第261話 隠された心
苦しむ息子を前にしても、皇后は顔色一つ変えない。ゆっくりと俺に近づいてきたかと思うと、扇子をこちらの首に当て、自分の方へと持ち上げる。
「ようやく準備が整ったの…貴方に魔力を譲渡する日が来たのよ。」
この状況でいきなり何を言い出すのか、俺には全く理解ができなかった。彼女の顔に心配の二文字は浮かんでいない。まるで俺が苦しむことが当然であるかのように平然としている。
「貴方は元々魔力の強い子だったけれどね、王になるにはもっと力が必要よ。圧倒的な力で支配して貴族を従わせるの。王族に代々伝わる魔力譲渡の儀式…これは互いを信頼していないと成功する確率が下がるわ。さぁ、受け入れなさい」
その話を聞いて、ようやく思い出した。かつて城の者にそんな話を教えられたことがある。王となる者は「その時」が来たら、親から魔力を伝授し、更に強くなっていくのだと。
それなら尚更受け入れられない。俺が自分の体内で渦巻く大量の魔力を追い出そうと必死に足掻いていると、皇后は眉をひそめる。
「…上手く流れていかないわね。どうして?受け入れればもっと強くなれるのよ?」
確かにそうだ。受け入れれば確実に今の俺より強くなれる。だが、そうするわけにはいかない理由が俺にはあった。
「…この…魔力を受け入れれば…俺は…強さだけを求めるようになってしまうんだろう…?」
皇后は、更に眉をひそめる。「知らなくていいことまで知っている」と…そう言いたいようだった。扇子を俺の首元から外すと、今度は自身の口元に当て、高圧的に見下ろしてくる。そして呆れたようにため息をついた。
「…よく勉強しているのね。そうよ。私の魔力を受け入れたということは貴方と私は一心同体になる。私の考えに影響されることは間違いないでしょうね。でも良いことよ。王は強さが必要なの。
皇后のような…強さだけを求め、他人を平気で蹴落とすような人間には死んでもなりたくない。誰かを傷つけるような生き方は絶対に間違っている。
「…諦めなさい、アレク。」
「…嫌だ」
「…どうして?強さだけを求めるのがそんなに嫌?貴方は強さだけを追い求めることはなかったけれど…かといってその場に留まり続けるような人間でもなかったじゃない。」
「強さだけを追い求める人間が…強くなれるわけがない…。誰かの助けがあって、初めて強さを感じられるんだ…自分だけが強くなってもなんの意味もない…」
そして強さとは他人を支配する力ではない。護るための力だ。俺の大切な人達を護るための手段なのだ。どうしてそれを分かってくれないのだろう。
皇后は冷たい瞳で俺を見下ろすと、吐き捨てるように言い放った。
「あらそう。ただの綺麗事ね。それじゃぁもっといいことを教えてあげるわ。貴方は強さだけを追い求めるようになる訳じゃない。同時にあの女に対する感情も消えるわ」
「…え…」
今…なんて…?
驚いたように見上げる俺を見て、皇后は残酷に、楽しそうに微笑む。
「あら、そこまで細かくは知らなかったみたいね」
考えに影響されることは確かに知っていたが、今までの感情が消えるなんてことがありえるのか…?リティが折角俺を思い出してくれたのに、今度は俺が…?
「大嫌い…いいえ強く憎むようになるでしょうね。私の考えがそのまま貴方に影響するんだから。つまり貴方はあの女を嫌いになれる…嬉しいことじゃない。ようやく目が覚めるのよ」
言葉が上手く出なかった。
「可哀想な私のアレク…騙されて心も身体もボロボロよね…でも大丈夫。悪女リティシアから今すぐ開放してあげるわ」
違う、違うんだ、リティは悪女なんかじゃない。何度言ったら分かってくれるんだ。あの子は…誰よりも優しくて、誰よりも強い人なんだ。
「やめろ……頼む……やめてくれ…母さん…」
咄嗟に絞り出したその台詞に、皇后は俺を強く抱きしめる。だが俺の必死の叫びにも関わらず、彼女はあくまでも残酷だった。
「忘れないでアレク。私はずっと貴方を愛しているわ。たった一人の私の可愛い息子…世界で一番強い王様になってほしいの……」
「俺は…リティを傷つけたくない……」
「可哀想に…そんなに洗脳されているのね」
言葉が全く通じない。そして皇后は更に呪文を唱え、魔力の追い討ちをかけてくる。耐えがたい激痛に加えて、再び視界が揺らぐ。意識が、遠退いていく。
「崖から突き落としても生きているようなしぶとい女だけど大丈夫よ。どんな手を使ってもお母様が貴方を助けてあげるからね…」
目の前が真っ暗になった。なにもない暗闇で俺は必死に手を伸ばす。誰かに、助けを求めるように。
「……リティ…」
俺の意識は、深い闇の中に溶けていった。
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