第260話 皇后と王子

【アレクシス】


今日の朝……俺がリティのところへ向かおうとしていたところまで、時は巻き戻る。


本物の悪役令嬢が帰ってきた時はどうなることかと思ったけど、なんとか倒せてよかった……。もう一度彼女に会って確信したが、リティは悪役令嬢なんかじゃない。


あの女からは殺気、そして憎悪……人間の様々な負の感情を感じたが、リティはそうではなかったから。リティは確かに悪役令嬢を演じていたけど、それでも誰かを思いやる心を一度も捨てたことはなかった。


自分の婚約者が悪役令嬢ではなく、リティでよかったと改めて思う。


それから、誰よりも優しい彼女を、今度は護ることができた。もう二度とあんな経験はしたくない。大切な誰かを失うという恐怖と絶望感、そして耐え難いほどの自分の無力感……思い出すだけで寒気がする。


彼女が俺にくれた手紙を読む度に強く感じる。

これからも側で彼女を護りたい。無力なままではダメだ。認めてもらうために、前に進まないといけないと。


城の様子、皇后、国王の様子は以前と大差はない。俺達の間では短い期間で色んなことが変わったけど、彼らに至っては関係なかったようだ。


国王も皇后も、相変わらずあらゆる手を使って俺とリティを引き裂こうとしている。無視できれば簡単なのだが、そうもいかない。彼らがその地位である限り、彼らの了承を得なければリティと結婚するのは不可能なのだから。


リティは以前の悪役令嬢ではない、そもそも別人だということが立証できれば話は早いのだが、そう信じてくれる話ではないだろう。もっと自分が力をつけ、誰にも文句を言わせないくらいの存在になれば……認めてもらえるだろうか。


すると、コンコン、と自室の扉をノックする音が聞こえる。返事をすると、扉の向こう側から意外な人物が現れた。驚いてその人物を見つめると、彼女は優しい笑みを浮かべた。


「アレク、少し話さない?」


「……分かった。いいよ、母さん」


彼女の笑みに裏があるかもしれないと分かっていたが、俺は彼女の誘いに乗った。遅かれ早かれ彼女とは話さなければならないから。


城を並んで歩いていると、すれ違う使用人達が驚いたようにこちらを見つめてくる。それもそのはず、俺がずっと幼かった頃以来、こうして二人で歩くことは一度もなかったのだから。


俺はただ黙って相槌を返す程度だったが、母さんは他愛もない話を続けた。散歩中に見かけた花が綺麗だったとか、夢の中で自分が見たこともない魔法を使っていて楽しかったとか……正直今の俺にとってはどうでもいい内容ばかりだった。


「ねぇ。今どうでもいい話だなって思ったでしょ」


「……別に思ってな……」


「でもこの話をしてるのがあの子だったら?」


「……?」


「この話をしてるのがリティシア……いえ『リティ』だったら、貴方の反応も違うんでしょ?」


……確かにそうかもしれない。そう思って、無言で彼女を見つめると「やっぱりね」と呟く。


「不思議よね。話してる内容は同じなのに、話してる人が違うだけで反応が変わってしまうなんて……それくらい貴方はあの子が好きなのね」


そう話す彼女の姿は、何故か酷く寂しそうに見えた。俺はゆっくりと口を開く。


「……ねぇ母さん。それが分かってるのにどうして俺の邪魔をするの?そんなに俺のことが嫌いなの?」


リティの母さんと父さんはあんなに娘を愛しているのに。そう言いかけたが、俺は口をつぐんだ。今更誰かを蹴落とすような両親から愛をもらいたいわけじゃない。


皇后が何かを話す前に、俺は言葉を続けた。


「嫌いでもいい。嫌いでもいいから……頼むからリティや他の皆には手を出さないでくれ。牢屋に入れたり、崖から突き落としたり、そんなことはもうしないでほしい。お願いだから」


「……バカね。私は貴方のことが大好きよ。大好きだから貴方のためを思ってやっているの。まだまだ子供の貴方のためにね」


俺の婚約者や周りの人を散々傷つけておいて「大好き」か……。その薄っぺらい言葉に俺は嫌気が差した。そして、皇后はとある部屋の前で立ち止まると、「さぁ、ついたわよ。」と声をかけてくる。


行く宛もなく歩いていたのかと思っていたが、どうやら違ったようだ。以前パーティ会場として使われた広間へと入ると、皇后はパタンと扉を閉めた。


「……私はね、アレクのことが大好きよ。信じてくれないかもしれないけどね」


「……信じられるかよ、そんなこと……」


「そうよね。でも私は母として、皇后として……貴方を王にしなければならない。」


「だからあんなことをしたって言うのか?そんなの絶対に間違ってる!」


「いいのよ、そんな幼稚な正義感。邪魔な者は蹴落とし、這い上がる。それが私達王族の使命なのよ」


皇后は魔法で扉に鍵をかけると、聞いたこともないような呪文を唱える。


突然皇后から大量の魔力が溢れ出し、見たこともない魔法に備えて身構える。その魔力の渦は、何故か俺へと真っ直ぐ向かってきた。


躱す暇もなく、魔力の渦に巻き込まれたその瞬間、一気に視界が揺らぎ、身体に力が入らなくなる。大量の魔力が無理やり身体に入ろうとするせいで、呼吸すらも上手くできない。


胸を押さえて荒く息をしながら俺は目の前の女に問いかける。


「俺に……なにを……した……!?」

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