第262話 戦え

【リティシア】


「逃さねーよ」


その言葉に私は強く歯を噛みしめる。いつも私を呼んでくれた優しいあの声が、今は私を冷たく蔑んでいる。


「お前に用があるんだ。リティシア=ブロンド」


扉の前に放った剣をとるべく、彼は跳躍し、私達の前に立ち塞がる。剣を手にし、こちらを見つめてくる。アレクの面影など最早どこにもなかった。


「…消えてもらおうか」


私がどう動こうか悩んでいると、イサベルが私の前に立ち、両手を広げて彼を睨み付けた。


「イサベル…!」


「リティ様。…魔力を感じます。殿下の魔力と…知らない魔力…二つの魔力が今正にぶつかり合っていて、殿下の身体が耐えられずに暴走しているんだと思います」


なるほど、その知らない魔力のせいでアレクがおかしくなっているのね。真っ先に私を狙ったのも……なにか意味があるのかもしれないわ。


「この暴走、今すぐ私が止めてみせます!」


イサベルは両手を前に突きだすと、大声で叫んだ。


聖なる光スペクタル!」


イサベルから溢れんばかりの魔力が放たれ、アレクを優しく包み込んだ…ように思えた。だが彼は真っ赤な瞳を光らせると、素早く剣を横に振り…その光を簡単に打ち消してしまった。


「そんな…!私の魔法が通じないなんて!」


「きっとこれはただの魔力の暴走じゃないのよ。だからイサベルの力が効かなかった…」


それにしても、主人公であるイサベルの魔法があんなに簡単に消されてしまうなんて…ただ事ではない。それとも、小説とイサベルの覚醒条件が違ったから彼女自身の力が弱くなっているのだろうか…。


そんなことを考えていると、アレクが剣を振り上げる様子が見えた。間に滑り込んだアーグレンが剣を受け止め、呪文を唱える。


「またお前かっ…!」


アレクは誰かによく似た冷たい眼差しで、同じく呪文を唱えた。アーグレンから炎が燃え上がったと思ったその瞬間、それを大きく上回る水の渦が彼をぐるぐると包み込んだ。そのまま壁に彼を打ち付けると、動けないように固定してしまった。


「そこで黙って見てろ。この女と一緒にな」


その言葉にハッとした時には既に遅かった。イサベルは水の渦と共に空中に浮かんでいて、アーグレン同様に壁に固定されてしまった。


「イサベル!アーグレン!」


私がそう叫ぶと、喉元に剣の切っ先が当てられた。


「人のことを心配してる場合か?」


「…えぇ。大事な人を心配してなにが悪いの?」


私が戦うしかない。アレクを助けるために…私がアレクを倒すんだ。でも…どうやって?


「公女様!!」


カラン、とすぐ私の近くで金属音がした。音の方角を見ると、立派な剣が転がっていた。


「それを使ってください!アレクを止められるのは…公女様だけです!」


どうやらそれはアーグレンが投げたもののようだ。


私は炎を身体に纒い、その熱で剣の切っ先を跳ね返すと、しゃがんでその剣を素早く手に取る。剣術なんて学んだこともないが、今はとにかく戦うしかない。


「…俺と戦う気か」


アレクは水の魔法で二人の口封じをすると、低く、私を睨みつけながらそう呟く。私は呼吸を整えるために息を吐いた。


「えぇ。貴方には…私の大切な人を返してもらわなければならないから」


私は剣をもう一度握り直し、構えた。この人を倒さなければアレクは帰ってこない。ならば戦うしかない。単純な話だ。


「まぁいいけど…後悔するなよ?」


そう言い終わるや否や、アレクが剣を振り下ろしてきたので、私は咄嗟に剣を横にして防御の構えをとる。なんとか受け止めることができたが、剣ごしに伝わってくるとてつもない力に私は驚きを隠せなかった。


いくら私が剣術を習っていないからといって、こんなに強いのはやっぱりおかしいわ……。一体彼になにがあったというの……?


「どんなに弱くてもガードくらいはできるんだな」


「……あら、私の強さを見くびってもらったら困るわ」


「そうか。ならその強さ……見せてもらおうか」


アレクが剣を天に掲げ、呪文を唱えると、大量の水が渦となって襲いかかってくる。私は呪文を唱え、その水をなんとか消そうと試みるが、なかなかうまくいかない。


しかしここで負けるわけにはいかない。私は気合いで再び呪文を唱えると、アレクの魔法をようやく打ち消すことに成功した。彼は驚いたような表情をしたあと、笑みを浮かべた。


「へぇ、やるな」


「だから言ったじゃない、私を見くびってもらったら困るって」


だが、無理やり魔力を放出したせいで私の身体が悲鳴をあげている。アレクもそれに気づいたようだった。


「果たしてその身体でどこまで耐えられるかな?」


「貴方が倒れるまで……耐えてみせるわ!」


私は剣を振り上げ、それを思いきり振り下ろしたのだが、アレクに簡単に防がれてしまう。私が両手で全力で振り下ろしたものを、片手で軽く受け止められてしまったのだ。


「くっ……」


「なかなか面白いものを見せてもらったが……遊びは終わりだ」


アレクは真っ赤な瞳を光らせると、軽く、自身の剣を振るった。カラン、となにかが落ちる音がした。私の手には剣が握られている。ただし、刀身の半分がない状態で。


「剣が……!」


イサベルとアーグレンが心底驚いた表情で私を見つめていた。そして、窮地に追いやられた私を助けようと、もがいている。だが動けない。アレクの魔法が強すぎるのだ。


「じゃぁな」


私に向けて剣が勢いよく振り下ろされた。

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