を引いたその瞬間を、私は見逃さなかった。


「さぁ、目を覚ましなさい!」


私は炎の剣でアレクの剣を吹っ飛ばそうと突きだしたのだが、感情が高ぶったせいか、私を包むほどの大きな炎が背後に現れてしまった。その炎はそのままアレクを打ち倒すべく、彼を包み込んでいく。


「待っ……!」


そう思った時には既に遅く、炎の渦はあっという間に剣を吹き飛ばし、アレク本人の身体さえも巻き込んでしまった。


彼はなす術もなく身体を壁に強く打ち付けられ、力なく項垂れる。壁に入った亀裂とぶつかった時の音が私を一気に不安にさせた。


アーグレンとイサベルは青ざめた表情でアレクを見ている。……とんでもないことをしてしまった。


私は慌てて彼に駆け寄った。


「ご、ごめんなさい、そんなに強く吹っ飛ばすつもりは…大丈夫?アレク」


目を覚まさせるためには一旦強い衝撃を与えなければならないと思い、魔力を解き放ったのだが、上手く加減ができなかった。アレクを助けるためにやったのに、アレクを殺してしまってはなんの意味もない。


返事をせず項垂れるだけの彼に不安を募らせながら、頬に手を当てる。魔力暴走の影響なのか、とても冷たかった。


このまま目覚めなかったらどうしよう。

目覚めても、また私を殺そうとしたら?


私は……どこまで耐えられるだろう?


そんなことを思いながら見つめていると、アレクがうめき声をあげ、ゆっくりと瞼を開く様子が見えた。


「アレク!」


よかった、生きててくれた……。私は心の底からほっと安堵するのを感じた。例えアレクが元に戻らなかったとしても、私は貴方を殺したくないわ……。


「……リティ」


まだ頭がぼうっとしているのか、ぼんやりとした表情でこちらを見つめてくる。その優しい声色、その瞳ですぐに分かった。悪い夢が覚めたのだと。あれほど赤かったはずの瞳は、元の優しい水色に戻っていた。


すると、アレクの表情が変わった。目を大きく見開き、驚いたようにこちらを見ている。理由は明白だ。私の瞳から大粒の涙が溢れているから。これには私も驚いた。


「えっ……あれ?なんで……」


ずっと不安だった。私をまたあの冷たい眼差しで睨み付けるんじゃないかって……。本人の意思じゃないと分かっていても辛いものは辛い。その気持ちが今あふれでたようだった。


「あれ?ごめんなさい、私泣くつもりなんか…」


慌てて涙を拭うが、拭っても拭ってもあふれでてキリがない。どうしようかと焦っていると何故かアレクの腕がこちらに伸びてきて、私の腕を掴んだ。謎の行動に困惑していると、そのままグイッと引き寄せられた。


そして、互いの唇が触れた。一瞬、時が止まる。イサベルとアーグレンの視線が嫌というほど突き刺さるのを感じ、私は慌てて顔を離すと逃げるように後ずさる。


「なっ……え……?」


え、そんな雰囲気だった?絶対違ったよね??


反射的に口に手をやり、理解ができずにその場で立ち竦むと、アレクがふっと笑ってこちらの頬を撫でた。


「こうすれば泣き止むかなって思って」


そう言われて初めて自分の涙が止まっていることに気づいた。悲しみよりも驚きの感情が勝ったのだ。


だからと言って突然こんなことをされてはこちらの心臓が持たない。文句を言ってやろうと思ったが、アレクがおいでと言うものだから素直に従ってしまった。再び私を引き寄せると、今度は強く抱き締められた。その手は、酷く冷たく……震えていた。


「ごめん、リティ。俺のせいで泣かせたくなんかなかったのに……」


「アレク……」


私と敵対していた時の記憶が残っているのかは分からないが、アレクが酷く怯えていることだけは分かった。私もそっと抱きしめ返すと、「いいのよ」と呟く。「なにが?」という表情をする彼に、私は笑った。


「私の涙は、貴方のためにあるんだから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る