第258話 乗り込もう

夜になってもなんの連絡がないなんて…なにかあったのかもしれない。心配で私の部屋を訪れてくれたイサベルはなんとも言えない表情を浮かべている。


「やっぱりおかしい。なにか用事ができたなら連絡をくれるはずよ」


「私もそう思います。どうして殿下は来ないのでしょうか……」


すると、扉をノックする音が響き、返事をするとガチャリと音を立てて開かれる。そこにいたのはアーグレンだった。丁度いい。彼に聞いてみよう。


「ねぇアーグレン。アレクが朝ここへ来ると約束したのにまだ来ないの。もしかしたらどうしても外せない用事ができたのかしら。」


アーグレンは少し驚いたような表情をすると、すぐに首を横に振った。


「公女様との約束であればまず破ることはありません。というか、元々アレクは人との約束を破らない人です。この場に現れないということは……アレクの身になにかあったと考えるのが自然です。」


他でもないアレクの親友の発言は、説得力がある。約束を破らない彼が、約束を破らなければいけない状況に追い込まれた。…アーグレンの言う通り、アレクに危険が迫っているのかもしれない。私の嫌な予感が当たってしまった。


私は無言でふわりとケープを羽織ると、雑に扉を開く。そして二人の仲間に声をかける。


「王宮へ乗り込むわよ。いいわね?」


二人の返事はとっくに決まっていた。


部屋を飛び出すと、私はルナに事情を伝え、両親や他の者が心配しないようにするよう指示しておいた。それが終わるとすぐに私達は広い庭へと飛び出す。イサベルが馬車を呼ぼうとしたが、それを止める。


「馬車?そんなんじゃ間に合わないわ。イサベル。アレクがいつも私のところへどうやって来ているか……知ってる?」


「……あっ!もしかして…!」


イサベルが気づいた時には既に召喚していた。馬車なんかよりずっと速く、安心できる乗り物だ。


あの時私を助けてくれた火の鳥を召喚し、急いで乗り込む。三人が背に乗ってもまだまだ余裕があるほど、大きな背中だ。


夜だからそんなに目立たないことを信じ、私は最大の速度で城へと向かった。町の光が美しい景色を作り出していたが、今の私の目にはなにも映らなかった。私達は正門へ降り立つと、門番へと近づく。


「ここを通して頂戴。急いでるの」


「……?り、リティシア=ブロンド様!?す、すみません、夜間は城を開放していませ……」


「そんなことはどうでもいいから通せと言ってるの。それに私はアレクの婚約者なのだから、私を止めることはアレクへの侮辱に値するわ」


「で、ですが……!」


アーグレンとイサベルがなにか言おうと口を開いたが、ここで私が自分の力で通してもらわなければ一生なめられるだけだ。私の威厳は私が取り戻すしかない。


私は手のひらに小さな炎を浮かべると自分の顔の目前へと持ってくる。


「私の炎がお腹を空かせているみたいだわ。丁度……鎧のつけた重装備の人間を食べたいそうよ」


「ひぃっ!す、すみません、すぐにお通し致します!」


門番は慌てて門を開くと、そこで初めて「はっ!アーグレン団長!!」とアーグレンに気づいて驚いていた。言ってくださればお通ししたのにという顔をしたが、それでは今後の私が困る。いつまでも誰かの力に頼るわけにはいかないのだから。


「アレクがどこにいるか分かる?」


「す、すみません、どこにいらっしゃるかまでは分かりませんが、お城のどこかにはいらっしゃるかと……」


「ありがとう。急いでたとはいえ、脅して悪かったわ。」


私達は城の中へと駆け込んだ。豪奢な城も、今ではアレクを閉じ込める牢屋にしか見えなかった。


ただ急用ができて私のところへ来れなかっただけだと信じたい。なにかあったなんて言わないで。どうか無事でいてほしい。


でももし貴方になにかあったのなら……私は何度でも貴方のために命を捨てるわ。


「ねぇ、アレクがどこにいるか分かる?」


通りすがりの侍女を呼び止めると、私を見て驚いたような反応を見せる。


「りっ、リティシア様!?どうしてここに……あぁ、殿下ですよね。殿下は確か……広間で秘密の訓練をなさっているとか……」


「広間……あぁ、パーティを開いていた場所ね。ありがとう」


「広間ならここからの方が早いです。急ぎましょう」


私やイサベルとは違い、城の構造に詳しいアーグレンが案内してくれたので迷わずに向かうことができた。


秘密の訓練……それは恐らく人を寄せ付けないための口実だ。一体広間でなにがあったのだろうか。…なんでもいい。なんでもいいから……どうかアレクを傷つけないでほしい。


広間に続く扉の前へと辿り着くと、私は思い切りドアノブを引く。しかし、扉には鍵がかかっており、固く閉ざされていた。


「公女様、私が扉を……」


「いえ、リティ様、アーグレン様、私にお任せを!」


イサベルが精神を集中させ、ドアノブに向けて手をかざす。彼女の美しい髪がふわりと舞った時、呪文を唱えた。


解錠スペクタル!」


ガチャリと鍵が開く音がした。

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