第257話 今の私にできること

その後、アレクは自分が何日も城に戻らなかったことで他の者が心配しているかもと思い、急いでお城へと帰っていった。


だが、アーグレンも言っていたが、アレクを心配しているならとっくに捜索をして私の家まで調べているはずだ。恐らく暫くすれば帰ってくるなどと適当に考えていたのだろう。


それが一国の王子に対する待遇なのかと言われれば、もちろん正しいものではない。私は言いようのない怒りを覚えるが、なんとか抑えた。


それから、私が結果的に生き残ったことを知られるのは時間の問題なので、先にアレクに伝えてもらうことにした。


「私達はアルターニャ王女と話している際に崖から足を滑らせて落ちたが、奇跡的に生き延びた」という設定にして、極力アルターニャ王女が責任を問われないような形を選択しておいた。


正直、アルターニャ王女のしたことを許すつもりはないが、かと言って殺したいほど憎いわけでもない。彼女はただアレクが好きな気持ちを皇后に利用されただけだから。それに、実際に私を落としたのは彼女じゃなかったみたいだしね。


アルターニャ、私が本物の悪役令嬢じゃなくてよかったわね。もし本物なら今頃貴女は火の中よ……。


そういえば、アレクが去り際に、明日の朝にまた私の家に来ると言い残していた。皇后や城の様子を教えてくれるのと、後は私に会いたいからだと言っていたが……恥ずかしいからやめてほしい。


私を殺してでも結婚を止めようとしていたのに、まだ彼は皇后と王を説得するつもりのようだ。私ももちろん説得したいけど、相当なことがない限り受け入れてもらえないような気がするわ……。


そんなことを考えていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。「どうぞ」と返事をすると扉がゆっくりと開かれる。そこにいたのはこちらを見て微笑むイサベルだった。


「今日は大変でしたね……。折角リティ様がお戻りになられたのですから、本当はパーティをしたかったのですが……」


「パーティ!?パーティはもういいわよ、いい思い出がないんだから……」


「そ、そうですか?すみません……」


「ごめんなさいね、わざわざ提案してくれたのに。ところでイサベル、アルターニャ王女に手紙を書こうと思うんだけどどう思う?」


「王女様にですか?」


私の意図が掴めなかったらしく、イサベルはきょとんとして首を傾げる。そしてすぐに私達が何故落ちたかを思い出したらしく「お、王女様って、お二人を落とそうとした方ですよね!?」と驚いたように目を見開く。


「そうなんだけど、あれは皇后に言われて仕方なく……というか利用されただけみたいなのよ。彼女だけ罰を受ける…というかずっと落ち込んだままなのも可哀想じゃない?」


「そうですけど……私的にはリティ様と殿下を傷つけたのですからもう少し反省していてほしいというか……」


納得がいかない様子でぶつぶつと呟く彼女を見て笑いが溢れる。イサベルは随分と私達を大切にしてくれているようだ。


「その気持ちは嬉しいけど何もしないわけにもいかないでしょ。こうして私は生きてるんだしね」


「…リティ様は優しすぎるんですよ……」


「そうかしら?私はイサベルの方がずっと優しい子だと思うけどね」


私を助けるためだけに眠っていた光の魔法を覚醒させてしまうんだから……一体どれだけ優しい子なのよ。きっと小説の主人公っていうのは生まれながらにして光なのね。


イサベルと話しながら手紙を書いていると、文面が思っていたよりも優しくなったように感じた。元々丁寧に書くつもりではあったが、イサベルパワーは凄まじい。


手紙の内容はまず私とアレクが生きていることと、アルターニャ王女が罪に問われないようにしたことの二つだ。あの様子だとろくに眠れてもいないだろうから、一刻も早くこの手紙を届けてもらわなければ。


「イサベル、これを明日の朝届けてもらうように言って」


「これをですか……?」


「イサベル?私の言うことが聞けないの?」


「もちろん喜んでお受け致します……」


結局彼女は文句を言いたげな表情だったが、私に何を言っても変わらないことを悟り、トボトボと部屋を出ようと歩き出した。


そりゃ私だって死ぬほど反省してほしいけどいつまでも一国の王女がウジウジしてたら問題だもの……。それに、王女が落ち込んだ理由がバレて戦争とかになったら大変だからね。


理由か……皇后は結局私を殺すのに失敗したってことだけど、次はどんな手を使ってくるんだろう……。


「……ねぇイサベル」


今正に部屋を出る直前の彼女を呼び止めると、イサベルは振り返る。


「はい…?」


「アレクは、明日の朝ちゃんとここに来ると思う?」


イサベルは驚いたように目を丸くすると、すぐに微笑んだ。


「もちろん、来ると思いますよ。殿下がリティ様とのお約束を破るわけがありませんから」


「そう、よね。……ごめんなさい。変なこと聞いたわ。」


「いいえ、リティ様が不安になる気持ちも分かります。あんなことがあったんですから……。私は誰よりもお二人の幸せを祈っていますよ。それでは、おやすみなさい。手紙はお任せくださいね」


イサベルが出ていった扉を黙って見つめたが、考えすぎだと言い聞かせ私は布団を被る。


そして次の日、朝になっても夜になっても……いくら待っても、アレクは私の元へ現れなかった。


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